紅い生き霊
「やってしまった……。」
ジェダさんに怒りに任せて罵声を浴びせたあと、私はその勢いで王子の執務室へと突入した。
まだそこで公務中だったステルス王子は驚いた様子で見ており、護衛の二人にいたっては敵襲だと思ったのだろう、剣に手をかけて此方を睨み付けていた。
執事のジークさんに関しては、特に動揺した様子はなく、何時ものように扉の近くで待機していた。
「なんだすごい剣幕で、どうかしたのか?」
私は無言のまま王子の机へと向かい、勢いよく机を叩いた。
「護衛、変えてください……。」
「うん?」
「だから、護衛を変えてください!あんな人、こっちから願い下げです!!」
余りの剣幕に、護衛の二人は私を制止するのを忘れて固まってしまった。
それとは正反対に、驚いた様子だった王子は、私の言葉を理解したのか、神妙な面持ちに変わった。
「……理由を聞かせてもらえないかな?」
私は、さっき起きた不愉快なイベントを一から十まで説明。
それを話しているうちに、私は徐々に冷静さを取り戻し、自分が仕出かしたことの愚かさを痛感していた。
そして、その話を聞いた王子の反応は……
「あはははは。いやー君は本当に面白いな。仲を深めに行きなさいって言ったのに、逆に仲違いしてくるなんて。」
「あんな無礼きわまりない七光り男のせいで頭に血が上っちゃって……。よく考えたら、こんななにも知らない小娘に意気地無し呼ばわりされたら、怒るのも当たり前なのに……。」
頭を抱えている私に、ジークさんが紅茶を出してくれた。
飲むほどの余裕はなかったが、フルーツの混じった爽やかな香りで、若干気持ちは落ち着いてきた。
「まあ、そう気にやむな。君が世事に疎いのは仕方がない事だ。」
「いや、そもそも大事な事教えてくれなかったの貴方たちじゃないですか。」
恨めしく王子を見ても、爽やかな笑顔を返してくるのみで、気にしている素振りはまるでなかった。
分かっていたけども!
無性に腹立つわ!
「あの……"紅い生き霊"って何なんですか?ジェダさんに対する周りの態度……気にはなってたんですけど……。」
触れちゃいけないことなんだろうなって思って、あえて突っ込んで聞こうとはしなかった。
まだ会ったばかりの人間に、何で嫌われてるんですか?なんて無神経なことが聞けるほど、私はバカではない。
でも、これはそんな次元の話じゃない。
あんなに自分を卑下するなんて、並大抵の理由ではなさそうだ。
「ほう?黒が置かれている状況を知りながら、彼を護衛に指名したというのか?」
「え?だってあーゆーのってその人たちの事情だし私には関係ないというか……。それに、ここに来て最初に助けてくれたのジェダさんですから。頼るのは当たり前じゃないですか?」
大体、あんな幼稚じみた人たちの誰に頼れって言うんだか……。
私の返事に満足そうに頷く王子。
てか、私がした質問はスルーですか?
「ふむ。護衛の件だがな、変えないぞ?」
爽やかな笑顔だ。
「ええっ!ただでさえ気まずい状況なのに!!」
「それは君が引き起こしたことだろう?俺には関係ない。それに、決まった護衛をそう易々と変えられるわけないだろう?」
「ど、どーしてですか?」
「俺が面倒だから。」
爽やかな笑顔だった。
……っこの、腹黒王子!!
「せめて、"紅い生き霊"が何なのか教えてくださいよ!」
「それは出来ん。」
「どーしてですか?」
「そう軽々と口にしていいものではない。知らぬものはいないが、口に出したいものもいないだろうな。それに……」
「それに?」
「俺が面倒だからだ。」
キラキラとしたオーラを纏った爽やかな笑顔だった。
私は、怒る気力を無くし項垂れた。
「……もういいです。こうなったら自力で探りますから。」
もう冷めきってしまった紅茶を一口飲み「ごちそうさま」とだけ言って立ち上がった。
「ああ、そうだった。アスカ。」
いつの間にか呼び捨てにされていることに、反応する気も起きなかった私は、力なく王子の方へと視線を向ける。
「明日は、8時には集合だ。遅れるなよ?」
「………………善処します……。」
それだけ言って私は入ってきたときとは正反対のテンションで、執務室をあとにした。