人気川柳作家の悩み
東京都内のオフィスビルの一室。「今野事務所」のプレートが貼られている。ドアを開けると応接間があり、奥に会議室が設けられて会議用テーブルに椅子が四脚とホワイトボードがあり、更に奥へ行くと社長室を兼ねた事務室がある。
「社長、ちょっとは休みちょうだいよ~。働き方改革って知らないの~?」
社長席の前に事務机から椅子に座ったまま、キャスターで移動してきた妙齢の女性。社長と呼ばれた今野洋子は電子たばこを加えながら、移動してきた女性の肩を揉んだ。
「川澄清音先生ともあろうお方が、何をおっしゃいますか?」
今野の手を払いのけた清音は、ゆっくりと腰を上げた。
「社長も私も五十歳過ぎてんだよ、もう少しノンビリ行こうよ。スローライフでさ」
今野はどうやって清音をやる気にさせようかとパソコンを覗き込んだ。
「せんせ~、高校の創立記念で句会やって欲しいって来てんですけど~」
「え~! どうせ、先生だけがやる気になってるだけでしよ?」
清音が社長席のパソコンを覗き込むと、今野は嬉しそうに画面のある箇所を指差した。
川澄清音は約三十年前からプロの川柳作家として活動してきた。今野と二人三脚で地方新聞の1コーナーから始まり、カルチャーセンターでの川柳教室や各地域での句会、ローカルラジオ番組や深夜のテレビ番組内の川柳コーナーを担当するに至り、徐々に川柳愛好家の中で人気が上がっていった。やがて、テレビでも川柳が取り上げられるようになり「美人川柳作家」として全国に名が知られるようになった。現在は「人気川柳作家」として容姿のみならず、川柳そのものを中高年層を中心に支持されているのだ。
「どう? 一石二鳥でしょ?」
今野は昼食を買いに行かせたマネージャーの菊田に電話した。清音は今野にまんまと乗せられたと悔しがりつつ、スケジュール帳を開いて口角を上げたのである。




