守るということ6
「……あかい、いきりょう?」
バーソル卿の言葉が理解できていないのか、首をかしげる救世主様。
無理もない。
彼女は昨日この世界に来たばかりなのだ。内情を知らないのに、そんな言葉を出しても何も感じないのだろう。
……だからこそ、俺を護衛に指名してくれた今、このことを彼女に伝えるのを戸惑っていた。
知ったら、絶対後悔されるだろうから。
「紅い生き霊もご存じない?失礼ながら世間知らずにも程がありませんか?子供でも知っていることですよ?」
「はあ……それはすいません。何分、無知なもので。だからここに招待されたって訳でもあるんですけど。」
嫌みを言われているにも関わらず、嫌な顔一つせず、笑って返す救世主様。
そんな彼女を、嘲笑うかのような表情でバーソル卿は見下した。
「ほう?そうでしたか。さながら花嫁修行のようなものですか?大変ですね。私でよろしければ、色々と教えて差し上げてもよろしいですよ?なんなら、これからお茶でも……」
「いえ、それには及びません。」
「はい?」
バーソル卿の言葉を遮り、断りの言葉を口にする彼女は、確かに笑顔ではあるが、さっきまでの柔らかなものとは正反対の雰囲気を醸し出していた。
「バーソルさん、でしたか?あなたのお陰で、一つだけ知ることができたものがあります。」
彼女の威圧的な雰囲気に、バーソル卿は気圧され一歩引き下がった。
「そ、それって……。」
「貴族様ともあろうお方が、私の専属の護衛を、虫酸が走るくらい侮辱するような小さな小物だってことをね。」
それを見た彼女は、更に一歩前に出て距離を縮める。
「な、なんだと!!誰に物を言っている!?僕は伯爵家の子息だぞ!?」
顔を赤くして吠えてはいるが、彼女の圧力に負けて腰が引けているのが分かる。
端から見ると、なんとも情けない姿だ。
「だからなんですか?生憎、私は世間知らずな娘な者でして。身分のこととかよくわからないんですよねぇ?」
「っな!?」
「あ、そうだ!分からないなら教えてもらった方がいいですよね。」
わざとらしい彼女の仕草。
まだ会って間もないが、こんな態度をとる彼女を見るのは初めてだ。
「うーん。そうだな……。ジェダさんを護衛に就けることを許可してくれた、ステルス王子に聞いてきますよ。バーソルさんって、人を侮辱しても怒られないような大層なご身分の方なんですかって。」
「……!?」
たぶん、今までで、一番眩しい笑顔だった。
「お……おっと。もうこんな時間か。ごめんよ。これから鍛練の時間なんで。これで失礼させてもらうよ。」
「あら、そうですか。それは残念です。」
本当に残念そうだ。
それを見たバーソル卿は顔を青くして、「そ、それでは!」とだけ言って足早に去っていってしまった。
なんとも早い逃げ足だ。
同じ騎士として情けない姿だが。
彼女はそんな彼を一目だけ見ると直ぐに俺の方へと向き直った。
「……っ!あ、あの……。」
真っ直ぐと見てくる彼女に、なんて言葉を返したらいいか分からなかった。
黙っていたことを謝る?
自分から護衛を外してもらうよう申し出る?
そんなことを言ったら、今彼女が俺のために怒ってくれたことを否定してしまう気がする。
……しかし、彼女はきっと……
「あの、今まで触れちゃいけないことかなって思って聞かなかったんですけど、この際だから聞いちゃいますね。」
「……はい。」
ああ
やっぱり、この人も俺を引き離すのか……。
「その目隠ししてて、見えなくないんですか?」
「……は?」