守るということ3
「覚醒の儀をもってしても、君には使命の自覚がまるでない。此方としては大きな誤算だ。」
「……覚醒の儀って、あのとんでもなく苦しかった変な儀式のことですか?」
教会の中で、そんなことをしていたのか……。
神官どもの異様なテンションの歓喜の声が協会の外まで聞こえたときは、流石に驚いた。
あの儀式は、下手したら命を落とすものだと聞いた。
一昔前、自分が女神の使いだと言ってきた女が現れた。当然、彼女には使いの証がなかったため、覚醒の儀を執り行うことになった。
その場には、当時まだ健在だった先代国王と、護衛のためランダム隊長も同席していたという。
ランダム隊長は、当時新米だったこともあり、詳細を聞けたのは後になってからだったそうだ。
召喚もしていないのに、女神の使いが現れることなんてある筈がない。関係者はだれもがそう思っていた。
だが、女は現れた。
女神の使いともなれば、世界を救う救世主だということ。当然、国の待遇は桁違いに優遇されるだろう。それが分かっているから、女は女神の使いだと偽って現れたのだ。
なら、何故儀式を行ったのか。
当時の状況を俺に話していた隊長は、嫌悪感丸出しの顔で語っていた。
「……見せしめ、だったんだろうな。今後同じような輩が現れないための。」
女神の使いと偽り、儀式に赴いた女は、見るも無惨に弾けとんだそうだ。
全身から、血飛沫を上げて。
……そんな危険な儀式を、何も知らなかった救世主様に何も言わずに行ったのか。
……酷いことをする。
隊長も、あの中に入ったら儀式が行われるのはわかっていたんじゃないか?
なのに、何故……
……いや、言える筈はない、か。
救世主の可能性があると連れてこられた彼女には、儀式を受ける以外に道はなかった。そうでなければ、ただの迷い人として捨ておけられるだけ。
俺が、連れてきたばかりに……。
「ああ、あの儀式で証が現れたのだ。救世主であることは間違いない。」
「……はあ。」
「だが、何故自覚がでない?これ以上何をすればいい?何が、足りない?」
まるでこちらに問いを投げ掛けるような言い方だ。
……なにが言いたい?
怪訝な表情を見せる救世主様。
俺もまた、顔には出さずとも同様の心中で王子を見据えた。
「足りないのは、刺激だ。」
「刺激?」
「そう、刺激。ショック療法というだろう?ある一定以上の刺激を与えれば、何か変化が起こるかもしれない。俺は、そう考える。」
……だから、悪霊と対峙させようというのか。
命の危険を侵してまでも。
「……ショック療法ねぇ。他人事だと思って、楽しんでません?」
彼女は怯えるどころか、どこか王子に対して挑発めいた態度をとっている。
さっき狼狽えていたことが嘘のようだ。
そして、王子もまた、その挑発を面白そうに受け流し爽やかな笑みで答える。
「否定はしないな。だが、これでも苦渋の策であることはわかってほしい。君を危険な目に合わすのは、本意ではないからな。」
……よく言ったものだ。
おそらく、あの顔は面白さ9割、後ろめたさ1割といった所だろう。
彼女も王子の本心を見抜いたのか、小さくため息をついた。
「分かりました。その試練とやら、受けましょう。」
「ふふっ。君なら、そういうと思ったよ。」
あっさりと引き下がる彼女に、特に驚いた様子はない王子。
やはり、楽しんでいるのが大半か。
「でしょうね。初めから、やらせる気だったんでしょ。じゃなければ、こんな急に護衛を決めさせる理由がありませんから。」
……確かに、異世界に来て一日も経っていないのに救世主様自身に自分の専属の護衛を選ばせるのは無理がある。
常に側に控え、救世主の身を守る。それは言い換えれば、いつでもその人の命を狙うことが出来るということ。人選を誤ったら命取りになるのは誰が見ても明白だ。
それにこの"俺"に護衛の話が来ること事態異例中の異例。
それでも、この方は救世主様に選ばせた。
このタイミングで、この俺を。
一体、何が目的なのか……。
「よし!では決まりだな。同行する隊はそうだな……黒、君の所属している第5部隊がいいだろう。」
「……了解しました。」
ただの騎士である俺には想像だに出来ないことを考えていることはまず間違いない。
面白そうに笑う我が主に対し、俺は言われるがまま、肯定の意を口にすることしか出来なかった。