守るということ5
二人して何もない空を眺めていると、後ろの方から男性の声がした。
「あ、えっと……。」
突然現れた男性に戸惑いを見せる救世主様。
男性は戸惑う彼女を気にする様子もなく、流れるような動きで近づいて、一礼をした。
……彼は確か、バーソル伯爵卿の……。
「何処かのご令嬢かな?初めまして、僕はアドバウンズ・バーソル。君は?」
バーソル卿。
財務大臣を担っているバーソル伯爵のご息男で、今は騎士として王都に滞在している。次期財務大臣となる身であるため、少しでも国に早くから関わりを持つためだ。
だが、彼には少々不誠実な噂があった。
その整った容姿と、将来を約束された身分。その二つが合わさり、声を掛けてくる令嬢は後を立たない。さらに、それを良しとして様々な令嬢と遊び呆けている軟派者。
正直、救世主様にはあまり関わりを持って欲しくはないと思っていたが……目ざといことこの上ない。
「どうも。アスカ・ヒノです。」
彼女もバーソル卿の一礼に習い、挨拶を交わす。
しかし、彼女のそれは令嬢がする挨拶とは違い、腰を折って頭を下げるという召し使いが主人に対してするものと同様のものだった。
……変わった挨拶だな。
バーソル卿も彼女の行動に驚いた様子だったが、すぐに気を取り直した。
「ヒノ……初めて聞く名ですね。他国のご令嬢かな?」
「あー……えっと私は……」
「この方はある事情で国にご招待されている他国の令嬢です。詳しいことはこれ以上はお話しできませんのでご了承下さい。」
俺は彼女の言葉を遮り、前に出てバーソル卿の前に出た。
今はまだ彼女が救世主であることは機密事項だ。
国が囲っている令嬢だと伝えれば、それ以上は追求してこないだろう。
「……へぇ。国が招待している……。美しいお方だ。きっと名のある姫君なのでしょうね。」
案の定、彼はそれ以上追求する様子はなかった。
だが、噂通りの彼は歯の浮くようなセリフを付け加えることを忘れない。
見ている此方としては鳥肌が立つのを止められなかった。
ただ女性としてはきっと顔を赤らめて喜ぶのだろう。彼女も恐らく、彼の甘い囁きに絆されて……。
なかった。
赤らめるどころか、心なしか顔色が悪いような……?
「あはは……。お姫様だなんてそんな大層なご身分じゃないですよ。こんな大きなお城に招待されちゃって萎縮しちゃうのなんのって。」
「そんなご謙遜を。いや、でも……。萎縮してしまっているのは本当のようですね。」
「?はい。そうですね。」
「護衛に"こんな者"を付けられて文句を言えないなんて。なんておかわいそうに……。」
!?
「……それ、どーゆう意味ですか?」
救世主様の顔が険しくなる。
心臓が、跳ね上がって鼓動を速める。
「おや?他国のご令嬢はご存じではなかったのですか?その、"黒い布"の意味を。」
声を出そうにも、息が上手く吸い込めない。
ああ、どーして俺は、あの時自分の口で言わなかったんだ。
「まあ、このような者が騎士としていること事態異常なことです。無理はないか。」
「異常?」
そう
この俺が、誰かを守る役目を担う騎士に普通ならなれるはずもないのだ。
「その黒い髪の毛で気づきませんでしたか?」
この世界では珍しい、何の雑じり気もない純粋な黒い髪。
「そして、わざわざ両の眼を隠したその布。」
布の奥に封じられた奴らと同じ色の瞳。
それは、生きるもの全ての物から力を奪い、何も生み出さない忌み嫌われる存在。
俺たちは、人々に嫌悪と畏怖を込めてこう呼ばれている。
「"紅い生き霊"ですよ。そいつは。」