証(2)
「神官長をしております、デネ・ゲイルと申します。」
「日野明日香です。」
本日何度目かになる自己紹介をして、神官長さんと握手を交わす。
教会の中は私が想像していたような物ではなく、女の人の像が真ん中に置かれ、それ以外は何もないシンプルなものだった。
ただ、ステンドグラスが至るところにあり、白い壁と相まってシンプルな教会に彩りを与えていた。
その像の前に立っているのが、神官長さん。
想像していた神父さんのような格好ではなく、白いローブを着ており、床につくのではいかというほどの長い髭を携えた魔法使いみたいなおじいちゃんだった。
背丈ほどの杖も持っており、いよいよもって魔法使いにしか見えない。
「確認させてもらいたいのですが、あなたはなぜここに来たのか理由は分からないのですか?」
「……理由って言われても。ここがどこなのかも全くわからないので……。」
正直にそう答えると、神官長さんは髭を擦りながら黙ってしまった。
「わ……私何かまずいこと言っちゃいました?」
「いえ、これは失礼を。伝わっている文献と些か違う点がありましたもので。」
文献?
「デネじいさん、手っ取り早く確かめてくれねぇか?」
業を煮やした隊長さんがそういうと、神官長さんは「ふむ、そうですな。」と呟き、私を女の人の像の前まで案内した。
「おそらく、まだ覚醒していないせいかもしれません。先ずは覚醒の義にうつらせてもらいます。」
「覚醒の義?」
神官長さんがそう言うのと同時に、何処から現れたのか、神官長さんと同じような格好をした集団が辺りを囲み始めた。
それを見た隊長さんは一歩下がり、私とその集団と距離を置く。
え、何が始まるの?
物々しい雰囲気に不安が煽られる。
神官長さんは身じろぎしている私の前に 立つと、手に持っていた杖を地面に突き立てた。
「我が母なる女神よ、今ここに貴方さまの使いが降り立ちました。」
杖の先を中心として、大きな魔方陣が足元に浮かび上がる。
それと同時に、背筋から悪寒が走るのを感じた。
何これ、やな感じがする。
「どうか我が国を闇からお救いくださいますよう、貴方さまの御慈悲をくださいませ。」
魔方陣はやがて小さくなり、私一人を囲う程度までになると、輝きを増して全身を覆っていった。
言い様のない浮遊感に襲われ、思わず目をつぶる。
……っ熱い!
全身が焼けるように熱くなり、思わず息を吐き出した。
何で私はこんな苦しい思いをさせられているの?
ああ、知らない人にのこのことついていくんじゃなかった。お母さんに散々怒られてきたのに。
もしかして、私はこのまま殺されてしまうのかもしれない。
そんな不安が頭を過るのと同時に、頭の中に、見たこともない人の映像が浮かび上がる。
……で…。…………さい。
顔はよく見えず、何かを言っているようだがそれすらもよく聞き取れない。
なに?
誰?
何を言ってるの?
詳細が全く分からないのに、私の胸は、切なさで締め付けられていく。
「ーーっ!」
何かを必死で叫ぼうとするが、声はかき消され、その人の姿も徐々に薄れていってしまった。
映像はそこでプツリと途切れ、気付くと私は地面に座り込み肩で息をしていた。
「おお、これは正しく、女神の使いの証!」
頭の上で声がしたのでなんとか顔を見上げると、私を囲っていた魔法使いの集団が歓喜の声を上げて騒いでいた。
……なに?
何があったわけ?
散々怖い思いをさせておいて、こいつらは何がそんなに嬉しいのだろう。
自分を省みずお祭り騒ぎのように喜んでいる集団に若干の苛立ちを感じていると、目の前に誰かの手が出てきた。
「大丈夫か?嬢ちゃん。」
あ、隊長さん。
えっと確かヒュウさん?
周りの雰囲気に流されることなく、項垂れている私を気遣ってか、手を引いて起こしてくれた。
うん、この人は話が分かる人っぽいな。
「あ、有難うございます。えと……一体何が起きてるんですか?」
「うーん。説明するよか見た方が早いかもな。ほれ。」
そう言って隊長さんは、鞘から抜き取った剣の表面を私に向けてくる。
よく手入れされているのか、その刃は綺麗に光っており、私の顔を鏡のようにはっきりと映し出していた。
「……ん?何かおでこにアザのようなものが……。」
いつの間にかぶつけていたのか?
前髪によって大部分が隠されていたため、詳細を確かめるべく手で前髪をかき分ける。
「ん?んんん??」
全貌を露にしたその痣を、何度も何度も手で擦る。
痛みは……ない。
腫れても……いない。
しかし落書きでもないそれは、いくら拭いても消えることはなかった。
「な……な……なにこれ?」
困惑する私に、喜び尽くして落ち着きを取り戻した神官長が、はっきりと、ゆっくりとした口調で語り始める。
「それこそ、女神の使いの使いの証。救世主様であることの証拠でございます。ようこそ、おいでくださいました救世主さま。どうか我らの国をお救いください。」
神官長が片ひざを付き頭を垂れると、隊長さんを含めた魔法使い集団までもが、一斉に私に向かって跪く。
「………………はい?」
間抜けな顔をさらけ出したその額には、淡く光り輝いたひとつの眼がその光景を冷静に見つめていた。