証(1)
物語の最初の方に出てくる偉い人なんて、せいぜい村長とかグループのリーダーとかが関の山ではないだろうか。
いきなり王様に会えだなんて、この世界の初心者にとってはハードルが高すぎる気がする。
え?迷子?
じゃあ名前と住所確認したいからちょっと総理大臣に会ってくれる?
なんて言われているようなものだ。
「いやいや、あり得ないでしょ!謎の人物(怪しいことこの上なし)をいきなり最高権力者に会わせるなんて、セキュリティ的にアウトじゃないですか!?第一、私が本当のこと言っている保障なんて何処にもないのに。いや、嘘なんてついてないですけど!」
「せきゅりてぃとはなんですか?」
いや、気にするところそこ!?
「つまり、暗殺目的に騙しているかもしれない人物をやすやすと重要人物の前に出すなんて殺されでもしても文句は言えませんよって言いたいんです!いや、騙してなんていませんけど!」
「…騙そうとしている人物が、まず自分を怪しまなくていいのかなんて言わないとは思いますが。なにも直ぐに国王に会わせるわけではありません。先ずは教会にお連れしますので、神官長に会っていただきます。」
「神官長…?」
教会にいるぐらいだから、神父さんみたいなものだろうか?
しかし、なぜそこで教会が出てくる?
ジェダさんの言っていることが益々理解できず、私の頭ははてなマークだらけだ。
そんな私を横目に、彼は何やら小さな宝石のようなものを取り出した。
そこには丸い円が描かれており、円の周りには文字のようなものが綴られ、また円の中心には幾何学模様のような複雑な模様が描かれている。
まるで魔方陣のようだ。
「…キレー。それ何ですか?」
「これは霊具の一つ転移具といいます。教会に行きますので、私に捕まってください。」
れいぐって何ですか?
てんいぐって何ですか?
それで何をするつもりですか?
いくつもの質問が私のなかで生まれていたが、その間もなく私はジェダさんに腕を捕まれスッポリと彼の胸の中に納められていた。
「…っ!!」
鎧の尖っている部分が刺さって痛いとか、見た目に反して意外と冷たくないんだとか考える余裕はなく、いきなり抱き締められる形になった私は恥ずかしさで体が強ばってしまった。
そんな私を彼は気にもとめることなく「転移」と呟くと、先程の宝石から描かれていた魔方陣が飛び出し、私たちをスッポリと囲えるほどまで大きくなった。
「す…すご……っ!」
すごいと言い切る前に、魔方陣は頭から垂直に落下し私たちを吸い込んで消えていった。
「おう!クラウス、戻ったか!」
「へ?」
気づくと、景色は一変。森の中から開けた野原に変わり、目の前にはさっきまでいなかったはずの大柄の男の人が立っていた。
彼はジェダさんとはデザインは違うが、鎧を着ており、多分騎士なのだろうと予想はできた。
呆けている私とは反対に、ジェダさんは颯爽と男の人に近づき、敬礼をした。
「ジェダ・クラウス只今戻りました。隊長、報告があります。」
「おう、この子のことだな?救世主か?」
隊長と呼ばれた男の人は、ジェダさんから顔を出し、私の方に視線を向ける。
茶色の短髪に、太めの眉毛。堀の深い顔立ちは渋めのおじさんって感じだが、人懐こそうな笑顔をしていた。
……きゅうせいしゅってなに?
「まだはっきりとは分かりません。が、可能性がありましたのでお連れしました。神官長に会わせてもよろしいでしょうか?」
「可能性ねぇ……。」
隊長さんは私の方に歩を進め、ずいっと屈んで視線を合わせてきた。
やや近すぎる距離に驚き、若干後ずさりしてしまう。
「よう、嬢ちゃん。俺はこの国の国衛騎士団の第5部隊隊長のヒュウ・ランダムだ。嬢ちゃんが異世界から来たって部下から聞いたが、本当か?」
「……日野…明日香って言います。ここが異世界かどうかなんてわかりませんけど、知らない場所だってことは確かです。」
「だははは!そうだよな。異世界から来たのか?なんて聞いて"はい、そうです"なんて答えるやつはいないよな。」
私の答えが気に入ったのか、見た目通りの豪快な笑い方をして立ち上がる隊長さん。
私は女の人の中で平均的な身長はあるが、隊長さんはその遥か上まで身長があり、見上げないとその顔が見えないほどだ。
中々に迫力があり身構えてしまうのは仕方がないことだと思う。
「ま、ここで話しててもらちが明かないな。クラウス、教会にいくぞ。」
「了解です。アスカ殿、我々と来ていただけますか?」
「あ、はい。」
……もう、どうにでもなれ。
目まぐるしく変わる状況についていけず、考える暇もないため言われるがまま動くしかない。
そう覚悟し、私はジェダさんと隊長さんの後ろを付いて歩き出した。
さっきは気づかなかったが、数メートル先に教会のような建物が立っていた。
中からの光なのか、窓という窓に施されたステンドグラスが光り、とても綺麗だ。
その入り口に、見張りなのか隊長さんと似たような鎧を着た人が二人立っていた。
「第5部隊隊長のランダムだ。救世主と思われる人物をお連れした。神官長に会わせたい。」
「ご苦労様です!……少々お待ち下さい。」
そう言って見張りの一人が扉の中へと姿を消した。
ん?
今の人、私というよりジェダさんの方を見ていたような?
普通、怪しい人物ではないかと此方に視線を向けるものだが、さっきの人は私に目もくれずにジェダさんに視線を向けていた。
心なしか怪訝な表情をしていたような……?
とか思って残った方の見張りの人を確認すると、なんだかジェダさんを睨んでいるような様子だ。
そういえば、さっきから会う騎士さんたちは、皆鎧を着てはいるが、ジェダさんみたいに兜はなく、また、デザインも黒一色ではなく銀色に青色の装飾が施されたこれぞ騎士!って感じのものだ。
隊長さんだからあのデザインなのかと思っていたが、どちらかというとジェダさんだけが違うデザインなのかもしれない。
兜がないぶん、その人の表情がよく見える。故にああやってあからさまな態度を取るとモロに分かってしまう。
仲が悪いのかな?
ジェダさんは特別な鎧を着ているみたいだし、嫉妬みたいなやつかな?
事情を何も知らない私は、そんなことを呑気に考えていると、扉が再び開き、さっきの騎士さんが顔を出した。
「神官長がお会いになるそうです。救世主さまと隊長は中へどうぞ。」
え、
「ジェダさんは一緒じゃないんですか?」
「……その者は許可されていませんので。」
なんで!?
流石にいきなり知らないところに知らない人だけにされるのは心細いにも程がある。
愛想がなくても、無口であっても少しでも多く一緒にいたジェダさんがいてくれるだけでも大分違うのに!
「……私は外で待っています。隊長が一緒ですから大丈夫ですよ。」
すがる思いでジェダさんに視線を向けるも、冷たい一言を返され落胆した。
……そういうと思いましたよ。
「まあまあ、取って食われる訳じゃないんだ、さっさといくぞ!」
そんな私を気にもとめず、隊長さんは容赦なく腕を引いて教会の中へと私を引きずり込んでいった。