試練の始まり5
「もう決まったことだ。あいつには伝えるだけで良いのだから急も何もないだろう?」
何をいってるんだこいつは?とでも言いたそうな顔。この人は本気で彼の意見を聞くきはないようだ。
これが王族というものなのだろう。自分以上の立場のものがいない。それは即ち、自分の意見を拒絶するものがいないということ。
拒絶を許さない"命令"が当たり前で、"お願いする"ということが全く頭にない。
仕方がない、今までそうやって育ってきたんだ。当たり前だと思ってやってきたことを、いきなり現れた人物に"それは違うよ"なんて言われても"何言ってんの?"ってなるのが関の山だ。
でも
それは彼の考えであって、私は違う。
立場も違ければ世界だって違う。この人の指示にしたがう必要は私にはない。
「……私は嫌です。相手の意見も聞かずに無理矢理従わせるのは。」
「……ん?」
「私の護衛は、私を心から守りたいと思ってくれる人にお願いしたいんです。嫌々守られるくらいなら、護衛なんていりません。」
「…………。」
見つめ合う私と王子。
その間には甘い空気などなく、両者ぶつけた意見を通そうとするピリピリした空気が漂っている。
それを傍目に目の当たりにしている護衛二人と神官長さんは物凄く居心地が悪そうだ。
……ご免なさい。でもここで折れたりしたら、この先この世界で誰にも反抗できなくなって本当に操り人形みたいになりかねない。
"やるって言ったのはあなたでしょ?"
そんなのはもう、"二度と"御免だ。
「……っぷ!」
「?」
「あはははは!」
ピリついた空気を一気に消し去るような笑い声が部屋中に響いた。
「そうかそうか。じゃあ"黒"には一応伺いをたてるとしよう。」
笑いすぎたせいか、うっすらと滲んだ涙を拭う王子。
……え?伺いをたてるってことは……。
「怒ってないんですか?」
「うん?何がだ?」
「いや、だって王子様の言ったことを真っ向から拒否したわけですし……。下手したら首切られるかなって……。」
「……切られたいか?」
異様な威圧感に言葉が出ず、無言で高速に首を横に振った。
それを見た王子は再び爽やかな笑顔になった。
「"救世主様"にそんなことするわけないだろ?まあ、俺に意見してくる奴なんて中々いないからなぁ。ちと面白くてからかってしまった。許せよ。」
「は、はぁ……。」
ホントこの人、人をからかうの好きだな……。
無駄に心臓がどきどきしたわ。
私を含めた王子以外の人達の安堵のため息が聞こえた。
そんな中、王子は自分の机に腰を下ろし、何やら書き物を始めた。
「ジーク。これを五番隊の宿泊寮にいるジェダ・クラウスに届けてくれ。」
「かしこまりました。」
ジークと呼ばれた初老の執事さんは、王子から封筒を受け取り、部屋を後にした。
「え、王子。もしかして今から伺いをたてるつもりですか?」
「もちろんだ。これは急を要する案件だ。急ごしらえの護衛で凌ぐにも限界はあるからな。"黒"には早々に決めてもらわなくてはならない。遅すぎることはあっても、早すぎることはないだろう。」
それは尤もだとは思うけど……流石にこんな夜中に行くのは迷惑極まりないのではないのだろうか……。
あっちの事情を考慮しない伝令に機嫌を損ねて断られなければいいけど……。
そんなことを心配しつつ、気を失うように眠った昨晩。
まさか昨日の今日で護衛を引き受けて来てくれるとは思いもしなかった。
「あのっ……!急にこんなことお願いしちゃってすいませんでした。驚きましたよね……?」
「そりゃまあ。起き抜けの伝令だったので。」
うっ。
相変わらず歯に布着せぬ物言い。
だからこそ彼に護衛をお願いしたかったわけだけど。
「……お願いしておいてなんですが、本当にいいんですか?いきなり仕事を変えることになっちゃいますし。」
"お願いをする"という形はとったものの、彼にとっては王子の命令と大差ない筈だ。本音とは裏腹に引き受けたっておかしくはない。
聞いても無駄かもしれないけど、やっぱり聞かずにはいられない。
嫌々付いてくれるんじゃないかって。
「……?何故です。伝令には悪までも貴殿の意志に任せると書かれていたので、そうしました。それとも、私がこの任に付くのが不服ですか?」
「え?いやいや!こっちからお願いしてるんですよ?不服なんてあるわけないです!寧ろありがたいくらいですよ!」
「……そうですか。」
目隠しされてる分、彼の表情は読み取りずらくなっている。それに加えて、抑揚のない声と全く動く気配のない表情筋のおかげで、彼が何を考えているか全く検討がつかない。
でも、不思議と彼が嘘を言っているようには感じられなかった。
「えと、じゃあ宜しくお願いします?」
「はっ!精一杯勤めさせていただきます。」
堅苦しいあいさつ。でも、真っ直ぐな意志がすっと伝わってくる。
うん、きっとこの人なら信頼できる。
パンパンッ。
軽快な音が響き、私たちは音のする方へと視線を向けた。
「さーて。挨拶はこれくらいにして、本題に移ってもいいかな?」
「……はい、宜しくお願いします。」
ジェダさんから視線をはずし、王子に向きなおした私は、一度深呼吸をして心を落ち着かせる。
安心するのはまだ早い。
ここからが本番なのだから。
ジェダさんは自然な動作で私の後ろに移動した。
まるで王子の二人の護衛みたいに。
……なんだかまだ変な気分だが、嫌な感じはしない。きっと、私が極力気にならないように気配を押さえてくれているんだろう。