紅い生き霊4
『あ、体洗うんだねー。はいよー。』
「うわっぷ!!」
水晶玉に触れる前に、アオは軽く返事をするのと同時に私の全身を昨日同様お湯で包み込んで浄化してくれた。
「……え?水晶玉に触ってないのに魔法が使えるの?」
確か、昨日は水晶玉を介して魔力を送るという工程が必要だった気がするのだが。
呆けている私を見て、いたずらっぽく笑いだしたアオ。
『これは僕らと話すことすら出来ない人間たちが、僕らの力を借りるために作ったオモチャだから。アスカはこんなのなくたって僕に直接お願いすれば十分でしょ?』
「……え?話すことすら出来ないって……?」
コンコン。
「っ!?は、はい!」
「あの、リサです。随分お時間がかかっているようですが、大丈夫ですか?」
話に夢中になっていたら、時間が経っていたことが分からなかったみたいだ。
申し訳なさそうに扉の向こうで伺いを立てているリサさんの声に、ようやく自分がお風呂に一時間近く費やしていたことに気がついた。
直ぐに出ます!と言って慌ててバスローブを羽織って風呂場から顔を出すと、驚いた様子のリサさんの後ろで待ってました!と言わんばかりの嬉々とした面持ちでドレスを手に待ち構えているメイドさんたちが目に入った。
……ああ、今日もか……。
私は一瞬風呂場に再び戻ろうと後ずさりをしたが、メイドさんたちが瞬時に周りを取り囲み、逃げ場を塞いでしまった。
「救世主さまおはようございます!今日はどのようなお召し物に致しますか?」
「……いや、あの。普通の服でいいで……「普通の服とはどのような物でしょう?こちらなどいかがでしょうか?」」
そう言って取り出したのは、きらびやかな装飾が施されたゴテゴテのピンクのドレスだ。
「いや……もっとシンプルなのが……」
「シンプル!ではこちらはどうですか?」
確かに装飾はワンポイントで黄色の花が胸元にあるのみでデザインはシンプルだが、シルク生地のようにテロテロした光沢に、マーメイドドレスを思わせるスラッとしたシルエットのセクシーなドレスだ。
「…………いや、もっと動きやすいのを……。」
「それではこちらを……!」
スリットが太ももまで入っており、確かに動きやすいものだが……
「……待ちなさい。」
ドレスを挟んで、押し問答をしている私たちに、傍らで見ていたリサさんが声を掛けてきた。
リサさんはメイドさんたちを冷たい視線で射ぬいた。
「あなた達は救世主さまをきせかえ人形か何かと勘違いしていませんか?」
「い、いえ。決してそのようなことは……!」
美人な人にあんな風に睨まれたら、誰だって萎縮してしまう。
メイドさんたちの猛威から逃げられてホッとする反面、同情してしまった。
「ならば、しっかりと救世主さまの要望をお聞きなさい。救世主さまがどのようなお召し物を希望されているか分かるはずですよ。」
リサさんがそう言うと、メイドさん達は申し訳なさそうに私の方を見てきた。
「え、えっと……。ドレスは着なれなくて疲れちゃうので、出来ればもっと一般的な人たちが着ている普通の洋服の方が助かります……。」
「そ、そんな。救世主さま程のお方が庶民の服を着るなんて……。」
「……メイ?」
背後からドスの効いた声が響き、メイさんは顔を青くして「直ぐに用意します!」と言って風のように部屋を出て、あっという間に洋服を手に戻ってきた。
メイさんが用意してくれたのは、正に町娘、と言った感じの黄色の花柄があしらわれたワンピースだった。
うん、これなら自分一人で着られるし、何より動きやすい。
「用意してもらってるのに、わがまま言ってすいません。有難うございます。」
「そんな!身に余るお言葉です!」
涙を流して喜ばれた。
え?そこまで?
そのあとは、メイドさん達に懇願され、ヘアメイクを一通りやってもらい(一時間くらいかかりそうなところをリサさんの氷のような視線がメイドさんたちを射抜き、半分くらいの時間で済ませてくれた。)私たちは部屋を後にした。
「ようやく準備が終わりました。お待たせしちゃってすみませんでした。」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。」
へ?何故リサさんが謝るの?
彼女は、私に真っ直ぐ向き直り、深々と頭を下げた。
「彼女たちも悪気があってやっている訳ではないのです。ただ、救世主様は我が国にとっては重要人物。国王と同等の立場であると言っても過言ではありません。そのようなお方のお世話を任されて浮き足立ってしまっているのでしょう。」
「いやいや!王様と同等とか大袈裟すぎますよ!それに、親切にしてくれようとしているのは分かってますから。別に謝ることではないというか……。」
まあ、正直ありがた迷惑な点が無かったとは言い切れないが……。
あの人たちも自分の仕事を全うしようと思って張り切っていることは分かってるし、それを真っ向から拒否しきれていない私も悪いんだし。
「……いえ。そうはいきません。彼女達には後でしっかりと言って聞かせますから。救世主さまは、何か不具合があった場合は遠慮せずおっしゃってください。あなた様には快適に過ごしていただきたいのです。」
そう言う彼女は、お世辞で言っているのではなくて本心でいってくれているのだとわかった。
だって、すごく素敵な笑顔だったから。
初めて会ったときは、クールで少し冷たい印象の女性だと思っていたが、本当は、こんなにも優しく笑ってくれる人だったんだな。
「えっと……じゃあ、1つお願いしてもいいですか?」
「はい、なんなりと。」
「"救世主さま"って呼ばれるのはどうも慣れなくて……。身の丈に合わなすぎて恐縮しちゃうというか……。できれば、名前で呼んでいただけるとありがたいですが……。」
私の提案に、やはりと言った反応で困ったような顔をしたリサさん。
敬っている程の相手をいきなり名前呼びしろなんて、やっぱり無理があったかな?
ジェダさんにも一刀両断されちゃってたし……。
「……では、アスカ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「へ?いいんですか?」
ジェダさん同様、断られるものだと思っていたため、予想外の返答に質問を質問で返してしまった。
そんな私を見て彼女は微笑む。
それを見た私は思わず顔が赤くなってしまった。
「救世主改め、アスカ様。本日は私、リサ・アーヴァンが護衛を勤めさせて頂きます。」
「は、はい。よろしくお願いします。」
ここに一人、私が信頼できる人物が増えることになったのだった。