その2
まあ、わたしの暴走気味の読み聞かせは、今に始まったことじゃないのだが……。
「昔ね、先輩からも言われたのよ。読み聞かせは、フラットにやりなさいって。聞き手が、自分で想像を膨らませられる余地を残してあげなさいってね。過度な演出は、読み手のイメージの押しつけになるのよって。わかってはいるのだけどね……。」
まだ、新人の頃、一人芝居のように声色まで変えて読み聞かせをしていたわたしに、先輩司書のシマクラさんが教えてくれた。読み聞かせは、お話を正しく伝えその魅力を味わってもらうことが大切で、自分勝手な過剰な表現を持ち込む必要はないのだと。その通りだと思う。
でも……、子どもたちが喜ぶ姿を見ていると、ついつい読み聞かせが、演じ聞かせになってしまう。いろいろ思い出して、ちょっぴり落ち込むわたしに、モリエちゃんが、声をかけてくれた。
「あら、でもわたし、基本的にはシモキタさんの読み聞かせ大好きですよ。聞き手も、少しぐらいなら声を出しても大丈夫な雰囲気でしょう? 拍手したり、ため息ついたり、主人公を応援したり、お話を遠慮なく楽しんでいいんだなって思えますもん。どこの星の子どもたちも、シモキタさんの読み聞かせを楽しみに待っているんですよ!」
「そう……かなあ……」
「そうなんですよ!」
そう言うと、モリエちゃんは、ポップ作りの手を止めて、デスクの端末を開いた。
「あっ、これこれ! 先月の利用者アンケートの集計結果。ちょっと前に、協議会本部から配信されてきました。『あなたが好きな図書艦司書は?』っていう質問で、シモキタさん7位に入っていますよ。子どもだけの票なら2位です。半年も読み聞かせやお話会を止めていたのに、すごいじゃないですか! まあ、『特にいない』って人が半数以上だし、1位はダントツで、ジョシュア・マクブライト司書なんですけどね」
ジョシュア・マクブライト! ニューニューベリー号のレファレンスサービス専門の司書だ。わたしの同期。ありとあらゆる種族の老若男女に好感をもたれる、特異な容貌及び性格の持ち主。
以前は普通の司書だったのだが、とにかく彼に話を聞いて欲しいという利用者が増え、レファレンス専任となったのだ。わたしの記憶が正しければ、もうかれこれ3年間「あなたが好きな図書艦司書」の第1位に君臨し続けている。
「同期ではあるけどさ、別にジョシュア・マクブライトをライバル視したりしてないよ。わたしは、子ども部門の2位で十分。それに、モリエちゃんという心強い支持者がいてくれることがわかったわけだし。次のお話会も、子どもたちのために頑張りますよ!」
「そうこなくちゃ! わたしもどんどんポップを作ります。たくさん借りてもらいましょうね!」
その後は、わたしは「キコーネくん」を使った読み聞かせの練習に、モリエちゃんはポップ作りとお話会のクイズの問題準備に取り組んだ。心地よい疲労感を覚えながら、定時にはそれぞれの自室に戻った。
艦内時間で三日後、ニューアレキサンドリア号は、無事にピノヘシッチカネン星に到着した。
わたしたちのお話会は、大成功だった。子どもたちだけでなく、保護者のみなさんもたくさん参加してくださった。主人公が、自分たちの種族であるということが嬉しいらしく、ククッキピ族やパッテナチ族の保護者からは、早く絵本の貸し出しをして欲しいという声をたくさん聞いた。また、ミクナコジモ族やキエダフィコ族の人達からは、次は、自分たちの種族が主人公の物語を紹介して欲しいとお願いされた。
モリエちゃんが作ったポップの効果もあって、児童室の貸し出し数も伸びている。今の場所では、あと二日間開館し、お話会ももう1回予定しているが、いい噂が広がれば次のお話会は満員になるかもしれない。
わたしは、「キコーネくん」を片づけ、お話会の会場の掃除を始めた。ふと、児童室の出入り口を見ると、ククッキピ族の子が一人、しょんぼりと立っている。
ええっと、だれだっけあの子? お話会のとき、一番前の席に座っていたのよね。……プ、プノ、……プノケ、……プノケシュナ、通称プノちゃんだ! まだ小さい弟のために、今日は、『ころがれ!ムコレの実』を借りていたっけ。読み聞かせ後も、そのまま頭に付けていた多言語翻訳装置をククッキピの言語専用モードにして、プノちゃんに呼びかけた。
「プノちゃん。どうかしたの?」
ゆっくりとわたしの方を見るプノちゃん。大きな目から、涙が溢れる。
うわぁぁっ! わたし、何かまずいこと言いましたかぁ?
もしかして、無意識のうちにババジィーラ族のいじめっ子の声色で話しかけてましたかぁ?
プノちゃんの涙に狼狽えてじたばたしているわたしに、モリエちゃんが笑いをこらえながら声をかけてきた。こちらもまだ、多言語翻訳装置を付けている。
「おうちの人が、まだ来ないんですよ。遅いねえ、プノちゃん。いつもなら、早く来て、お話会が終わるのを待っていてくれるのにねえ。どうしたのかしら?」
幼い子どもだけでお話会に参加する場合は、必ず送り迎えをお願いしている。もちろん、保護者も参加できるのだが、用事があって子どもだけを置いていくときは、子供室の閉館時刻までに引き取りに来てもらうことになっている。子供室の閉館時刻の4時まで、あと15分。いつの間にか、プノちゃんは、モリエちゃんのエプロンにしがみついてべそをかいている。時計を見て腕組みするわたしを、不安そうな顔で見上げるプノちゃん。
よし、決めた!
「わたしが、送っていくわ。あてもなく待っているのは、小さい子にはつらいもの。もしかしたら、途中でプノちゃんの家族に会えるかもしれないし。後片付けは、戻ってから手伝うから。お願い、行かせて」
「そうですね。この星ではまだしばらくは明るいはずですから、艦外に出ても大丈夫だと思います。
そうだ。館長に連絡して、反重力バイクを借りたらどうですか? プノちゃんの家、森の外れの辺りだったと思います。ここからだとちょっと距離があるんですよね」
「そうね。じゃあ、外出する用意をしてくるから、館長への連絡を頼みます」
「わかりました」
プノちゃんの背中をさすって宥めながら、モリエちゃんが艦内フォンで館長に連絡している。子供室の出入り口の横で立ち止まったわたしの方を見て、うんうんと頷いているから、外出への許可が出たのだろう。
警備室に行き、外出の装備を貸し出してもらう。この星の環境は安定していて、館内と同じような格好で外出することも可能だ。しかし、万が一の事態に備え、きちんとした準備を整えて外出することが求められる。反重力バイク用の特殊ヘルメットや危険な生物の襲撃から身を守るための道具などだ。今日は、分子結合解除装置(銃の形状をしている)を持たされた。武器が必要な場面に遭遇するなんて、願い下げだけど。
ぬいぐるみブローチ付きのエプロン姿には不似合いな物をいくつか身に付けて、わたしは児童室へ戻った。
モリエちゃんからプノちゃんを引き取る。わたしの謎めいた姿を見て、モリエちゃんのみならず、半べそをかいていたプノちゃんまでが笑っている。まあいいか。少しは元気が出たようだし。はいはい、思い切り笑っていいですよ。
プノちゃんの手を引いて、乗組員用車両庫へ向かう。館長から連絡を受けているということで、すでに反重力バイクが入り口に出庫されていた。プノちゃんを抱きかかえる形でシートに座る。シートが素早く変形し、プノちゃんとわたしを固定する。微かな電子音が聞こえわたしの認識が完了すると、目の前に3Dモニターが開かれる。音声入力で、目的地を伝える。
「目的地は曖昧。この近くの森の外れの辺りだと思う。マニュアルでの操縦を希望」
「了解シマシタ。タダシ不適切ナ操縦ガ認識サレタ場合ハ、直チニ自動操縦ニ切リ替ワリマス」
「了解!」
わたしは、反重力バイクの操縦桿を握り、エンジンをかけた。プノちゃんを怖がらせないように、ゆっくりスタートする。高度も抑えめにして安定走行に努める。初めて乗る反重力バイクの独特の動きに、はじめはもぞもぞして落ち着かなかったプノちゃんも、じきに慣れて、興味深そうに周りの景色を眺めるようになった。
注意深く見ていたのだが、プノちゃんの家族を見かけることはなかった。お迎え時刻を忘れているのかしら? そして、森の外れが近づいてきた頃、
「アレ、ワタシノ オウチ! アレデス!」
と言いながら、プノちゃんが、石造りの可愛らしい家を指さした。家の前には、小さな畑がある。反重力バイクを畑の横に止めると、プノちゃんを抱えて降りた。
(ああ、良かった。無事に着いた)
と安堵したのもつかの間、わたしは、何とも言えない胸騒ぎを覚えた。何かおかしい。そうだ。もう黄昏どきなのに、この家には一つも灯りが点いていない。誰の声も何の物音もしない。それに、この臭いだ……。腐臭というか、心をざわつかせる特異な獣臭……。何だろう……いったい……。
そのときだった。家の裏の雑木林から、のっそりと何かが姿を現した。とがった頭、ギラギラとした二つの眼、鼻はなく穴が三つ空いている。口からは、赤い粘液をたらし、古木のような両腕を揺らしながら、こちらを睨んでいる。巨大な体は瓦のような鱗に覆われ、鱗の隙間から煙のように吹き出す何かが、嫌な臭いを漂わせている。
何だ、こいつは? ごく最近、何かで見たような……。ええっと……、モリエちゃんの作っていたポップ……の本、本のタイトルは……、たしか、『妙なる声のククッキピ』……そうそう、あれだ……ククッキピ族の捕食者の……。
「ギダゴニカ族―!」 グゥオオオオオーン!
わたしが叫ぶのとほぼ同時に、そいつは咆哮を上げた。わたしの腕の中にいたプノちゃんが、くるりと向きを変え、わたしのエプロンにしがみつき顔を押しつけてきた。
わたしは、手探りで分子結合解除装置のグリップを握り、腰のホルダーから引き抜いた。そして、こちらに飛びかかろうと身構えるギダゴニカ族の胸に銃口を向けた。瞬時に、銃口からギダゴニカ族の胸に標的ポイントが投影される。
素人のわたしでも、オートモード設定でなら命中させられる便利な武器だ。ためらうことなく発射ボタンを押した。薄いクリーム色の小さな光る球体が、ギダゴニカ族に向かって発射される。
標的ポイントに命中! 動きを止めるギダゴニカ族。やがて、薄いクリーム色の光がその体全体を包む。光はさらに光度を増し、ギダゴニカ族は一つの大きな光の玉になった。
何だか、想像以上に光っている。まぶしさに思わず目を伏せた瞬間、光の玉は音もなくはじけ、瞬時に辺りは、静かな黄昏どきの田園風景に戻った。もう、ギダゴニカ族の姿はどこにもない。
何よ、これ? すごいねえ。分子結合解除装置。怖かったから、何にも考えず反射的に使っちゃったけど、ギダゴニカ族が霧のように消えましたよ。警備部主催の使用講習会で、紙に描いた館長の顔とか撃ったことはあるけど、実戦(?)で使うのは初めてなんですよね。
館長の似顔絵は、最低の出力でもピカッと光って消えちゃったけど、今日は、どのくらいの出力だったのだろう? オートモードに設定してあったから、わからないのよね。何だか、ちょっとやり過ぎ感はあるなあ……。というか、本当にいたの? ギダゴニカ族。
――と、のんびりしていてはいけない。早くここを離れよう。急いで反重力バイクに戻り乗り込むと、わたしの肩に顔を押しつけていたプノちゃんが、小さな悲鳴をあげた。
振り向くと、やだ! いつの間にか、後ろにもう一人いる! それも至近距離! 大きくジャンプすると腕を伸ばして反重力バイクに掴みかかり、激しく揺するギダゴニカ族。
「うわわっ! やめてぇ! やめてよぉ!」
慌てて分子結合解除装置の銃口を向けようとするが、今このままの状態で発射したら、ギダゴニカ族だけでなく、掴まれている反重力バイクやそれに乗っている私たちまで、結合解除されて霧になってしまうかもしれない。
無理無理! もう撃てない!
操縦者の危険を感知して、注意喚起音を発しながら、バイクのシートがわたしたちを守ろうと変形する。そのとき、プノちゃんが声を上げて泣き出した!
ああ、こんな非常時に嫌なことを思い出しちゃう。去年のお話会。あのときのククッキピ族の子どもたちの泣き声。何だかよくわかない超音波みたいなのが発生して、しばらく頭がガンガンしたのよね。
あのときと同じ声で泣いているプノちゃん。いや、あのときよりもずっと大きな声だ。頭がくらくらしてきた。プノちゃん、こんな時にわたしを困らせないで!
絶望的な気持ちでプノちゃんをかばいながら、反重力バイクの操縦桿に頭を押しつけていたら、唐突にバイクの揺れが止まった。プノちゃんはいつのまにか泣き止み、伸び上がってバイクの後ろをじっと見つめている。
振り向くと、その視線の先には、全身の鱗を振動させながら、頭を抱えのたうち回るギダゴニカ族の姿が。必死でもがきながら、反重力バイクから離れつつあった。やがて、頭がゆっくりと膨らみ、何倍もの大きさになっていき、ギダゴニカ族は断末魔の叫びとともに、風船が弾けるように爆発した……。