その3
「それで……、そのククッキピ族の子どもと一緒に、慌てて図書艦に戻ってきたっていうのか?」
「そうです。もう、何が何だかわからないし怖いし……、帰りはナビ任せで図書艦までたどり着きました」
「ううむ……」
ここは、館長室。
艦内時刻は夜の6時。無我夢中で図書艦に戻ったわたしは、反重力バイクを置いた後、急いで児童室へ行き、わたしを待っていたモリエちゃんに簡単に状況を伝えた。疲れて眠ってしまったプノちゃんを医務室に預けるように頼んで、そのまま館長室を訪ね、ことの顛末を伝えた。
まだ、装備を返却していないから、何だか妙な格好をしているが、ことは急を要する。わたしの謎のコスプレなど大事の前の小事だ。無理に真面目な顔をして、笑いをこらえながら聞いていた館長。何度か咳払いをして、明らかに笑いを飲み込んでから、わざとらしく声を落として話し出した。
「君が見たのは、本当にギダゴニカ族だったんだな?」
「間違いありません。絵本を制作する際、おじいさんの話をもとにモリエちゃんが描いたギダゴニカ族の絵を、わたしも見せてもらいました。それとそっくりだったのですから、あれはギダゴニカ族に違いありません」
「しかし、ギダゴニカ族は、大昔、突然この星に姿を現し、そしていつのまにか姿を消したといわれる幻の種族だぞ。確かに、かれらに捕食されていたというククッキピ族の間には、ギダゴニカ族に関する物語や絵がいくつか残っているようだが、あくまでも言い伝えだ。ギダゴニカ族がこの星に実在した証拠は何もないんだ」
わたしだって、そんなことは承知している。でも、自分の目で見てしまったのだ。わたしとプノちゃんを襲った二人は、残念ながら分子結合を解除されたり、爆発して粉々に飛び散ったりしてしまったから、「これが、ギダゴニカ族です」と示せる証拠は何もないかもしれないけれど。
「それにしても、いくら自衛のためとはいえ、随分と派手にふっとばしたものだな……。
生け捕りとまではいかなくとも、せめて死体を残すことぐらいできなかったのか? 分子結合解除装置の出力レベルをマックスにでもしなければ、今の話のような状況にはならないはずなんだがな。
もしかして君、この機会に、マニュアルモードの最大出力を試してみようとか思ったんじゃないのか?」
館長は、疑いのまなざしをわたしに向けてきた。
ふん! オ-トモ-ドでした! だって、分子結合解除装置を使うなんて、よほどの緊急事態に限られるではないですか。戦闘員でもないわたしが、マニュアルモードで使うなんてあり得ない。二人目に遭遇したときは、結果が怖くて使うことすらできなかったのに……。まったく、何考えているんだろう、この人は!
こうなったら、お話会で鍛えた演技力で……。
「酷いです、館長! オートモードだった分子結合解除装置が、最大レベルで出力する必要ありと自ら判断したんですよ! それは、か弱いわたしやプノちゃんが、命の危機に瀕していたということなのですよ!」
ここで、泣き崩れておく。ややオーバーに床に倒れ伏しながら、わたしの頭は、別のことを考え始めていた。二人目のギダゴニカ族のことだ。あのときは、冗談ではなく本当に命の危機を感じた。最初のギダゴニカ族に与えたダメージが強烈で、分子結合解除装置を使うことをためらったのがまずかった。もう、だめかと思ったとき、プノちゃんが泣き出して、頭がガンガンして、そうしたらギダゴニカ族が苦しみだして……。
ケホッ ンンン ……また、咳払いが聞こえる。顔を上げると、館長があきれた顔で見下ろしていた。
「こんなときに、嘘泣きはやめろ!
今日のところは、君の話を信じることにする。明日になれば、ククッキピの子の口からも何があったのか聞くことができるだろうし。とりあえず、警備部にその子の家の付近の調査をしてもらおう。その子の家族がどうなっているかも気になるからな。できれば今日のうちに、村庁を訪ねて村族長の意見も聞いてくるように言おう。何かわかったことがあれば連絡する。
あと、もし君の話の通りだった場合……、それは、恐ろしいことだが……。ギダゴニカ族が突如出現した理由についても、早急に調べておく必要があるだろうな」
「よろしく、お願いします」
わたしは、エプロンの裾をはたきながら、頭を下げて立ち上がった。しまった! どっと疲労を感じて、嘘泣き発言を否定することを忘れていた。もお……。
そのまま館長と一緒に、警備室へ向かう。装備を返却して、わたしは児童室へ戻った。館長は、警備部の部長とこれからの計画を話し合うようだった。
何だか、館長ったらやけに張りきっている感じだったなあ。
館長は、もともとは軍の優秀な戦闘員で、危険な宙域へ乗り込んでいって、クーデターやら種族間の争いなどの収束に関わっていたと聞いたことがある。まあ、そのときにいろいろと嫌なことがあって、ゆったりのんびり過ごしたいとかいう理由で軍を辞め、若隠居のような感じで今の館長稼業に転職したらしい。
危険な捕食者の情報に、久しぶりに、元戦闘員の血が騒ぐってところだろうか。
児童室では、医務室からもどったモリエちゃんが、業務日報をつけていた。わたしが入っていくと、すっと席を立って、戸棚にあったムコレの実のジュースのパックを持ってきてくれた。
「お疲れ様でした。まだ、食堂は開いていると思いますよ。何か食べてきたらいかがですか?」
「今は、このジュースで十分。あまり食欲もないしね。モリエちゃんこそ、夕飯まだなんじゃないの?」
「わたしは、大丈夫です。さっき、庶務部の同期の子が差し入れを持ってきてくれましたから」
麗しき同期愛だわね。同期と言って思い出すのが、ジョシュア・マクブライトぐらいしかいなくなってしまったわたしからすれば、うらやましい話だ。
館長みたいに、ここをゆったりのんびりした楽な職場だと思っている人は希で、宇宙移動図書艦での仕事はけっこうきつい。3年ぐらいで船を降りる人も多い。5年間頑張ってきたわたしだって、今日みたいなことがあれば下船を考えてしまう。ため息をついていると、モリエちゃんが、声をかけてきた。
「今日は、残業しませんか? シモキタさんから詳しい話も聞きたいですし、プノちゃんの家族の安全を確かめてからでないと、ゆっくり眠れそうにないですから」
「そうだね。仕事をしながら、館長からの連絡を待つか」
それから1時間ほど、今日のお話会の感想を整理したり、わたしの対ギダゴニカ族戦での奮闘を話したりしていると、館長からの呼び出しがあった。児童室を閉めて、モリエちゃんと二人で来るようにということだった。
そして、再び館長室。
私たちが部屋に入ると、警備部の部長のドウガシマさんと館長が待っていた。テーブルの上には、おいしそうなトプカピ堂のドーナツ。さすがにおなかが空いてきていたことを自覚する。館長に促されて席に着く。館長は、ドーナツのトレイをさりげなく私の前に押し出しながら話を始めた。
「勤務時間外に悪いな。ついさっき、村庁まで行っていた警備部の調査部隊が戻ってきた。わかったことを君たちにも伝えておいた方がいいと思って、こんな時刻に来てもらった。いくつか確認したいこともあるしな」
館長の話によると、プノちゃんの家族は、わたしとプノちゃんが到着するだいぶ前に、何か怪しい者が雑木林を徘徊していることに気づき、家を抜け出し村庁へと駆けこんでいたのだそうだ。全員無事で、プノちゃんのことを心配しているという。その話を聞き、わたしもモリエちゃんもほっと胸をなで下ろした。目を覚ましたら、プノちゃんに知らせてあげよう。
村のおもだった人々と調査部隊が、村庁に集まり話し合った結果、プノちゃん一家の話とわたしの話から、ギダゴニカ族が出現したことは、ほぼ間違いないだろうという結論に達したとのことだった。村族長は、自分の村の住民だけでなく、周辺の村へもこのことを伝え、他にギダゴニカ族が出現していないか、報告を待っているという。
「そこで、遠い昔に消えたギダゴニカ族が、再出現した理由についてなんだが……。
ワープステーションの管理部に問い合わせたところ、ピノヘシッチカネン星の周辺は、この宙域でも時空の歪みができやすい場所なのだそうだ。航行中の宇宙船が突然消息をたったり、逆に謎の飛行物体が突如現れたり、別の空間、別の宇宙と一時的に繋がったことが原因としか思えない事件が、これまでにもいくつか発生しているそうだ」
「ギダゴニカ族も、そういう歪みを利用してどこかから来ている……ということですか?」
わたしは、3個目のドーナツを食べ終わったところで、館長に質問した。何か、飲み物も欲しい……。
「そうだな。現在我々が行き来できる宙域には、ギダゴニカ族が居住する星はない。伝説の種族と思われていたのもそのためだ。ギダゴニカ族は、ククッキピ族の言い伝えにしか存在しなかったのだ。我々の宇宙の生物ではないと考えたほうが、理にかなっているだろう。
歪みは、常に変化しているそうだ。過去に歪んだ場所が元に戻り、長い年月を経て再び歪むこともある。一度消えたギダゴニカ族が再度現れたということは、何かの偶然で、ギダゴニカ族の所属する宇宙と我々の宇宙が、この宙域の同じ場所で繋がったり離れたりを繰り返しているということなのではないだろうか」
伝説が現実になる……、宝石が鏤められた虹色の宮殿とか愁いを帯びた瞳の絶世の美女とかならいいけれど、今回現実になったのは、凶悪な捕食者だ。そして、もし歪みがなかなかもとに戻らなかったら、長期にわたり夥しい数のギダゴニカ族が、この星にやってくるかもしれないのだ。ククッキピ族は、どうなるんだろう?
わたしは、お話会に来てくれる、プノちゃんをはじめとするお馴染みのククッキピ族の子どもたちの顔を思い浮かべ胸が苦しくなった。(ドーナツの食べ過ぎで胸がつかえたわけではないです!)
モリエちゃんも、同じ気持ちだったのだろう。悲痛な面持ちで、艦長に問いただした。
「それで、軍や宙域保安隊は、いつ頃到着するんですか? もう協議会本部に、連絡したんですよね!」
「ああ、本部には連絡したんだが……。対応は『そちら』に任せる、ということだった」
「はあ!?」
わたしとモリエちゃんは、ほぼ同時に叫んだ。そして、顔を見合わせた。
「そちら」って、こちらはただの宇宙移動図書艦なんですけど。
確かに、館長は元戦闘員だし、警備部部長のドウガシマさんは、館長の元上官で、退役して暇そうだから館長が警備部に誘ったっていうし、警備部の大半は、実は館長やドウガシマさんを慕って集まってきたメンバーだとか……。そんな話が……。
あれっ? あれれ?
「ニューアレキサンドリア号って、なんか、辺境のちょっと危険な宙域を訪問することが多いですよね」って、モリエちゃんが、以前言っていたことがあったけど。もしかしてこの船は、何か危険な状況に陥っても、自力で解決できる連中が揃っているから大丈夫――そういう前提の危険宙域担当図書艦だったのですか?
あんぐりと口を開けているわたしに替わり、モリエちゃんが質問してくれた。
「ギダゴニカ族の出現も、時空の歪みの件も、あくまでこちらが主張していることであって、確証がなければ軍や宙域保安隊は動かせないってことですか?」
「まあ、はっきりとは言わないが、そういうことなんだろうな」
「何考えているんですか、本部は! ここは辺境ですよ。もしギダゴニカ族が実際に襲ってきたら、軍も宙域保安隊も間に合わない可能性がありますよね。すぐにでも知らせるべきじゃないですか?
彼らは、この星やククッキピ族を見捨てるつもりなんですか? 辺境で魅力的な資源もないちっぽけな星だから、どうなってもかまわないということなんですか?
宇宙の平和が保たれているからこそ、移動図書艦の活動が続けられるわけですよね。今回のことに、もっと本部として関心を持つべきですよ!
わたしたちは、たまたまこの星を訪問した宇宙移動図書艦にすぎません。そこに、そんな重要なことの対応を任せるなんて……! 本当にもう!」
温厚なモリエちゃんが、ものすごい剣幕でまくしたてている。テーブルをガンガンたたき出しそうな勢いだ。ドウガシマさんが、まあまあと宥めるように手を差し延べた。モリエちゃんの想定外の怒りに少しひいていた館長は、小さく咳払いをして気持ちを立て直すと、これまで見たこともないような真剣な顔つきで話し始めた。
「この時期にこの星に来たのも何かの縁だ。今起きているかもしれないことを無視して出発したりできないさ。わたしも警備部も、乗組員はもちろん、この星の住民たちを必ず守り力を貸す覚悟だ。ギダゴニカ族の襲撃を想定して、できる限りの準備をするつもりだよ。
そこで、君たちに確認したいことがある。君たちが、ククッキピ族の老人から聞いた話をもとに作った絵本、確か――『妙なる声のククッキピ』だったかな。その内容を詳しく教えてくれないか?」
わたしは、館長室の端末を立ち上げ、艦内のデータベースに登録してある、『妙なる声のククッキピ』の絵本のデータを呼び出した。子どもたちにわかりやすいように、物語は少し簡略化してある。モリエちゃんが補足しながら、画面の絵本のページをめくっていった。
美しい声をもつククッキピ族の子が、洞窟の入り口に立ち悲しみの歌を歌う。歌声がギドンの洞窟内で反響し、追い込まれたギダゴニカ族を包み込む。ギダゴニカ族は、苦しみ叫びながら、洞窟の最奥部へと逃げ込むが、まぶしい輝きとともに消える。感動のラストシーン……。