川柳結社へGo!
日曜日の午前十時、亜矢子は市民教育会館の前で高杉を待っていた。
「高杉クン、遅いなあ」
亜矢子は会館に入って行くのが、六十歳以上つまり亜矢子から見れば祖父母に当たる者達なのである。そんな彼等にジロジロ見られて、亜矢子は愛想笑いするしかなかった。
「高杉クンから聞いてたけど、ホントお爺ちゃん、お婆ちゃんばっかじゃ~ん」
七十歳前後の男性が亜矢子に声をかけた。
「お嬢ちゃん、もしかして川柳やるのかい?」
亜矢子は気配を感じさせずに近づいてきた男性に、驚きを隠せなかった。
「わあっ! びっくりしたあ!」
男性は亜矢子を驚かせてしまった事を申し訳なく思った。
「すまないのう、あんたのような若いお嬢ちゃんが川柳やるのかと思ってのう」
亜矢子は高杉以外の川柳部員は結社に所属していないのかと勝手に決め付けた。
「私、青葉高川柳部なんです。先輩に結社での句会を勧められて」
「青葉高川柳部? 若柳君のいるとこかね?」
そこへ噂をすればなんとやら、高杉が到着した。
「高杉先輩、遅いよ~」
「ごめん、バスが渋滞にはまっちゃって」
「若柳君、お嬢ちゃんが不安がっていたぞ」
男性は高杉の肩を叩いて会館に入っていった。
「あのお爺ちゃんって、忍者?」
「えっ? 忍者? なんで?」
「だって、いきなり目の前に立ってたんだもん」
高杉は亜矢子の表現が面白いと思った。
「川柳界には色々な人がいる。取っ付きにくいかもしれないけど、まあ漫画のキャラクターとでも思えばいい」
「私の好きなマンガに『翔んでるGⅢ(じいさん)』ってのがあって、腰痛持ちなのに発明家でジェット車椅子で空翔んだり、海潜ったりして」
「さすがにそんな人はいないよ。まずは会場で手続きだ」
高杉は亜矢子のユニークさが川柳で表現されるといいなと、会館に入っていった。
「ちょっと、女のコを置いてくなんて信じらんな~い」
高杉は振り返って亜矢子を呼んだ。
「川澄、まずは受け付けだ。急ぐぞ」
亜矢子は高杉が照れていると勝手に思い込んで、会館に駆け込んでいった。
会館内二階のニ〇六教室が今回の句会会場である。前方に学校の教室で使用する黒板があり、その前に長テーブルが二個並んでいる。出入口に近いテーブルで受け付けが行われ、もうひとつのテーブルで川柳の提出箱がお題ごとにならべられている。そして、参加者用の長テーブル六個が三列、合計十八個の各テーブルにパイプ椅子が二個用意されている。
「うわ、結構並んでるね」
亜矢子は高杉以外の川柳部員が川柳結社の句会に参加しない理由が理解できた。高齢者の多さに圧倒されてしまっているからである。
「昔に比べると、随分減ってるよ。体調が悪くて来られなくなっている人もいる」
「先輩はいつからやってるの?」
「幼稚園の頃からかな。祖父の影響でね」
亜矢子は高杉の落着き振りは高齢者と接しているからかと推測した。
「川柳の他に趣味とかないの?」
「読書や映画鑑賞が好きかな」
「読書って、マンガは読まないよね?」
「新聞の四コマ漫画は好きだな」
「アタシも好き! 四コマで風刺表現するって天才だよね」
亜矢子らが会話をしている内に、受け付けが進み彼等の順番となった。高杉は参加者記入用紙に記名した。亜矢子は用紙の中の「同人」「誌友」「その他」の各項目ごとに記名欄があり、高杉が誌友の欄に記名しているを確認した。
「誌友って何?」
「川柳誌の定期購読者って事。まあ、準会員って事だな。同人は正会員って事で、川澄は体験参加者って事で、その他の欄に記名すればいい」
「その他、ねえ」
記名を終えた高杉は、その他の記名欄を指差した。
「川澄、ここに記名するんだ」
亜矢子は高杉の指示に従って記名している間に、高杉は参加費二人分千円を支払った。
「えっ? 参加費出すよ」
「いいんだ。僕が誘ったんだから、今回は出すのは当然だ。もし、句会に興味が出たなら、次回から自腹で参加費を出せばいい」
亜矢子は高齢者ばかりの句会に積極的に参加しようとは思えなかった。手続きを終えた高杉は投句用紙二人分を受け取り、亜矢子と近くの席に着いた。
「川澄、宿題の句は出来ているか?」
「出来てるよ。『あじさい』と『しっとり』だったよね?」
亜矢子は作句用のノートを鞄から取り出した。高杉は亜矢子に投句用紙を渡し、彼女の隣に着席した。
「その細長い紙に一句ずつ、2B鉛筆で書くんだ」
「鉛筆持ってきたけど、シャープ(ペンシル)じゃダメなの?」
「御高齢の方が多いからね。シャープだと薄くて見えづらいんだ」
「ボールペンもダメ?」
「書き間違いがあった時、二本線で修正するのは選者の方に失礼だからね」
亜矢子は「めんどくさ!」と思いつつ、黒板で席題の確認をした。
「席題って、この場で川柳を考えるんだよね? 『未来』ってお題で」
「そう。句会が午後一時半、選句が正午に始まるから余裕をみて十一時半には投句を済ませよう」
高杉のリーダーシップと言うか、強引さと言うか、亜矢子は彼が亭主関白タイプなのかなと辞書を開いた。
「先輩、早く席題作ってお昼ご飯行こうよ」
高杉は亜矢子がやる気を出している事が嬉しかった。
「そうだな、誤字や『てにをは』に注意するんだぞ」
「は~い」
亜矢子は「てにをは」の意味を理解しないまま、作句を開始した。高杉も亜矢子の様子をみつつ、ノートに鉛筆を走らせた。十一時を前に彼等は投句を済ませて一端、会館を出たのである。




