守るということ2
「うむ!感謝する。」
彼女の言葉に満足した様子の王子。
それを見た執事のジークさんは、王子の合図を待たずして手にしていた書類を二人の間にある机に置いた。
「……これは?」
彼女が手に取った紙を後ろから覗くと、冒頭に『討伐依頼』と記されていた。
「見て分かる通り、悪霊の討伐の依頼書だ。」
「……いや、字読めませんし。見ての通りとか言われても何書いてあるか分かりませんよ。」
「そうなのか?言葉が通じてるから分かるものなのかと思ってたぞ。」
……俺もそれは思った。
特別な力を持った救世主。
当然、言葉は通じたし、字だって読めて当たり前だと思っていた。
彼女は不思議そうにしている王子に向かって「チートじゃあるまいし、そんな都合よくはないでしょ。」と笑って話す。
……ちーとって何だ?
彼女以外の全員が、一様にポカンとした。
「まあ、要約するとだな、カウス村という所でな悪霊が多発しているという報告が上がってきた。」
「……あの、ここに来てから何度か聞きましたけど、あくりょうっていうのは、幽霊のことですか?」
「幽霊?」
「あ、えっと……うーん。死んだ人の魂というか、兎に角、生きた物ではないというか。」
たまに彼女の言うことは、分からないことがある。
これが異世界の違い、というものだろうか。
王子も、やはり理解は出来なかったらしく、一瞬呆けた顔をしたが、すぐに何時もの爽やかな笑顔に戻った。
「生きた物ではない。それは一緒だな。」
そう、奴等はこの世に存在してはいけないもの。
生きているものならば、世の理、ひとつの連鎖の中に入っている。
地に根を張る植物は潤いを生み出す。それを摂る草食獣は、肉食獣に摂られる。そしてその獣を摂り力を蓄えるのが人間。
人間はその蓄えた力で聖霊を喚び、聖霊はそれに応えてあらゆる物を生み出す。
世界は、あらゆる生あるものがいくつもの連鎖を繋げて回っている。
悪霊とは、その連鎖から外れ、何も生み出さず、ただ奪うだけの存在。
生あるもの達の、いきる力である魔力を奪う悪しき存在。
「……私の知ってる悪霊より質悪いかも……。」
そう呟く彼女の声色から若干の恐怖心がにじみ出ている気がする。
仕方がない。いつも対峙している俺たちでさえ、足がすくむ時があるんだ。
怖がるなと言う方が無理がある。
「と、討伐ってことは、もしかしなくても……。」
「そう。君たちには、明後日の討伐遠征に付いていってもらおうと思う。」
「「!?」」
あ……
「明後日ぇ!?」
再び彼女は勢い良く立ち上がった。
……依頼書を出してきた時点で、そーゆう話になるだろうとは思っていたが、まさか明後日の遠征に連れていくつもりだったのは予想外だ。
救世主の使命は悪霊を封印すること。
遅かれ早かれ、いやがおうにも悪霊に対峙する必要は出てくる。
しかし、いくらなんでも……。
「わ、私、昨晩ここに来たばかりですよ?それでいきなり悪霊を退治するなんて出来るわけないじゃないですか。」
「そうか?君なら出来ると思うがなぁ。」
面白そうに笑う王子の顔が、やけに引っ掛かった。
だからだろう、普段なら絶対しないことを、俺はやらかしてしまった。
「……無礼を承知で言わせていただきます。」
彼女の背後から発した言葉は、真っ直ぐと王子に届き部屋にいる誰もが俺の方へと視線を向けた。
「……っか……救世主様は、まだこの世界に来たばかりで、何もわからない状態です。悪霊のことでさえ、今やっと"何なのか"を知ったところです。そんな状態で奴等に対峙するのは、あまりにも危険ではないでしょうか。」
「……。」
心臓がどきどきしている。
何を言っているんだろう。
"こんな俺"が、国の権力者に口答えするなんて。
首を切ってくれと言っているようなものだ。
でも、"こんな俺"を彼女は頼ってくれている。
黒い鎧、黒い布に体を"封じられ"て尚も、周りの奴等に嫌悪の視線を向けられる、この、俺を。
彼女の、すがるような視線が布越しに見えている。
誰よりも、彼女を護らなくてはならないのは俺なんだ。
「うむ!それは言われずとも分かっている!」
「「はい?」」
思ってはいなかった言葉に、思わず間抜けな声が出た。