四 奥田さん(一)
あの時の僕らの態度は、今になって思えば「冷笑」だった。鳥井が一番それに意識的で、僕は内心、寺井は正直分からない。僕等は、今まで合言葉にして声を揃えはしなかったが、「快活」と表現できる事物を大抵嫌っていた。「快活」と言える彼等が、どこか軽薄で、中身のないものに見えた。それを見抜いているのは僕達三人だけな気がしていた。しかし振り返ってみれば、あの時の三人も、一種の快活の内に入ってしまうだろう。三人揃った僕等は、基本的に明るかったのだから。
僕等が特に軽蔑したのは、恋愛だった。これは鳥井が誰よりも盛んだった。彼は誰よりも早く男女の噂を聞きつけては、それを嗤っていたものだ。その男女が別れようものなら、彼の目はうるさいほどに輝いた。彼のあまりの否定し振りに、僕は何度彼の同性愛を疑ったかわからない。彼に冗談を言いつつも、僕は密かに同意していた。僕はどんな女子よりも二人を愛していたと言っていい。これは決して恋愛ではなく、二人への情が、異性への恋の不要を僕に定めていた。寺井は内心どう考えていたか分からないが、鳥井の饒舌を聞きながら、時々揶揄を挟んでは微笑していたことを憶えている。
一度恋愛のことで、鳥井と寺井とが意見を対立させた。それはやはり、ある男女の交際が原因だった。その男女は優秀な生徒で、成績はいつだって良かっただろう。男の方は、今から思い返せば、背が高く、晴れ晴れとした好い顔をしていた。その相手となった人は、音楽の才能に恵まれていて、彼女のピアノの上達は、中学三年間を共にした誰もが聞いて分かるほどだった。その容貌もなかなか美しかった。
彼女は学校の有名人だったから、誰かの恋人になったことは瞬く間に学校中広まり、事件同様に扱われた。これを鳥井が放っておくわけがなかった。
「あの二人の間に子供でも生まれたら、さぞ優秀になるだろうな?」
僕等は鳥井の言葉にしどけなく笑い返した。鳥井の言葉は、僕が二人の交際を母に教えた時の母の言葉と、まるで同じだったのに、どうして彼が言うとこんなに違った意味を持つだろうと不思議だった。
「でもやっぱりいつまで続くかっていう話だよな」
「こないだ水族館に行ったんだってね」
と僕は言った。
「しかも奥田さんの友達を数人引き連れたってな」
と寺井は加えた。奥田さんとはピアノの上手な彼女のことだ。寺井は温和な表情を浮かべていた。
「奥田さんはもうお嬢様みたいなものだからさあ、やっぱり二人きりじゃ普段みたいにやってけないんだよ」
「まあ無理もないよね。何と言ってもあの奥田さんなんだから」
「そうだよ、だからそんな感じの奥田さんといつまでやっていけるかってなると、微妙じゃない?」
「確かにそうかもしれないけど、案外好い具合に続いたりすることだってあると思うよ」
「そうかなあ、いや、どうも違う気がする。あの二人じゃあ長くはないんじゃないかってね」
確かなことなど何も断言できない奥田さんとその相手の未来について、鳥井がどこまでも懐疑と否定を続けるから、僕はそろそろ辟易して、彼に返す言葉がなくなった。後に続くのは、沈黙か奥田の饒舌だと、予期するまでもなく待っていた僕は、突然寺井が言葉を投げ込んだのに息を呑んだ。
「じゃあお前だったら奥田さんと相性が合うっていうことなんだろ」
寺井の言う「お前」とは、明らかに鳥井を指していた。僕は愕然として寺井の顔を見ると、さっきまで微笑を浮かべていたのが、嘘みたいに真顔に変わっていた。と言って、怒っているようでもなかった。