念願すでに
亜矢子は川柳結社「息吹き」での句会デビューを果たし、県内高校川柳部親睦句会でも一句だけだったが入選した。自分の川柳、すなわち作品を他人に認められた事が何より嬉しかった。だが、高杉らが数句入選しているのに、自分だけが一句のみの入選であることに悔しさを感じるようになっていた。その悔しさからか、出欠席自由の夏休みの川柳部の活動に毎回出席している亜矢子である。そして、もう一人参加しているのは?
「ねえ? あのさ」
高杉は川柳をノートに書き出してから、亜矢子の方を向いた。
「どうした? あらたまって」
「前にさ、句会で入選したらお願いがあるって言ったの覚えてる?」
「覚えてるよ、言ってごらん」
「あの、先輩の事、『高杉クン』って呼んでもいいかな?」
高杉はクスッと頷いた。
「別に構わないよ。ちょくちょくそう呼ばれてるし」
「えっ‼」
亜矢子は無意識の内に「高杉クン」と呼んでしまっている事に気付かされた。
「僕にはいいが、他の先輩には君付けはやめた方がいい」
「う、うん。そうだね」
亜矢子は高杉に親近感をもっているから「高杉クン」と呼んでいるのに、彼がその事に気づいていないことにもどかしさを感じた。
「川澄、部活終わってから何か用事ある?」
「別にないけど」
「よかったら、駅近くの喫茶店で冷たい物でも飲んで行かないか? この前の句会でのお昼ご飯のお礼に」
亜矢子は高杉からの誘いに有頂天になった。
「えっ? だって句会の参加費出してくれたじゃん」
「お昼ご飯代の方が多かったし。まあ、僕の男を立ててくれないか」
亜矢子は「立ててくれないか」と言う言葉に、異様な反応をした。
「もう、高杉クンったら~。アタシ達、まだ高校生だよ~」
「川澄は案外真面目なんだな。喫茶店に立ち寄る事に抵抗を感じるんだから」
亜矢子は高杉との意識のズレに苦笑するしかなかった。その日は早めに部活動を終えて、高杉は亜矢子と共に青葉高校の最寄駅へと向かった。




