紅い生き霊5
「……紅い生き霊のことをお調べになっているのですか?」
部屋を後にした私たちは、長い廊下を並んで歩きながら雑談をしていた。
内容が内容だけに、心なしか小声ではあるが。
「はい。でも、誰に聞いてもやっぱり教えてくれなくて。字も読めないから行き詰まってるんですけどね。」
質問した相手にはリサさんもいたのだが、彼女も言葉を濁し答えてはくれなかった。
そんな経緯があったせいか、私がまだ調べていることに複雑な表情を見せていた。
「いや、気にしないでください。誰だって言いたくないことはありますから。私も無理やり聞きたい訳じゃないし。」
「……申し訳ありません。ただの迷信だとは分かってはいるのですが、やはり口にする勇気がでなくて……。」
「え?迷信って?」
私が突っ込んだ瞬間、リサさんはしまった!という顔をしたが、直ぐに意を決したように口を開いた。
「……彼らの核心に迫った者は、彼ら同様紅い悪霊になってしまうと言われているのです。」
え?
伝染するってこと?
「この噂がどこから来ているのかはわかっていないのですが、その噂を知らないものはいません。加えて、その真意を確かめようとする愚か者もいない。嘘か真かは誰にも分からないのです。」
「……だから皆、それが怖くて些細なことでも口にしたくなってことか……。」
……確かに、嘘かも知れないけどその確証もない。そんな曖昧なものを確かめようとするのは命知らずな人だけだろう。
私だって、例外ではないだろう。
だけど、彼と向き合うためにはそのリスクを背負う覚悟が必要だ。
何も知らないまま、知ろうともしないで信頼関係を築くことなんて出来ないのだから。
……しかし、前途多難だ。
こうなると、人づてに聞いていくことは難しい。
やっぱり、字をまず覚えて文献を読むしか方法はなさそうだ。
でも、明日には遠征がある。
「……時間が無さすぎる……。」
唸る私を心配そうに見つめるリサさん。
その後ろには、何やら小さな影がひょっこりと顔を出していた。
「……ん?」
「え?」
リサさんの方を凝視する私につられて、彼女も私の視線の先、自分の右肩に視線を向ける。
そこから出てきたのは、毎度お馴染み、青い体をした聖霊だった。
「アオ!」
「あお……?」
『やっほー。ついてきちゃった。』
リサさんから離れたアオは、一回転しながら私の目の前に飛んできた。
「ついてきちゃったって、お風呂場から出られるんだ?」
『当たり前じゃん。ずっとあそこにいたってつまんないでしょー。』
「いや、いつもタイミング良くいるからあそこに住んでるのかと思ってた。」
『そりゃそうだよー。アスカがお風呂に行く時に僕も行ってるんだから。』
え、ストーカー?
「あのー……。」
アオと会話していたところで、リサさんが遠慮がちに声を掛けてきた。
加えて、私を不思議そうな目で見つめている。
「あ!すいません。いきなり来てびっくりしましたよね。こいつはアオって言って、水の聖霊らしいです。」
私は慌ててリサさんに向き直り、アオに手を添えて紹介した。
しかし、リサさんはポカンとしたまま固まってしまって反応が返ってこない。心なしか、アオではなく私の手の方を見ている気がする。
リサさんはこの世界の人だし、とりわけ聖霊なんて珍しくもないだろうに、何故彼女はこんなにも不思議そうに見ているのだろう?
もしかして、水の聖霊はレアなのか?
「えっと、失礼を承知でお尋ねします……。そこに、聖霊がいると仰りましたか?」
「へ?はい、そうですけど……。」
彼女の指は、私の手の先、アオを指しているのだろうが、若干違う方向を向いていた。
しかも、目を物凄く険しくさせ顔を近づけてきた。
私の手に。
「……もしかしなくても、見えてなかったりします?」
「……はい、まったく……。」
彼女の返事を聞いて、私は途端に恥ずかしくなった。
もしかして……アオは元からいなくて、今私が見ているのは妄想?
そうなると、端からみたら中二病をこじらせた痛い奴ということになってしまう。
ああ、知らない世界に来て早3日。
幻覚を見るほど私はストレスに蝕まれてしまっていたのか……。
恥ずかしげもなく自分の妄想を公言してしまったことに居たたまれなくなり、恐る恐るリサさんを見る。
しかし、そこには困惑したわけでも、怪訝そうにしているわけでもなく、何故か目を輝かせて私を見つめているリサさんがいた。