少しだけ封印
その夜、夕食と入浴を済ませた亜矢子はリビングのテレビでアニメ番組を見て、晃子はパックをしながら女性誌を読んでいた。
「お父さん、今日も遅いの?」
「九時には帰って来ると思うけど、新規のお客さんに出す企画書がまとまらないんだって」
「お父さんって、文章書くの得意なの?」
「うーん、高校時代は国語より理数系の方が得意だったけど」
玄関が解錠されると「ただいま~」と父・修の声がリビングまで届き、亜矢子と晃子はサッと玄関に向かった。
「お帰りなさい、早かったね?」
パックしている母に代わって、亜矢子が父に対応した。修は「亜矢子も大人になったな」とばかりに、鞄を娘に渡した
「お父さん、御飯にする? 御風呂にする? とりあえずビールにする?」
修は亜矢子が又も漫画などに影響されたなと、晃子と顔を見合わせた。
「じゃ、御風呂入ってくるから、その間に晩飯の準備をしてくれるかな?」
「は~い。了解しました!」
修は亜矢子に鞄を部屋まで運ばせると、寝巻と替えの下着を持って浴室へと向かった。
入浴と夕食を済ませた修はニュースを見ながら晃子とビールを、亜矢子はつまらなそうにニュースを見ながらオレンジジュースを飲んでいた。
「ねえ、お父さん」
「どうした?」
「川柳部の先輩に、川柳考える時は漫画を頭から外しなさいって言われたんだけど。高校生になったら漫画とかアニメって見ない方がいいのかな?」
修はビールを飲み干し、リモコンでテレビを消した。
「お父さん、ニュース見てていいよ。好きなんでしょ?」
「ニュースより亜矢子の方が大事だ。その先輩がどういうつもりでそう言ったかは分からんが、好きなモノに年齢は関係ないと思う。小説は面白くなかったか?」
修は亜矢子が眠気と格闘しながら小説を読んでいた事を思い浮かべた。
「読むのに時間はかかったけど、段々と(作品世界)に引き込まれていった」
修と晃子は娘の成長を確信していた。中学生の頃までは読書感想文を提出するのに、完読が出来ず前半の内容だけで無理矢理原稿用紙半分くらいの感想をひねり出す亜矢子を見てきたからである。
「お父さんもお母さんも勉強しなさいとは言ってこなかった。ただ、勉強した方が大人になったときの選択肢が増えるって話はしてきたはずだ。正直、亜矢子が普通高校の青葉に入学出来るとは思ってなかった。だが、美智子ちゃん達と離れたくない一心で必死に勉強して青葉に合格した。合格した事ももちろんだが、亜矢子自身が何かをやり遂げた事がとても嬉しかった。無理矢理かも知れないが、今まで完読出来なかった小説を完読し、亜矢子の可能性が広がる事は悪いことじゃない」
修は亜矢子に伝えたい事は伝えたと思い、テレビをつけてニュースを再び見てビールを注いだ。晃子もビールを飲み干しで、残りのビールを自分のグラスに注いだ。
「お父さん、疲れてるところごめんね。アタシ、もう寝るから。お父さん、お母さん、お休みなさい」
亜矢子はジュースを飲み干して使用したグラスを洗うと、歯を磨いて自分の部屋に向かった。
「母さん、 もっと勉強するように言った方がよかったかな?」
晃子は首を横に振った。
「あの娘は自分がヤル気にならないと、私達が無理矢理勉強やらせてもふて腐れるばかりだから。川柳部で何かを見つけてくれればいいけど、少しずつ自分の足で人生を歩んでいかなきゃいけない事は話していきます」
「僕も時間を見つけて亜矢子に話していくよ、晃子さん」
「修君…」
修と晃子はグラスを軽く合わせて、ビールを飲み干した。
亜矢子は本棚の漫画本を眺めながら、図書室で借りた名作短編集を鞄から取り出した。
「漫画は週末の楽しみにしよう」
短編集を片手にベッドに入った亜矢子は一ページも読み終える事なく眠りについたのだった。