八 寺井
鳥井との絶縁がいよいよ現実となろうとした頃、僕の処へ、中学三年生のクラスの同窓会の話が舞い込んできた。懐かしい人達と再会できることを、僕は素直に嬉しく思った。それに永らく会えていなかった寺井も参加すると知って、僕の会へ出ようと思う決意は固くなった。卒業後、寺井とは一度も会わずにいたものの、彼の存在は僕の精神や趣味といった、自己の内面を構成するために、依然として少なからぬ貢献を果たしていた。そんな彼と一年以上会えなかったからといって、僕はひどく苦痛を覚えるようなことはなかった。それでも、ふとした時に彼を思い出しては、久しく語り合えない今を残念に思い、近い内の再会を願いながら、遂に機会を設けられずにいた。その機会が図らずも舞い込んできたのだから、僕は応じないわけにいかなかった。
同窓会当日、僕は不思議に何の拘泥もなく楽しんでいた。食べたいものを食べ、気の合う人ともそれほど合わなかった人とも話し、女性陣のあまりの変貌に驚いた。あれほど気楽にその場を過ごしていた僕が、寺井の居る場所を視野に入れていながら、容易に近付こうとしなかったのは、既に予感めいたものが僕に警鐘を鳴らしていたからかもしれない。
寺井と話さず帰る手段はあり得なかった。この同窓会は、寺井との再会が僕にとっての目的であり義務なのだ。寺井は、僕から数メートル先のテーブルで、数人の男達と談笑している様子で、彼等の一人は、以前奥田さんと関係のあったあの人だった。僕は積極という言葉を信じて、寺井の方へ歩いた。
寺井達は、僕の接近にすぐ気付いた。それなのに全員が僕に声をかけるようでかけない、微妙な時間を共有していた。僕は「どうも」とか「久し振り」とか言うだけだった。
やがて彼等の一人が言った。
「どう? 楽しんでる?」
「うん、そうだね」
「何が良かった?」
これは寺井が訊いた。
「やっぱり、皆と会うの久し振りだし、それだけでも心躍る感じ、だよね」
「ああ、そうだね」
寺井は同意した。
「……それ何?」
「それってのは?」
「あの、飲み物」
「ああ。コーラだね」
「コーラ」
「うん。そうそう」
「うまいですか」
「え? うまいね」
彼等は低く笑ってみせた。
「心躍るって?」
「え? まあそうだね、さっき言ったように……」
「どんなふうに」
「どんな風って。どんなだろねえ?」
また笑っていた。
「どうでもいいだろ、まあいいって」
寺井は「どんなふうに」と言った男に目を向けて言っていた。小さな笑みを浮かべて。
「じゃあ、そういうわけで、それでは」
僕は訥々と喋り、その場を去ろうとした。
「ああ」
「またな」
簡単に受け答える彼等を見て、僕はもと居た場所へ帰った。彼等は彼等同士でまた談笑していた。僕もまた懐かしい人達と話していた。
「えー何て言ったかなあ、いや分かりそうなんだけど」
「ほら私だよ、これでわからない? ほら、誰?」
「ああ! なるほどね? 小林さんだ、クラリネット吹いてた。え、そうでしょ?」
あれから今日に至るまで、数年の歳月を要する。しかしもうこれ以上語ることはない。僕は寺井にもなれないし、鳥井にもなれない。そして、寺井のような人と付き合い、鳥井のような人とも付き合っている。でも、寺井と鳥井とはもうずっと会わずにいる。