試練の始まり4
「で、アスカには護衛をつけようと思っている。常に側に付き、君の安全を守らせる。俺にとってのこの二人のようにな。」
そう言うステルス王子の両脇には、さっきから全く微動だにしていない兵隊さんが二人控えている。
きっと何年もそうしているのだろう。
三人の雰囲気になんら違和感を感じない。
「私に護衛なんてそんな大袈裟な……。そんな感じでいられても落ち着かないですし……。」
「いや、これは決定事項だ。護衛は付ける。」
「あ、そうですか……。」
お偉いさんっていうのはどうしてこうも下の者の話を聞かずに勝手に決めてしまうのか。
反抗する気力も出ない。
「でだ。一応君の要望も聞いておこうと思ってな。」
「要望ですか?」
「これから生活を共にする者だ。実力があることももちろんだが、気が休まる相手の方がいいだろう。どんな奴がいい?言ってみろ。」
「いきなりそんなこと言われても……。私この世界に来たばかりで右も左も分かりませんし。ましてや人選なんて……。」
下手げな人を選んだら苦労するのは私自身だ。でも、よく知りもしない人達からどうやって適切な人を選べばいいわけ?
答えのないなぞなぞに答えろと言われているようで、頭が痛くなってきた。
頭を抱えていると、ステルス王子は面白そうに笑いながら「要望がないならこっちで好きなように決めるぞ?」なんて言ってきた。
この人……人が困ってんのに面白がってる……。
要望はもちろんある。
救世主に対するこの国の人たちの接し方はどこか敬うようなな感じで、私にはどうにも落ち着かない。それに、王子の話を聞く限り下手したら利用される可能性だってあるということだ。
そんなこと、絶対御免だ。
だとしたら、私の側にいてくれる人は裏表がなくて、私のことを救世主として色眼鏡で見ない人がいい。
でもそんな人、一体どうやって見つければ……。
"否定はしません。"
ん?
待てよ?
""俺たちも会ったばかりなのは変わりないです。信用するのは些か軽率だと思いますが。
いる。
一人だけ。
私に対して分け隔てなく接してくれて、尚且つ、裏表もなくはっきりと物をいってくれる人……。
ゆっくりと顔を上げると、王子はそれに気づく様子もなく「やっぱり女性かな?アンナはどうかな。いや、あれはミーハーな所があるしな……。となるとリリスかな?うーん、でもあの子はなぁ……。」などと何やらぶつぶつ呟いている。
「王子、一人だけ候補に挙げてほしい人がいるんですけど……。」
遠慮がちにそう口にすると、王子は一瞬驚いた様子だったがすぐにうれしそうに身を乗り出してきた。
「まさか既に君のお眼鏡にかなった人物がいるとは思わなかったな。それで、誰だ?」
……なら何で私に決めさせようとしてたんだこの人は……。
王子の嬉々とした顔を冷めた目で見たが、本人は気にしている様子はなかった。
「……ジェダ・クラウスさん……だったかな?あの黒い鎧を着てた人なんですけど、分かりますか?」
シン……
一瞬にして場の空気が凍りついた気がした。
「……え、あれ?もしかして、そんな人いなかったりします?名前間違えたかな……。」
ちゃんとした自己紹介は受けたものの、この世界に来たばかりの時で頭は混乱していた。間違えて覚えていたとしてもおかしくはない。
でも、何度か名前は呼んでいたけど指摘されなかったから間違ってはいないと思うんだけど……。
唸っている私を、戸惑いの表情で見つめる神官長さんと護衛さん達。
ただ、王子だけはすぐさまその表情は嬉々としたものに変え、声を上げて笑いだした。
「あはははは!そうか、クラウスか!あいつを君が気に入るなんてなんとも予想外なことが起きたもんだ。」
き、気に入るって!?
「ちょっ!違いますよ!?変な意味は全くありませんから!!ただ初めてこの世界に来たとき一番に親切にしてくれたし、他の兵隊さんとは違う鎧着てるから特別強いのかなって思っただけで……!」
王子は私の言葉に、いきなり笑うのをやめ真剣な顔つきになった。
「……君、あの鎧が何を意味するか知らないのか?」
……え?鎧の意味?
今までのふざけたような口調とは違い、重く圧力を感じるものに変わり、心臓が跳ね上がるのを感じる。
「意味って……?何か勲章みたいなものなのかと思ってましたけど、違うんですか……?」
「……ある意味はそう、かな。」
王子の影がかかったような意味深な表情に、若干の不安が過る。
なに……?あの鎧には何か特別なものがあるということ?
それとも、あの鎧を着た彼自信に……?
「あ、あの……ジェダさんに護衛役をお願いするの、不味いんですか?」
「いや?全く!」
「……へ?」
王子の一言により、凍りついていた場の空気が一気に軽くなった。
さっきの重苦しい雰囲気が嘘のように、王子は爽やかな笑顔を向ける。
場の空気が変わり、固まっていた神官長さんが慌てて口を挟んできた。
「な、何を仰います殿下!あのような者に救世主様を任せるなど陛下がお許しになられるはずがありません!」
「良いではないか。"救世主様"が望んでいるのだ。それに、俺に責任を委ねると言ったのは父上だ。文句は言わせんさ。」
「……っ!」
神官長さんはこれ以上何も言えないのか、開けた口をパクパクさせながら顔を青くして固まってしまっている。
……このおじいちゃん、あの暴君親子にいつも振り回されているんだな……。
儀式のことはまだ根に持ってるが、若干同情してしまう。私だったらこんな役職御免だな。
「リサ、アクセル。お前達はどう思う?」
私が神官長さんに哀れみの視線を向けているなか、王子様は護衛の二人に向かって意見を募っていた。
リサさん、とは多分あの美人さんのことだろう。彼女は視線を動かすこと無く、「王子の好きなようにされてはいかがですか。」と機械的に返事をした。
何処と無く、ジェダさんみたいな雰囲気を持った人だ。
反対にアクセルさんはリサさんの隣にいる私を睨んでいた男の兵隊さんだ。彼はジェダさんの名前が出てきた途端、険しい顔をより一層険しくさせていた。彼もジェダさんにはあまりいい印象を持っていないようだ。しかし、意外にも彼も彼女と同様に「殿下がそう仰るのなら、それが、いいかと……。」と同意した。物凄く不服そうではあったけど。
それを聞いた王子はとても満足そう。反対に、味方の居なくなった神官長さんはかわいそうなくらい肩を落として縮こまってしまった。
「えっと……じゃあ、護衛はジェダさんにお願いしてみるということでいいんでしょうか……?」
そう恐る恐る聞くと、王子は親指を立ててウィンクしてきた。……アイドルのようだ。
「もちろん!早速明日にでも彼を任に着かせよう。」
え!
明日!?早すぎじゃない?
「で、でも!ジェダさんが受けてくれるかどうか確める必要ありますよね!?そんな急に明日からなんて決められなくないですか?」
今までやってきた兵隊さんの仕事をやめて私なんかの護衛にならなきゃいけない。
それを考える時間も与えないなんて少々酷ではないだろうか?
至極真っ当なことを言ったはずなのに、王子は物凄く不思議そうな顔をしていた。
「確かめる?そんなの必要ないだろう。」
「え?」