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折角の〇〇〇が~

 水曜日が来た。亜矢子は朝食も取らず午前六時に合宿の待合せ場所の喫茶店「ひまわり」の前に到着し、高杉が来るのを首を長くして待っていた。そんな亜矢子の耳にクラクションが飛び込んで来て、白をベースに水色のラインが側面に入った軽自動車が彼女の真横に停まった。

「亜矢子ちゃん、早いね」

 軽自動車のエンジンが止まり、運転席から出てきたのは洋子である。亜矢子は早く十八歳になりたいと強く思った。

「う~ん、さすがに車の運転はさせられないな」

 亜矢子は思っている事を洋子に見透かされている事が、かえって面倒臭くなくていいなと思うようにした。

「アタシが免許取ったら、その車貸してよ」

 洋子は私有地で亜矢子に運転を教えてやりたいと思ったが、万が一の事を考えて運転中に説明する事にとどめる事にした。

「免許取ったら自分の車が欲しくなるって。まあ、気が向いたら貸したげるよ」

 亜矢子はある事に気づいた。

「ねえ? 高杉クンは?」

 洋子は亜矢子に乗車を促した。亜矢子は荷物を後部座席に置くと、助手席に乗り込んだ。

「シートベルトって運転する人以外もしなきゃダメ?」

 運転席に戻った洋子はサングラスをかけて、自分と亜矢子のシートベルトを締めた。

「あんたを御両親の元へ無事に送り届けなきゃいけないからね」

 亜矢子は洋子が高杉の事を話さない事に、少しイラつき始めた。

「あっ! そうそう、若柳君来れなくなったから」

「えっ? 何で?」

「お爺様が亡くなられたの、三日前に」

 亜矢子は海水浴ではしゃいでいる事に、高杉への申し訳なさが出てきた。

「若柳君からも、海水浴楽しんで来てって伝言預かってるから」

 亜矢子は高杉が来ないと知って、ある目的が果たせないと肩を落とした。

「まあ、こう言う事もあるよ、人生には」

 洋子は亜矢子に「帰る!」とは言わせまいと、早々と高速道路に入った。亜矢子は洋子に高杉について色々聞こうと決めた。

「今夜は若柳君について何でも教えてあげる」

「楽しみ~! って、な~んか何でも知ってるってのが、ちょっとムカつく」

「付き合いは私の方が圧倒的に長いからね。ところで朝御飯食べた?」

「まだ~、夏休みは自分で朝御飯用意しなさいって。お母さんが」

 洋子は亜矢子の料理を食べてみたくなった。

「サービスエリアで朝御飯にしよう。バイキング形式だよ」

「やったー‼ バイキング大好き~」

「お昼前には海に着くから。食べ過ぎないようにね」

 亜矢子は海水浴に備えて少し食事を控えておけば良かったと、洋子の言葉で気付かされた。

「まっ、いいか! 今のアタシを高杉クンに披露しよう」

「ヒュ~、亜矢子ちゃんったら大胆なんだから」

 サービスエリアまであと五キロという表示を洋子が指差すと、亜矢子は何を食べるか考え始めた。


 サービスエリアに到着した洋子はギアをニュートラルにし、サイドブレーキを引き上げてエンジンを切った。

「貴重品は車内に置いとかないでね」

 洋子の指示に従い、亜矢子は財布の入ったポシェットを鞄から取り出した。洋子もまた財布の入ったバッグを左肩にかけて車を降りた。亜矢子はすでに車を降りてサービスエリアから見える海にテンションがあがっていた。

「海が見える席にしようか?」

 洋子の問いに亜矢子が大きく頷いた。亜矢子達はサービスエリア内のレストランに入店し、海の見える席に着いた。洋子は従業員から「席確保」のプレートを受け取っており、それをテーブルに置いた。

「さあ、料理を取りにいきますか!」

「行こう! 行こう!」

 洋子は亜矢子を料理ブースへと連れていき、トレーと割箸や茶碗、皿などを取って料理を選んだ。亜矢子は白飯がパンのどちらにするか迷っていたが、種類の多さでパンに決めた。

「亜矢子ちゃん、ご飯少しだけても食べたら? 私はご飯はメインでパンはデザートにするから」

 洋子は白飯に味噌汁、鯵の開きにたまご焼きとひじきと納豆をトレーに乗せて席に向かっていた。洋子の決断力に感化された亜矢子は白飯とロールパンを取って、コンソメスープやオムレツ、ドレッシングのかかったキャベツの千切りを選んで席に戻った。

「おお! いいねえ、ご飯とパンを同時にか」

「ちゃんと、量は控えてあります! では、いただきます!」

 亜矢子は合掌礼拝して、洋子は軽く手を合わせて「いただきます」と呟き、割箸を割った。

「洋子さんは和食派なんだ」

「今回はね、私は月に二回はドライブしてるから」

「月に二回? そのたんびに高速使うってリッチだな~」

 洋子は鼻で笑いながら味噌汁を、亜矢子は味噌汁も美味しそうだなと思いながら、パンをひとかじりしてコンソメスープを飲んだ。

「バイトしてるし、服とか中古品だし」

 亜矢子は洋子の着こなしに興味を持った。やや古さは感じるものの、決してダサくはなかった。

「亜矢子ちゃんは自分で洋服買うの?」

「時々、お父さんや伯父さんが買ってくれる。お小遣い、マンガやレコードでなくなっちゃうもん」

 洋子は亜矢子の両親がお金の大切さを教えているなと強く感じた。

「ねえ? 大学生ってお小遣いもらうの?」

「ウチはくれない。学費は出してんだからあとはバイトしろって」

「車も自分で買ったの?」

「あれ、中古車でメチャクチャ安かった。それでも月賦で買ったんだ」

「月賦ってローンの事?」

「そっ! まあ車の事はこれくらいにして、向こうに着いたら海に入るよ」

 亜矢子は高杉のいない海水浴に無理矢理意味を見出だそうとした。

「もちろん、川柳もやるからね」

「洋子さんは結社とかに投句しないの?」

「高校の途中まではしてたけど、受験始まったら縁遠くなってさ」

 亜矢子は高杉もいずれは川柳をやめる時が来るのかと、少し寂しくなった。

「亜矢子ちゃん、まずは海水浴を楽しもう!」

 洋子は白飯のお代りに向かった。

「高杉クンが川柳やめたら、アタシとも付き合わなくなっちゃうのかな?」

 亜矢子は川柳部の先輩後輩でしかない高杉との関係から、どうしたらより深い関係になれるのかを考えつつ白飯を口にした。

「ご飯はこれくらいにしておこう」

 亜矢子は白飯とオムレツを平らげると、皿を持って料理ブースへと向かった。

「亜矢子ちゃんもお代り?」

「ホットケーキと紅茶を取りにね」

 洋子は「水着になるからご飯は控えたな」と思い込み、自らも白飯を軽めにしてテーブルに戻った。


 食事を終えて亜矢子はオレンジジュースを、洋子はアイスコーヒーを飲んでいた。

「それ飲んだら行くからね。海までちょっと距離あるから」

 亜矢子は「トイレ行っとかなきゃ」と慌ててオレンジジュースを飲もうとしたが、

「我慢出来なくなったら言ってくれればいいから」

と、洋子は亜矢子に耳打ちした。十五分程して二人はサービスエリアを後にした。


 午前十一時前に目的地に到着した亜矢子達は、宿泊先である民宿「なぎさ屋」の「潮風の間」で水着に着替え始めた。

「あら! 亜矢子ちゃん、攻めてるねえ」

「洋子さんこそ、流石は大学生って感じ」

 亜矢子はピンクのビキニを、洋子は黒のハイレグ水着を着用し、その上にパーカーを羽織った。

「よくお父さんがビキニなんか買ってくれたね。年頃の娘に」

「伯父さんが買ってくれたんだよ。入院中に心配してくれたお礼にって」

「伯父さん、亜矢子ちゃんにメロメロなんだね。目に入れても痛くないって感じ?」

「今回は高校入学祝いも兼ねてるからって」

 洋子はやや甘い伯父がいる亜矢子を少しだけ羨ましいと思いつつ、鞄からカメラを取り出した。

「えっ? 写真撮るの?」

「若柳君に送るの。見せたかったんでしょ?」

 亜矢子は大きく頷いた。

「素直でよろしい! 私、大学で写真サークルに入ってるから。さっ、海へ行くよ!」

 洋子はビニールシートなどを亜矢子に持たせて、海へと向かった。磯浜で交通の便があまりよくないせいか、亜矢子達以外誰もいなかった。

「うわあ! 久しぶりの海だあ」

 亜矢子はパーカーをビニールシートに置いて波打ち際へと駆け出した。洋子は早速カメラを構え、亜矢子の後ろ姿をレンズで捉えシャッターを切った。

「う~ん、いい素材だ」

 洋子はパーカーを羽織ったまま、カメラと共に亜矢子に近づいた。

「洋子さんは泳がないの?」

「私の事はいいから。思いっきり海を楽しみなさい」

 亜矢子は波に抗うように海へ飛び込んだ。

「余り遠くに行っちゃ駄目だよ。沖は潮の流れが速いから」

 洋子は亜矢子の海での位置を気にしつつ、シャッターを切り続けた。

「この辺までなら大丈夫?」

 三メートル程沖へ近づいた亜矢子が洋子に手を振った。

「その辺にしときなさい。そこから急に深くなるから」

 洋子はカメラをビニールシートに置いて、亜矢子の元へ泳ぎ出した。

「やっぱり洋子さんも泳ぎたいんじゃん」

 亜矢子もまだまだ子供だなと、洋子は彼女の背後へと回り込んだ。

「えっ? 何なの?」

 洋子は亜矢子の両肩に手を置いてばた足を始めた。

「ちょ、ちょっと」

「この海を舐めると危ないよ。もうちょっとだけ岸に寄ろう」

 亜矢子は洋子に従うしかなかった。三十分ほど遊泳して二人はビニールシートで休憩をとった。洋子が冷たい麦茶の入った水筒とプラスチック製のコップ二個を鞄から取り出すと、亜矢子は水筒のキャップを外して各コップに麦茶を注いだ。

「サンキュー! 休憩したら波打ち際で少し遊んで民宿に戻るよ」

「もう?」

「この海、お昼過ぎると潮の流れが速くなるの。だからあんまり人気ないんだよ」

 洋子が集合時間を午前六時にした理由がようやく分かった亜矢子である。


 民宿に戻った亜矢子達は庭先のホースの水でこびりついた砂利を落とし合っていた。

「洋子さん、シャワーとか無いの?」

「そんな洒落たものはないよ。身体の砂利を落としたら、ビニールシートを竿に引っ掛けて砂利を落とすよ」

「は~い」

 洋子は亜矢子に付いた砂利を水で洗い流すと、ビニールシートを竿に引っ掛けて亜矢子に洗わせ、自分の身体に砂利が残っていないのを確認した上で鞄に付いた砂利をタオルで拭き取り、使用したタオルを竿に引っ掛けた。

「もう、そのくらいでいいから。そのままお風呂に行きなさい」

「お風呂もう沸いてるの?」

「まずは玄関で足をきれいにして、使ったタオルはそのまま置いといていいから」

 洋子は鞄からタオル一枚を取りだし亜矢子に投げ渡した。亜矢子は洋子の段取りの良さに感心しつつ「潮風の間」へ着替えを取りに行ってから浴室へ向かった。残りの後始末を済ませた洋子も亜矢子に続いた。


 浴室を出た亜矢子達は「潮風の間」で扇風機をかけて一時間位昼寝をした。その夜、地元の海鮮料理に舌鼓を打ち、洋子は亜矢子に高杉への思いを川柳にしろと告げて早々と床に着いた。亜矢子は作句用ノートに今回の海水浴を題材として川柳をひねりながら眠りに入ったのである。


 翌朝、朝食を済ませた亜矢子達は水着に着替えて波打ち際で遊んでいた。

「ねえ? 朝も潮の流れが速いの?」

「そう! 水温も低いし、ちょっと遊んだら上がるからね」

「もしかして、もう帰るとか?」

「渋滞にハマらないためには、十時にはここを出た方がいい」

 亜矢子は楽しい時間とは早く過ぎてしまうのだなと、洋子に思いっきり海水を浴びせた。

「何なの? いきなり」

「この海水浴の御礼! さあ、帰る準備しよう」

 亜矢子はビニールシートに置いたパーカーを羽織って民宿へと駆けて行った。

「ゴメンね、二泊位させてあげたかったけど、今の私にはこれが精一杯なの」

 洋子も亜矢子に続いた。午前九時前に民宿を出た二人は休憩や昼食を挟んで、午後三時過ぎに川澄宅に到着した。


「あれ? お客さんかな?」

 亜矢子は土間に父のものではない白のスニーカーをみつけた。

「亜矢子ちゃん、これ高校生が履く奴だよ」

 洋子は亜矢子の背中を叩いて靴を脱いだ。亜矢子も靴を脱いで洋子の靴も揃えて応接間に向かった。

「えっ?」

 応接間の長座卓に亜矢子の両親と高杉が向かい合って冷たい麦茶と高杉が持参したレモン饅頭を口にしていた。

「おかえり、亜矢子。高杉君が海水浴に行けなかったからって、わざわざ御挨拶に来てくれたわよ」

「御自身もお爺様を亡くされて、大変だろうに」

 亜矢子は洋子に促されて母の隣に、洋子自身は高杉の斜め後ろに正座した。洋子に座布団が無い事に気付き、亜矢子は押し入れに向かった。

「亜矢子ちゃん、すぐ失礼するから」

 亜矢子は座布団を二枚運んで来て、洋子と自分の元に置いた。

「高杉クン、こんな遠いとこまで」

「川澄、約束を破ってすまない。洋子さんから一泊二日だって聞いてたから、今日来させてもらった」

 亜矢子は高杉の側へサッと近づいた。

「高杉クン、事情があるんだから謝らないで」

「亜矢子の言う通りよ、電話一本でよかったのに」

「あっ、図々しくお邪魔してすみません」

 高杉が頭を下げた事に恐縮する川澄一家である。

「ちょ、ちょっと、やめて。頭下げなきゃいけないのはこっちだよ」

「娘の言う通りだ。高杉君、こちらこそ川柳部で大変お世話になって、あらためて御礼を言います」

 川澄一家が頭を下げると、高杉も更に深く頭を下げた。その光景を見て早く高杉を連れて川澄宅を出た方がいいと思う洋子である。

「あの~、亜矢子ちゃんも疲れてると思いますので、私と若柳君は失礼させていただきます」

 洋子は高杉の背中を軽く叩いて「帰るよ」と呟いた。

「亜矢子ちゃん、車まで送ってくれる?」

「分かった! お父さんお母さん、ちょっと行ってくるね」

「そうしなさい。洋子さん、高杉君、どうもありがとう」

 洋子と高杉は亜矢子の両親に一礼して、亜矢子と共に川澄宅を出た。


「高杉クン、ウチの両親と三人きりで大変だったでしょ?」

 亜矢子は洋子の軽自動車に向かう間、高杉の隣で話し込んでいた。そんな亜矢子を洋子はにやけながら見守っていた。

「いや、よくしていただいたよ。いきなりの訪問でも快く迎えて下さったし」

「川柳界の若様に興味津々だったんだよ」

 高杉が苦笑してる内に洋子の軽自動車に到着した。

「亜矢子ちゃん、写真出来たら送るね」

 洋子は高杉に聞こえないように、亜矢子に耳打ちした。

「洋子さん、今回はお世話になりっぱなしで。ありがとうございました」

 亜矢子は深々と洋子に頭を下げると、「高杉クンも本当にありがとう」と高杉に手を振って足早に帰宅した。

「若柳君、あの子の川柳見せてくれる?」

「家に控えがありますから、お渡しします」

 洋子は車で高杉を送り届け、亜矢子の川柳を書き写して帰路についた。洋子は亜矢子の川柳に益々興味を抱いたのである。






 



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