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ありすぎる差

 月曜日の放課後、亜矢子は遠藤に「ヤングのための川柳入門」の返却と投句(川柳の投稿)をした。亜矢子の川柳を見た遠藤は頭を抱えた。

「川澄、あの本から何を学んだ?」

「川柳は人の心や生活を読む五・七・五で、昔は下ネタバンバンの狂句だったって」

 麻山と政美は顔を見合わせて冷笑した。

「みんな、川澄の句を披講(川柳を読み上げる)するぞ」

 高杉以外、誰も期待していなかった。

「その昔エッチな川柳狂句です」

 麻山と政美は大爆笑し、大原と里子は大きなため息をついた。

「だってそうでしょ? 江戸時代は狂句が大人気だったって」

 遠藤は亜矢子の読書力に期待した自分を恥じた。

「川澄、普段はどんな本を読んでるんだ?」

「あさがおです」

「誰の小説なんだ?」

「あの、漫画雑誌なんですけど。その中の『体育、見学します!』が大好きで、女の子のあの日の事がリアルに描かれて」

「やめろ! もう言うな! 席に着け‼」

 遠藤は亜矢子に川柳を指導する気力をどうにか保とうと努めた。

「は、はあ」

 亜矢子は遠藤から投句作品を返されて高杉に「怒られちゃった」とばかりに口を尖らせた。

「先生、川澄に指導してもいいでしょうか?」

 川柳部きっての実力者である高杉の要求を、断る事が出来ない遠藤である。

「手短にな」

 高杉は亜矢子を隣に着席させ、彼女の川柳を染々と読んだ。

「高杉先輩、どっか間違ってますか?」

「まずは中八だな」

「ナカハチ? 何の事?」

 高杉は投句作品を指差し、亜矢子に説明を試みた。

「川柳が五・七・五の十七音で出来ているのは分かるな?」

「じゅうななおん? おんって、文字数じゃないんですか?」

「違うんだ。基本ルールとして十七音は守った方がいい。特に初心者はね」

「ふ~ん。で、ナカハチって何?」

「川澄の川柳の中の『エッチな川柳』って部分、音数を数えてごらん。エ・ツ・チ・ナ」

 高杉は「エッチな川柳」の部分をなぞって音数、つまり何回発音するかを亜矢子に説明した。

「セ・ン・リュ・ウって八音あるだろ」

「エッチの小さい“ツ”も一音なんですか? で、“リュ”の小さい“ユ”は数えないんですか?」

「そうなんだ。初めの内は音数を数えてから投句するといい」

「は~い。で、内容は問題無いですよね?」

 高杉は首を横に振った。

「え~! 眠気と格闘しながら文字だけの本を読んだのに」

「その努力は認める。だが、余りにも品がないし、狂句と言うエッチな川柳がありましたって説明しているだけだ」

「初心者には難しすぎます~。五・七・五にするので精一杯です~」

 亜矢子の猫なで声に不快を募らせる遠藤と高杉以外の部員たちである。

「川澄、ここは遊び場じゃないんだ」

「はい、分かりました。高杉先輩」

 遠藤は亜矢子から早く高杉を引き離したかったが、彼以上に忍耐強く亜矢子と向き合える者はいないと判断し、しばらくは亜矢子の指導を任せる事にした。

「川澄、初めの内は五・七・五にするのも大変だろう。だからこそ、僕も初めは指導する。だが、ゆくゆくは川澄自身が川柳の良し悪しを判断して投句しなければならない。それは孤独な作業だ」

 亜矢子は「孤独な作業」という言葉に不安を覚えた。今まで自分で判断した事がほとんど無かったからである。

「え~! すっごい不安なんですけど~」

「語尾を伸ばすのはよせ。まずは今日の川柳だが、あれは『ニッボンで一番高い富士の山』と言ってるのと同じた」

「おっ! さすが先輩、すぐに出来ちゃうなんて」

 拍手する亜矢子を高杉が制した。

「今のは悪い例だ。富士山が日本一高い山だというのは、子供でも知ってる事なんだから」

 亜矢子は川柳が分からなくなった。ただ、十七音を並べれば良いと思っていたからである。そもそも、川柳そのものを見たことがないのだ。

「高杉先輩、川柳って何ですか?」

「十七音で人間の喜びや哀しみ、可笑しさなど様々な情を表現するのが川柳だ。僕個人は十七音の小説を目指している」

「しょ、小説? うわっ、凄すぎて顎が外れそう」

「顎が外れそう? 面白いな川澄は」

 高杉は亜矢子の感性は潰さずに、川柳を指導する決意をした。

「若柳、そのくらいにしろ! 副部長、図書室で川澄に小説を選んでやれ。川澄、副部長が選んだ小説を読みきって五・七・五にしてこい。完読するまで部室には来なくていい」

 亜矢子は高杉に「またね」と手を振って荷物をまとめた。里子は遠藤に一礼して亜矢子を図書室へと案内した。

「先生、川澄にきちんと川柳の基礎を教えた方がいいと思いますが」

「若柳、それを決めるのは俺だ。お前は時々アドバイスしてやれはいい。川澄の為にお前の時間を割く事はない」

 遠藤は高杉に亜矢子の指導させると、彼の作句の時間が無くなると感じた。素人の亜矢子のために高杉の作句数が減ってしまうことを何よりも懸念しているからである。


 図書室に到着した亜矢子は里子から「革命とウサギ」という小説を突きつけられた。

「あの、これも文字だけの本ですよね?」

 里子は本をパラパラとめくり、挿し絵を指し示した。

「ちゃんと、絵も描いてあるから。文字も大きいし、漢字も少ないし」

 里子は亜矢子に受付で手続きをさせると、部室へと戻って行った。亜矢子は高杉以外の先輩や遠藤の感じの悪さから解放されると思うと、たまに部室へ行けばいい川柳部も悪くないなと帰路についた。高杉らとのありすぎる差に全く気付かない亜矢子であった。


 



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