その1
無限に広がる大宇宙……。
あまたの星々が生まれ、そして消えてゆく……。
無常なる宇宙の海原を旅し、人々の心にささやかな夢と希望を届ける船……それこそは……。
「館長。いや、艦長。あれっ? 今どっちだっけ? ……って。声に出せばおんなじか。ハハハ。
あっ、すみません。失礼しました。
えっと、新しい来訪チラシの告知文……ですけど……ちょっと大げさかな。あのもう少し……」
―― プープープー……
はっ? 艦内フォンを切られた。意見をきかれたから正直に言ったのに。
どういうこと? プープープーって。
わたしは、少し呆れながら、艦内フォンを乱暴にデスクに置いた。もう、二度とわたしにきかないでください!
まあねえ、もうすぐ、第381ワープステーションだから、少し神経質になっているのだろう。
あの艦長でも。
宇宙は確かに無限に広がっているわけで、基本的に渋滞や混雑はない。
しかし、ワープステーション付近は別だ。
星間航行のために、大小様々な宇宙船が集まってくる。ワープの順番待ちで行列ができることもある。(実際に並ぶわけではないけれど)酷いときには、待機エリアで艦内時間にして二日ぐらい待たされることもある。
私たちが向かうのは、第1028ワープステーション。現在、航行可能な宙域の中では、かなりの辺境だ。
目指すピノヘシッチカネン星は、ワープステーションからさらに艦内時間で三日ほどの所にある。辺境とはいえ、図書艦が来訪すれば、周辺の二つの惑星からも人々が集まってくるので、それなりの数の来館者を見込める。廃艦にならないためには、来館者を増やし、貸し出し数を増やすのみ。この業界、数字を残さないことには潤沢な予算も望めないのだ。
わたしの職業、もう何となくおわかりだと思う。
そう、この宇宙移動図書艦ニューアレキサンドリア号の乗組員で司書である。一応、児童室担当ということになっている。名前は、シモキタ・リョウ。司書歴6年の中堅司書というところだ。この図書艦に勤務するようになって5年目である。
図書艦内の多くの仕事は、所謂AIさんやロボットさんたちが手伝ってくれている。乗組員は、警備担当や操艦専従者も含めて、150名ぐらいだろうか。
児童室担当の人間は、わたしと勤続2年目のモリエちゃんだけ。艦内はけっこう閉塞的な空間だから、穏やかな人間関係を構築することが大切だ。モリエちゃんは若くても仕事ができるし、愚痴も言わないできた子なので、わたしは日々、心優しい先輩司書さんとして働くことができている。ありがとう! モリエちゃん。
操艦やステーションとの交信だって、ほとんどは自動のはずなのだが、人間の的確な判断が求められることもあるとかで、ワープ前後は艦長も操艦席を離れられない。ご苦労様デス。
一方、艦長に比べ暇な私たちは、ワープ待ちの間にピノヘシッチカネン星での開館準備をしている。例のチラシは、到着後宙域にばらまき、その土地にあった形式で、図書艦の来訪を知らせるためのものだ。何しろ年に1、2回しか訪ねない宙域なので、しっかりと到着のアナウンスをしないと面倒なことになる。
来訪に気づかずに「延滞」なんて事態は、絶対に防がなくてはね!
―― 「第381わあぷすていしょん」カラノ 返信デス。
『今カラ300秒後ニ 移送えりあヘ 入域セヨ。』
繰リ返シマス。
『今カラ300秒後ニ 移送えりあヘ 入域セヨ。』
総員スミヤカニ 移送準備ニ入ッテクダサイ。 以上。 ――
「ただいまー! シモキタさん、お待たせしました!」
「おかえり、モリエちゃん!」
昼食のために食堂へ行っていたモリエちゃんが、戻ってきた。宇宙というのは、不測の事態が起こりがちなので、どこの部署も必ず誰か1名在室することになっている。児童室担当は2名しかいないから、勤務時間内は、わたしかモリエちゃんのいずれか一人しか、部屋を出ることはできない。
いつになく、のんびりと昼食をとってきたモリエちゃん。たぶん、食堂で他の部署の同期とでも会って、いろいろと話が盛り上がったのだろう。わたしの悪口かしら? いやいや、他の子はどうか知らないが、モリエちゃんに限って陰口をきくことはあるまい。同僚を信じなければ!
「シモキタさん。食堂へ行く時間がなくなりそうだから、お弁当もらってきましたよ」
「えっ!?」
向かいの席に座ったモリエちゃんが、わたしの方へタマネギ柄のミールボックスを差し出した。
なんて気がきく子なのだろう。
移送エリアに入ったら、ワープに備えて体をシートに固定しなければならない。全ての作業をストップし、シートの覆いを下ろす。心身をリラックスさせ、ワープ時の衝撃を軽減するとともに、「ワープ酔い」を防ぐためだ。食事どころではない。おまけに、ワープが無事終了し移送が完了した後は、一斉に艦内の安全点検作業が始まるため、食堂もしばらくはお休みだ。
「ありがとう モリエちゃん。ワープ後に、ゆっくりいただくね」
黙って頷き、微笑んだモリエちゃんの顔が、シートの覆いの中へ消えていく。さあ、わたしも準備しなければ。移動図書艦に着任したばかりの頃は、ワープのたびに緊張し体調を崩したものだ。丸一日、食事ができなくなったこともある。完全な「ワープ酔い」だ。今はもう慣れたもので、「ワープ酔い」にもかからなくなったが、やはり独特の緊張感はある。心を落ち着けて、シートの覆いを下ろす。
(どうか無事に移送されますように!)
私は、心の中でそっと祈って目を閉じた。
無事、ワープ成功。
第1028ワープステーションの待機エリアに移動する。その間に艦内の安全点検を実施。特に破損や故障も発見されなかった。緊張感から解放された艦内には、おしゃべりや笑い声、お菓子の袋をあける音、シャンパンの栓を抜く音(いいの? まだ勤務時間内ですよ!)などが溢れる。
「おれ、これで今年7回目だよ!」
「年10回を超えると、『ワープ手当』がつくことになってるらしいぞ!」
「本当かよ?」
どこかの部署の新人くんが、嬉しそうに話す声が通路から聞こえてくる。「ワープ手当」は嘘じゃないけれど、微々たるものだ。ワープは決して体にいいものではないから、休暇中にちょっと滋養のある食事でもとりなさい、という程度の金額。それでも、仕事の励みにはなるから、なかなかいい制度ではあるかもしれない。
わたしにとっては、まだ約束されない「ワープ手当」より、目の前にあるお昼ご飯が大切。さっさといただかなくちゃ。
いそいそとミールボックスを開けながら、モリエちゃんのデスクをちらっと見ると、おすすめの本のポップを作っている。熱心だね。
おお! 今日の中身は、ソイペーストサンドと焼きオニオンリングですよ! 小さなナッツ入りクッキーまで付いている! 出発前に十分食糧補給をしたはずだから、保存食ではないのね。うれしい!
サンドイッチを頬張りながらモリエちゃんの手元を覗く。モリエちゃんは、センスのいいポップを作る。ピノヘシッチカネン星でよく見かける、耳の大きな小動物-ポックナをキャラクター化した本の妖精が、ウルウルした目で本を見つめるイラストを描いている。なかなか可愛い。子どもたちの人気者になるかもしれない。
ポップを作っている本のタイトルは、『妙なる声のククッキピ』。誰よりも高く美しい声で歌うククッキピ族の子が、様々な困難を乗り越え、捕食者のギダゴニカ族をギドンの洞窟に追い込み、歌声によって倒すという昔話だ。昨年、ピノヘシッチカネン星に来たとき、ククッキピ族のおじいさんから聞き取った話を絵本にしたものだ。
ギダゴニカ族の絵は、おじいさんが先祖から伝え聞いたという姿形をもとに仕上げた。ギダゴニカ族は、ずっと昔に突然ピノヘシッチカネン星に現れ、そしていつのまにか消えたといわれる伝説の種族だが、ククッキピ族にとっては恐ろしい捕食者であったため、その存在を忘れないようにこの話やギダゴニカ族の姿形を伝え続けていると言っていた。
あのおじいさん、お話を聞いた後で亡くなったのよね。この前来たときに村族長が教えてくれた。お話を絵本にしたことは、多少のご供養になるだろうか。
わたしもさっさと昼食を済ませて、ピノヘシッチカネン星でのお話会の準備を始めなければならない。いつもは、本部のデータベースから絵本を選び読み聞かせをするのだが、今回は、ピノヘシッチカネン星での開館5周年ということで、絵本のデータを新しく作成し、読み聞かせに使うことにしたのである。読み聞かせが好評なら、貸し出し用のサーバーにもデータを登録したいと思う。
読み聞かせのために作る絵本は二つ。この宙域に伝わる昔話をもとにした。一つは、ピノヘシッチカネン星の中心種族である、ククッキピ族の兄弟を主人公とした、『リポマの家のククッキピ』。もう一つは、熱心な参加者が多い同じ星系のクバラッコンホ星の中心種族であるパッテナチ族のみなし子が、別の種族に虐げられながら育てられるが、生長すると頭から翼が生え、パッテナチ族の王様になる、『ひとりぼっちのパッテナチ』という話だ。どちらも、冒険あり戦いありのわくわくする物語で、子どもたちに喜んでもらえると思う。
「ごちそうさまでした。ああ、おいしかった。」
手を合わせミールボックスに頭を下げるわたしを、モリエちゃんが笑ってみている。ポップに仕上げのホログラム加工を施しているようだ。どこの星の子どもたちも、キラキラしたものが大好きだ。このポップは間違いなく、子どもたちの興味をひくだろう。次回の移動図書艦協議会本部主催ポップコンテストに応募することを、モリエちゃんにすすめよう。
さて、午後の仕事のスタートだ。お話会の準備以外の仕事もある。どんどん片付けなくては。
デスクに向かい端末を開く。物語のおおまかな展開や登場人物の名前などを「絵本作成ソフト」に入力する。後は、AIが艦内のデータベースから適切な情報を集め、絵本を完成してくれる。AIは、文才も画才もあるから、どちらの才能も怪しいわたしにとっては心強い味方だ。
最後に読み聞かせ用大型絵本装置「キコーネくん」に絵本のデータを転送して、準備はOK。読み聞かせには、いろいろな種族が参加するので、読み手は、多言語翻訳装置をつけて読み聞かせをする。参加者には音声受信装置を渡し、自分が理解できる言語を選んでお話を聞いてもらう。
「ねえ、モリエちゃん。パッテナチ族のみなしごをいたぶるババジィーラ族のいじめっ子の台詞、ちょっと怖い雰囲気で読んだ方がいいかなあ?
例えば、こんな感じで……。
『おぅまえのそのしっぽの先のい~がいがを、むぅしり取っておぅ手玉にしても
いいんだずおぅ!』
とか……」
「……ちょっとやり過ぎですね。怖すぎますよ。それだとククッキピ族の子たちが、泣いちゃいます。彼らが一斉に泣いたらどうなるか。シモキタさん、わかってますよねえ?」
「……」
わかってる……。1年前、『顔をなくしたククッキピ』という、怪談絵本を読み聞かせしたときのことだ。お話のクライマックスで、何度もこわい目にあったククッキピ族の子が、ようやく家に帰り着いたところ、家で寝床の準備をしていた母親が、
「おまえが会ったのは、こんな顔のククッキピだったかい?」
と言って振り向く。その顔には数え切れないほどの目と鼻と口がついていて……。という、よくある展開の怪談だ。
子どもたちの怖がりぶりにすっかり調子に乗ったわたしは、最後にこれ以上ないだろうというおどろおどろしい声で、この場面を演じてしまった。それがまずかった。ククッキピ族の子たちが、火がついたように泣き出し、頭にキンキン響く超音波みたいなのが飛び交って、「キコーネくん」は突然動かなくなるし、一緒に聞いていたパッテナチ族の子たちは興奮して暴れ出すし、散々なお話会になってしまったのだ。
館長(開館中だから館長ね)や他の部署の人たちもやってきて、その場にいた保護者と一緒にククッキピ族の子を一人一人抱きかかえ宥め、静かにしたパッテナチ族の子に、大好きなムコレの実をごほうびとして与え、やっと収拾がついたのだった。
館長からは、半年間読み聞かせ禁止を命ぜられるし、面倒に巻き込んだ乗組員たち全員に、ピノヘシッチカネン星の高級リゾートホテルで、特製ムコレの実ジュースを奢らされるし、この事件は、わたしの司書人生最大の汚点となった。
もう二度とこのような失敗はするまいと、あの時は堅く心に誓ったのに……。忘れていた。もうちょっとで、同じ過ちを繰り返すところだった。止めてくれてありがとう、モリエちゃん! あなたは、本当に頼りになる同僚だわ。