アレキサンダー王
真っ赤な絨毯の執着地点には、何段か階段があり、その先に重厚感たっぷりの王座がそびえていた。
その王座に相応しい威厳を携え、ふんぞり返った姿勢で鎮座する初老の男性が、静かに私を見据えている。
金色の髪は肩まで伸び、綺麗なウェーブを描く。堀の深い顔立ちに立派な口ひげ。青い瞳が目を見張る。
威圧感が半端なく、それをモロに上から被った私の心臓は異様な速さで鼓動していた。
「……名は?」
「へあぃ!ひ……日野明日香です。」
緊張しすぎて変な声が出てしまった。羞恥心を感じたが、相手方は特に気にしている様子はなかったため、私も気にしてません風を装った。
「アスカよ、よく来たな。私を含め、この国中がお前を歓迎する。」
王様だから仕方ないのかもしれないが、物凄く偉そうだ。人に名乗らせておきながら自分は名乗りもせず、いきなり名前呼びだし……。
って、あれ?ここって見た感じ西洋風だし、名前も西洋人のようだ。もしかして、ファーストネームの言い方が逆なのかもしれない。
そうなると、真面目そうなジェダさんまでもがいきなり名前呼びしていたことも不思議ではない。
……まあ、今さらだよね。私も結局名前呼びしてしまっていた訳だし。
馴れ馴れしい奴とか思われてなきゃ良いな……。
なんてこと考えてる場合じゃないよね。さっさと本題に入らないと。
「あ……あの、歓迎してくれるのは有難いんですけど、私明日も仕事があるので帰りたいんです。帰り道を教えていただけないでしょうか?」
本当かどうかは兎も角、異世界に来てしまったのは不可抗力な訳で、最高権力者に会えたのなら対策してくれるに違いない。この世界には魔法みたいなものもあるみたいだし、きっと難しいことではないはずだ。
そんなことを考えながら、王様を見ると、分かりやすいぐらいキョトンとした顔をしていた。
「帰る?何故だ。歓迎すると言っているだろう。遠
慮はいらんぞ。」
……はい?
「い……いえ、別に遠慮してるわけじゃなくて。明日も仕事なんです。早く帰らないと朝になっちゃうし……。」
「心配はいらん。お前の部屋は用意してある。そこで休むがよい。」
いや、別に泊まるところを心配してる訳じゃなくて、帰り方を知りたいだけなんだけど……。
なんか話が噛み合っていない気がする。
「ですから、ここに泊まるわけにはいかないんです。仕事に行かなきゃいけないんですって。」
「仕事はここですれば良かろう。なんら不自由はないはずだが?」
いやいや!
不自由有りすぎでしょ!
どうやってここで病院の仕事をしろって言うんだよ!?
「……あの、王様がおっしゃっている意味が良く分からないんですけど……。」
「……ふむ、理解力がない奴だな。お前の仕事はこの国の浄化であろう?この城に留まっているのが一番良いではないか。」
……へ?
じょうか?
じょうかって何?空気の浄化?
いや、私空気清浄器じゃないしね。
何をどう浄化しろってのさ。
呆けている私を後ろから見ていた神官長さんは、ゆっくりと手を上げ口を開いた。
「陛下、発言してもよろしいでしょうか?」
「うむ。」
王様が頷くのを確認した神官長さんは、私の前まで移動すると、教会でそうしたように片ひざを着いて私に向かって跪いた。
「救世主さま。あなた様の使命は、この国を悪霊よりお守り頂くことでございます。浄化の儀を行うのであれば、設備の整った城が一番適切かと思います。」
ああ、成る程。
浄化の為の設備が揃ってるからここで仕事するのが効率がいいよって言いたいわけね。
納得ー……するわけないでしょ!
「いやいや!私の仕事は病院勤めですから!使命?とか良く分からないですけど浄化とか出来ないことだけは確かです!」
全力で否定する私を見て、王様の表情は怪訝なものへと変わっていった。
「……どういうことだ神官長。」
「覚醒がまだ完璧ではないのかも知れません。こちらに御喚びしたのがほんの数刻前ですし、もう少し時間が必要なのでしょう。」
いや、私バリバリ起きてますが?もう夢の中だとか思わず、きちんとここが現実であることは自覚しているつもりだ。「この人まだ寝ぼけてますから」なんて言われるのは心外である。
いや、それよりも突っ込まないといけないところがある。
「……あの、勘違いだったらすいません。今、私をこの世界に喚んだとか言いませんでしたか?」
まさかな、と思いつつ恐る恐る尋ねると、王様は間を一瞬空けはっきりと答えた。
「そうだ。お前は我が国を救うため我々が救世主として異世界より召喚したのだ。」