アダラント王国
石畳の道路、白い壁を基調としたレンガ造りの建物。暗がりを淡く照らす綺麗な街灯。
そこを軽快な音をたてて、一台の馬車が闊歩する。
車窓の外にはファンタジー世界では王道の中世ヨーロッパのような景色が目の前に広がっている。
しかし、そんな景色を堪能する余裕はなく、私の心境はドン底まで落ち込んでいた。
そんな私の心境を知ってか知らずか、向かいに座る同乗者の一人が淡々と口を開く。
「救世主様、間もなく登城となります。」
「……その救世主様ってやめてくれません?身の丈に合ってなさすぎて反応に困ります。」
「救世主様には変わりありませんので。」
……融通が聞かない人だなぁ……。
疲れきった顔で睨んでみるが、特に気にするそぶりはない……と思う。兜のせいで表情は見えないけど。
「クラウス、いいじゃねーか。いきなり知らないところに連れてこられて救世主扱いされてるんだぞ?戸惑って当然だろ。な、嬢ちゃん。」
頭の固いジェダさんとは違い、爽快な笑顔を向ける隊長さん。
おでこに現れた眼の痣のせいで、私は晴れて"救世主様"というものに担ぎ上げられてしまった。
否定する暇もなく、神官長さんは外で見張りをしていた騎士さんに馬車を用意させ、私をこの国の最高権力者である王様の元に連れていこうとした。
これ以上訳の分からないことに巻き込まれたくなかったので、それを全力で拒否していた。だが大勢に迫られ懇願されては、協調性重視の日本で育った私にそれを拒めるだけの根性はなかった。
だから、私はせめてものわがままを通した。
「なら、一つ条件があります。」
「はい、なんなりとお申し付けください。」
「付き添いとして一緒にいってくれる人はジェダさんか隊長さんがいいです。」
私の要望に戸惑ったのか、神官長さんだけじゃなくその他大勢も固まってしまった。
「い……いえ、この者たちの担当は王都の近辺警護でして、王城には城の警護担当のこの二人と行っていただきたいのですが……。」
そう言って前に出てきたのは、さっきまで教会の入り口にいた見張り役の二人の騎士さんだった。
人当たりの良さそうな顔をしてはいるが、さっきジェダさんに対してあからさまな敵意を剥き出していたのを目の当たりにしていたため、胡散臭くて仕方ない。
……はっきり言って嫌だ。
これからまた知らないところに連れていかれるのに、こんな胡散臭くさ……よく知らない人と行かないといけないなんて気が重すぎる。
かといって、なんの説明もなしにいきなり変な儀式に巻き込みやがった魔法使い集団も、私の話を聞いてくれなそうで信用しがたい。
会ったばかりではあるが、無愛想なジェダさんと気の良さそうな隊長さんの方が全然信用できる気がする。
「……これからまた知らないところに行かなきゃいけないのに、名前も知らない会ったばかりの人と行くのはちょっと……。」
騎士さんたちは、まさか自分達が拒否されるとは思ってもいなかったのか、驚いた顔をして固まってしまった。
いやいやだから、自己紹介もなしに信用できませんって遠回しに言ってるのに、尚も名前すら名乗らないって人の話聞かなすぎでしょ。
私は拒否の意を唱えるように、後ろに待機していた隊長さんとジェダさんの元へと駆け寄る。
ジェダさんは兜をしているためどんな反応をしているのか分からないが、隊長さんは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔になった。
よかった、迷惑がってはいなさそうだ。
「俺たちを指名してくれるなんて光栄だなぁ。いいのか?あっちの二人の方が眼の保養にはなるぞ?」
それ暗にあの二人が顔だけだって言ってるようような……。
確かに、城の警護担当の二人はどちらも整った顔立ちをしており、普通の女の子だったら喜んであちらについていっただろう。私だってイケメンは好きだが、今はそんなことでテンションを上げていられる状況ではない。
見た目よりも中身重視だ。
「わがままを言っているのは重々承知してるんですけど、隊長さんたちの方が信用できる気がするので……。」
相手に聞こえないような小さな声でそう言うと、さっきまで黙っていたジェダさんが口を開いた。
「俺たちも会ったばかりなのは変わりないです。信用するのは些か軽率だと思いますが。」
うぐっ。
それを言われてしまうとぐうの音も出ない。
正論を突き付けられ、うなだれる。
でも右も左も分からない状況で、少しでも信用できる可能性がある人の側にいたいと思うのは仕方のないことではないだろうか?
落ち込む私の前で、隊長さんが「別に良いじゃねーか。頼ってくれてんだからよ。素直に喜んだらどうだ?」などとフォローしてくれているが、ジェダさんからはなんの反応もないようだ。
そんな会話をしていると、業を煮やした神官長さんが割って入ってきた。
「隊長は兎も角、この者は……。」
濁すような言い方。
……まただ。
なぜさっきからこの人たちはジェダさんを蚊帳の外に出したがるんだろう。
同業である騎士さんならまだしも、統率者であるはずの神官長まで同じような対応をするなんて、ただの嫉妬心とか単純な理由でやっているとは考え難い。蚊帳の外に出されそうになっている当の本人は全く気にしていないようだけど。
ここまでいくと、逆に気になってしまう。
「……ジェダさんがダメな理由はわかりませんけど、この条件を飲んでもらえないなら私は帰らせてもらいます。むしろ私はジェダさんと行きたいです。」
神官長さんの言い方が気に入らず、思わず強気ではんこうしてしまった。
帰り方もわからないのに何を強気に言っているんだ。とか突っ込まれたら終わりだったか、そんなことを考える余裕がなかったのか、私の態度に顔を青くした神官長さん。
「わ、わかりました。救世主様のお望み通りに致しますので、どうか王の元へと足をお運びください。」と懇願してきた。
私にやんわりと断られた騎士さんたちは、可哀想なくらい落ち込んだ様子で後ろに下がっていった。
流石にジェダさんだけとはいかないようで、隊長さんも同行する形となり今に至る。
馬車に揺られ、ボーっと考えごとをしながら額に触れた。突然現れた眼のような痣はいつの間にか消えていて、今はただのおでこに戻っている。
……あそこで、じゃあどうやって帰るんだって言われなくてよかった。
救世主だとか称えられてはいるが、所詮私はただの人間。迷子どころか異世界に放り投げられ、誰の手も借りずに家に帰ることなんて出来るはずもないのだ。
一体、これから私はどうなってしまうのだろう?
救世主って言われてるくらいだ、王様に挨拶してはいおしまい。とはならないだろう。
不安に胸を締め付けられていると、無情にも抑揚のない声が告げてくる。
「救世主さま、着きましたよ。」