白い女神の使い(2)
「黒騎士クラウス、お前は神殿周辺の警護に当たれ。」
「了解しました。」
会合の後、各隊に別れ部隊長から各々の任務を言い渡されていた。
第五部隊の中で召喚組に任命されたのは2名。
隊の中でも霊術を一番得意とするレイモン。
霊術はレイモンに劣るが、体術に特化した霊術を得意とするガンツ。
どちらも魔力が高く、一目おかれている存在だ。
正直、この二人に負けないくらいには魔力を持っている自覚はあるが、俺にはそれ以前の問題があるため、召喚の儀に割り当てられることはないと端からわかっていた。
だから他の隊員たちのように悔しがることは全く無く、淡々と言われた任務を受け止めていた。
「クラウス。」
「はっ。」
隊員たちが各々の持ち場に散り散りになっていく中、隊長は俺のを呼び止める。
先程とは違い、彼は俺と目線があっても顔を歪めるわけでもなく、目線を反らすでもなくただ普通に此方に視線を向けてくる。
国衛騎士団第五部隊隊長、ヒュウ・ランダム。
彼は数少ない、俺に対しても普通に接してくれる人物の一人だ。
実力もさることながら、人情に暑く、部下思いのとても優しい上司。ひと度訓練や本番になると鬼のように厳しく容赦がない。だが、そんな一面も彼を魅力的にする一部分であることは彼を尊敬している部下たちを見ていれば明白だ。
俺もその一人といっていい。
ある事情から、五歳という若さで入隊した俺を、まるで息子のように接してくれ、ここまで鍛えあげてくれた。
俺にとっては父親のような存在でもある。
そんな彼が居心地の悪そうな顔をしていたため、俺も戸惑いを隠せないでいた。
「隊長、どうかされましたか?」
「いやー……なに。本当だっらお前も召喚組に割り当てられる筈だったんだが、神官どもがそれを許さなくてな。俺としても納得は言ってないんだが、こんな割り当てになっちまって悪かったな。」
全くこの人は。
そんなことをわざわざ言って謝罪する必要なんて何処にもないというのに。
きっと
彼の性格上、黙っていることは出来ないんだろう。そして、自分が悪い訳でもないのに、勝手に罪悪感を持ってしまう。
そんな所も彼の良いところではあるのだが、俺にそんな気遣いは必要ない。
「いえ、この任務こそ私がやれる最善のことだと思いますので。」
気にしないでください。
の一言を言えばいいのに、口が勝手に淡々とした返事を紡いでしまった。
そんな俺の態度に特に気にする素振りもなく、隊長は「相変わらず固いやつだなぁっ!」といって豪快な笑顔と共に豪快に背中を叩いてきた。
一瞬息をするのを忘れ、慌てて息を吸ったら盛大にむせてしまった。
背中を襲う激痛に耐えている俺を見ても彼は大して気にしていないのか、話をそのまま続けた。
「召喚の儀の間は、悪霊どもの動きが活発になる。怪我人も大勢でるだろう。
お前のことだから心配はないと思うが、心してかかれよ。」
「……っごほっ。承知しております。」
では、
と続けて俺はその場を後にした。
背中の痛みがまだ引かず、少々よろめくと「まだまだ軟弱だなぁ……。」と呟く声が背中越しに聞こえてきたのだった。
グオオオオッ!
獣のそれとは違う雄叫びが暗闇を統べる森のなかを響き渡る。
「悪霊5級だ!数匹いるぞ!!」
誰かがそう叫ぶのを背中越しに聞きながら、俺は目の前にいる5匹の悪霊と対峙していた。
悪霊とは、聖霊とは違い召喚に応じて現れるものではなく、どこからか突然現れ俺たちの魔力を求めて襲いかかってくる害獣のことだ。
その姿は様々で、狼のような姿をしているものもいれば、蝶のような姿をしたものまでいる。ただ、どの悪霊にも共通しているものがある。
狼であっても蝶であっても、総じて皆黒い体と赤い瞳を持っている。
その体は枯渇した魔力を効率よく吸収するためのものと言われており、近づくだけで体から魔力を奪われ命を落とす危険もある。
また、体の大きさや戦闘能力によって悪霊は五階級に分けられている。
俺が今対峙している狼型の悪霊は5級に分けられており、戦闘能力は大したことはないが、数匹で群れを作り襲いかかってくるため少々厄介だったりする。
此方の様子を伺いながら、じりじりと距離を詰めてくる悪霊たち。
……一人を囲って勝ったつもりでいるらしい。
甘く見られたものだ。
剣を握り直し兜のなかで眼光を鋭くすると、悪霊が一瞬怯んで動きを止めた。
それを見逃さず、地面を勢いよく蹴り一気に距離を縮める。
時間にしては一瞬。
さっきまで向かい合っていた俺たちは、今度は互いに背中を向けた形で固まった。
瞬間、悪霊の体がバラバラになり黒い霧となって空気中に離散した。
周りに他の悪霊がいないことを確認し、俺は一旦鞘に剣を納める。
……これで何匹目になるだろう。
神殿では、今正に召喚の儀を行っている最中だ。
神殿の中の魔力が意識しなくても高まってきているのを感じる。
それに誘われるように、次々と沸いて出てくる悪霊達を片っ端から片付けてはいるが、儀式が進むにつれて悪霊の数が比例するように増えてきている。
今はまだまだ余裕があるが、周りを見ると疲労の色を隠せないでいる隊員も少なくない。
これは
長期戦になると厄介だな……。
近辺警護に当たった誰もが、儀式を一秒でも早く終わってほしいと願った瞬間。
今まで感じたことのないほどの悪寒が全身を駆け巡った。