校内川柳大会
青葉高校の体育館には全校生徒や職員が集合していた。舞台左脇のマイクスタンド前で大会の進行を確認している高杉の元に、教頭が駆け寄ってきた。
「高杉先生、来ましたよ!」
「そうですか。今、控室ですよね?」
「ええ、最終確認してからお見えになるとの事です」
高杉は清音が来るまでの間を埋める方法を思いついた。
「教頭、生徒達に清音先生が如何に素晴らしい川柳作家であるか、教えてやってください」
「私が?」
高杉は教頭の肩を叩いて「お願いします」とばかりに演台へと向かわせた。
「仕様がないですなあ。皆さん、これから人気川柳作家の川澄清音先生がお見えになられます。清音先生はなんと本校の卒業生であられ、在校時は川柳部に所属し、」
生徒達はLINEで「川柳部なんてあったの知ってた?」「知らない!」「昭和の話でしょ?」などとやり取りしていた。
「清音先生は川柳はもちろんの事、エッセイや作詞、最近では川柳チャンネルも立ち上げられて、川柳のみならず好きな漫画やアニメの解説もされ、更にはそれらを川柳で」
教頭は生徒達が聞く聞かないにかかわらず、清音の魅力を語り尽くしていた。
「ともかくですね、五十歳を過ぎてもあの美貌を保っているのは奇跡です! エステとか美容整形とかではない内面から来る美しさ。生徒諸君! 今から川柳界の美魔女が君達の前に来られます。刮目しなさい!」
生徒達はもちろん、教職員達も舞台を刮目した。その視線に気付かず教頭は清音について熱く語っていて、演台の右端で躓いてしまう。
「痛たたたた」
教頭が転倒している間にある人物が舞台に上がり「しーっ!」と唇に人差し指を当てた。
「教頭先生、大丈夫ですか?」
教頭は打った左ひざと咄嗟についた右手の痛みで、誰の声か認識出来ずにいた。
「手をお貸ししましょうか?」
教頭はその人物の顔を見る事なく「すいません」と答えてゆっくり立ち上がると、その人物は教頭の身体をそっと支えた。
「ありがとうございます」
教頭はようやく助けてくれた人物の顔を見て、のけぞりそうになった。
「教頭先生、もう転ぶのは勘弁して下さい」
教頭の左手を掴んで彼の転倒を防いだのは、
「せ、せ、せん?」
「ご紹介して下さったのは有難いんですが、出にくいです」
「川澄清音先生!」
そう、舞台に上がり教頭を助けたのは清音である。会場で大爆笑が起き、教頭は清音の顔を目に焼き付けながら「皆さん、大きな拍手を!」と舞台を降りた。
「高杉先生、黙ってるなんてひどいじゃないですか!」
教頭は通りすがりに高杉に文句を言いつつ、その表情は緩みっぱなしであった。
「さて、教頭先生からも紹介がありましたので、早速始めましょう。川澄清音先生、よろしくお願いします」
高杉はスッとマイクスタンドから離れた。
「皆さん、先程はご協力ありがとうございます。改めまして、川澄清音と言います。詳しい事はネットで調べてください。まずは披講、つまり入選した川柳を読み上げて行きます。聞き逃した人は落選にします」
ざわつく会場、すかさず高杉がマイクスタンドの前に進んだ。
「清音先生、落選は厳しすぎます」
清音はケラケラと首を横に振った。
「うっそで〜す! もう、ジョーク通じないんだから、高杉クンは」
生徒達はまたもLINEで「高杉“くん”だって?」「上から目線?」「イヤイヤ、知らないの?」とざわついていた。
「き、清音先生。生徒達の前で『高杉クン』は控えて下さい。示しがつきません」
生徒の一人がネットニュースである記事を隣の生徒に見せた。清音は披講を諦めた。
「皆さん、とても川柳に集中するとは思えないので、校内ホームページに後日公開します。講評はありませんので」
清音の素っ気ない態度に生徒達は恐怖を覚えた。数人の生徒がスマホをブレザーのポケットに入れると、他の生徒達もスマホをしまった。
「もし、川柳に興味を持って実際にやってみたくなったら、高杉先生を訪ねて下さい。なんたって『川柳界の若様』って言われてたんですから」
清音は高杉にサムズアップし、一部の生徒がスマホで「川柳界の若様」とネット検索した。
「フフフッ! 生徒諸君、ネットで何でも分かると思ったら大間違いなのだよ。そんな君達にちょっとした昔話をしましょう」
インターネットに載っていないネタが聞けると思い、生徒達は聞き耳を立てた。高杉はある覚悟を決めた。
「時に昭和五十九年の春。私は県立青葉高校に入学しました」
生徒の何人ががスマホで「昭和五十九年」が「西暦1984年」である事を確認した。
「当時、三年の一学期までは部活動しなきゃいけなくて」
「あっ、そこは令和も変わらないです」
高杉は小声で突っ込んだ。
「そうなんですね。じゃ、話を昭和に戻しましょう。当時、何の目標も無かった私はラクそうと言う理由で川柳部に入りました」
高杉と佐藤は目を合わせて頷いた。
「ですが、ラクなどころか顧問の先生は厳しく先輩方は冷たい、そんなふうに私は感じてました。一人を除いては」
清音は高杉を見た。生徒達はおろか教職員達もざわつき始めた。
「私が川柳を職業とさせて頂けるのも、一人の先輩のお陰です」
清音は会場を見渡し、ほとんどの者が真剣に自分の話を聞いている事を確信した。
「その人の事を詠んだ川柳を披露します」
清音はひと呼吸して目を閉じた。
「先輩を高杉クンと呼んだ夏」
清音は一礼して舞台を降り、高杉の前に立った。
「えっ? 清音先生?」
清音は高杉に濃厚なキスをした。
「全ては高杉クンのお陰だよ。川柳部の先輩から彼氏、一度別れて社長である洋子さんのお祖父様の通夜で再会して、喪服のまま呑みに行って交際再開、そしてお互いの人生を尊重する事を条件に結婚」
教頭はショックを受けた。清音が結婚している事は知っていたが、まさかその相手が高杉である事に動揺を隠せなかった。
「ありがとう、そしてこれからもよろしく! 高杉クン」
「あのなあ、ここ学校だぞ。亜矢子」
生徒達は口笛を吹いたり、拍手したりして高杉夫妻を祝福した。
「あら? 校則に妻が夫にキスしちゃいけないなんてあったかしら?」
清音、いや亜矢子は佐藤こと旧姓内川さゆりに確認した。
「亜矢姉、バブル時代のドラマじゃないんだから」
亜矢子は高杉の隣でマイクを握った。
「生徒諸君、及び教職員の皆様! これにて私の川柳大会は終わります。先程の川柳の意味、気が向いたら考えてみてください。正解も単位もありません!」
亜矢子は川柳作家として深く頭を下げた。会場で大きな拍手が起こり、亜矢子は「じゃあね」と高杉に投げキッスをして体育館をあとにした。
「会場の皆様にお伝えします。清音先生のプライバシーに関しての問い合わせは一切受け付けませんので」
高杉もまた、一礼して校内川柳大会を終了させた。
「清音先生が母校でキスした!?」
菊田からの電話に呆れるしかない今野こと、旧姓末永洋子である。
「まさか、五十歳過ぎたおばさんのキスを見ることになるなんて。ああ言うの肉食系女子ってんですかね」
菊田の呑気な報告に清音の働き方を考える洋子である。
「取り敢えず、清音先生から目を離さないで。いい?」
洋子は通話を切り、電子タバコを加えた。
いつもご愛読いただき、ありがとうございます。
いよいよ、この作品もラストを迎えます。
最後までお付き合い頂けると嬉しいです。
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