三 親友
当時、僕には二人の親友がいた。一人は鳥井で、もう一人は寺井といった。鳥井とはあの時、特に親しかった。背は僕とそこまで変わらなかったが、常に猫背気味で、何だか小さく見えた。いつも黒縁の眼鏡をかけていて、髪は整えた形跡のない、ワカメみたいな伸び方をしていた。そしていつも平べったい喉声で話していた。
それに比べて寺井は、とても大人びて見えた。僕等よりもずっと背が高かったし、色黒の肌に二つ置かれた眼はいつも涼しかった。僕等三人が揃っていた時、傍目から見て一番目立っていたのは彼だっただろうと思う。
僕にとって最も気安く話せたのは鳥井だった。寺井とは、どこか緊張があって、話す時は気遣わずにはいられなかった。これは僕と寺井とが不仲だったわけではない。僕が感じた寺井への緊張は、萎縮ではなく、尊敬だった。僕と彼との懸隔は、むしろ必要なもので、あの頃同じ「何か」を共有していた僕等が一つに合わさることは危険だったのではないか。
僕が寺井に一番感動したのは、中学三年の時分、修学旅行に向けて生徒達で行った会議での、彼の発言だった。彼等は「思い出」を作るためにカメラを使用するか否かを話し合った。と言ってもそれは話し合いではなく、反対の人は挙手を求める、という形の、実は求めてなんかいない、流れ作業のような工程だった。
この一瞬で終わるはずの時間に、たった一人手を挙げたのは、寺井だった。僕は驚いた。僕も彼と同意見で、手を挙げたかったからだ。
鬱陶しい、無視するにしては少し大きい虫が教室に入って四方八方廻り出した時みたいに、教室は寺井に向けて静かに集中した。ほどなくして、司会の委員長が感情を含ませずに、
「寺井君、何でですか」
と言った。
寺井は立ち上がると、少しの間を置いて、
「どうしてカメラを使うんです?」
と、よく響く声で言った。彼の問いかけに対した彼等は、揃って笑い出し、こう言った。
「撮るために決まってるじゃん」
僕は心の中で違う違うそうじゃないんだと声を張り上げた。寺井には一刻も早く何か言ってもらいたかった。が、寺井は彼等に対して何も反論しなかった。
「もう、いい、もういい、何も言うことはない」
そう言った彼はもう座っていた。
「じゃあ賛成ということですか」
「はい、そうです」
これで終わりだった。僕は残念で仕方がなかった。僕は彼の言いたいことがみんな分かっていたのに、それをうまく言葉にできなかったし、それだから彼を助けられなかった。僕は慙愧の心で燃えるようだった。さらに火をくべたのは、寺井に向けて笑った彼等の内に鳥井が混じっていたことだった。この時僕は初めて鳥井を嫌になったように思う。だけど僕はこの感情を鳥井にぶつけることはなかった。後で僕は寺井に、会議での彼の勇気を讃えようと、彼がカメラに反対した意味を自分なりに解釈しようとしたが、彼は笑って僕の肩を叩いただけで応じなかった。以来この事件は出口のないまま、僕の思い出の中に残り続けている。
寺井は、嫌なことは嫌とはっきり言う人で、それが原因でいくらか面倒な事態も各所で起きていたが、それでも人望は最後まであった。彼の強さが、彼の立ち位置を可能にしたのだ。三年生最後の学級委員には彼が選ばれていた。そんな彼が僕と親友でいることが、たまらなく誇らしかった。
何より嬉しかったのは、教室の前へ前へと群がる彼等を後ろで見つめる僕の隣に、寺井が居てくれたことだった。それから鳥井も僕の隣に居た。この時ほど、僕等三人が仲間であることを痛感したことはない。それは二人にとっても同じだったのではないだろうか。