白い女神の使い(1)
黒い鎧の騎士ジェダの視点です。
ここは白い女神に祝福された国アダラント。
海に面しており、広大な港からは各国から商人が集まり、様々な物資が集まってくる。
それに加えて反対側には緑豊かな森があり、他国と比べると恵まれた環境で大いに栄えていた。
白い女神とは、この世界を創造したとされている創造伸ダーナに最初に作られた聖霊の一人と信じられている。
創造神ダーナの命により、土を作り、水を作り、生命を造り出し育んだ存在。
創造神ダーナが父とするならば、白い女神は母ともいえる存在だ。
彼女の名はワイトと呼ばれ、広くこの国でも崇拝されている。
「黒騎士クラウス。」
自分の名が呼ばれたのが聞こえたため、歩みを止めて声のする方に視線を向ける。
その先では俺と目が会うのと同時に、顔を歪ませ視線をそらしている同僚が立っていた。
俺とは違い、白銀の鎧に青い装飾が施されているものを身に纏っている。
しかし、顔には兜はなく、表情が丸わかりだ。
あからさまだな。
彼の名はグレイ・サーキンス。
俺が所属している国衛騎士団第五部隊での同僚だ。といっても俺より年は五つ上。
騎士団は祈願しある入隊試験にさえ合格すれば貴族でも平民でも入隊することができる。
大体15歳程で入隊するものが多い中、彼は13歳という若さで入隊した。
決して裕福ではない家庭のために、頑張って働いてお金をためるのだといつも語っていた。
若くして入隊できるほどの実力を持ちながら、それをひけらかすでもなく、誰にも分け隔てなく平等に接する姿勢は彼に当然ながら人望が集まっている。
そんな彼がどうして自分にこんな態度をとるのかと少しの悲しみはあれど、怒りは込み上げては来なかった。
ま、当然か。
別に彼が悪いわけではない。
別に彼だけというわけでもない。
自虐に満ちた笑顔で顔が歪んでしまったが、兜を被っていてどうせ見えはしないため、隠すつもりもなかった。
そう、悪いのはこの俺なのだ。
そう胸の中で呟きながら、気にしない振りをして感情のない声色で返事をする。
「何か用ですか?」
同僚とはいえ、年上の人に対してタメ口は聞けない。
最低限の礼儀は持ち合わせているつもりだ。
その礼儀を相手も返してくれるかは別として。
「……隊長がお呼びだ。国王から召集命令が下ったらしい。」
尚も視線を合わせようとせず、それだけ言うと、彼は踵を返してさっさと歩き出した。
「全部隊、敬礼っ!」
総騎士団長が号令をかけると、白銀の騎士団は一斉にある一点に向かって右手を目前にかざす。
その先には玉座があり、そこには俺たちの主、我が国の国王アレクサンダーが鎮座している。
このアダラントという大国を治めるアレクサンダー王は、自信のもつ手腕で他国の侵略を許さず、逆に隣接する国々をどんどん手中に治めてきた。
金髪の長い髪にブルーの瞳。齢40半ばとは思えない美貌の持ち主で、側室を含めると20人以上の妻を娶っている。
彼は俺たちの一糸乱れぬ動きに満足したのか、口の端をつり上げ
それと同時に右手を軽く上げる。
それを確認した総隊長が「直れ!」と号令し、俺たちは再び一糸乱れぬ動きで両手を背中で組み、肩幅に両足を開いて"休む"の姿勢になった。
「お前たちを集めたのは他でもない。今宵、いよいよ召喚の儀を執り行うこととなった。」
ザワッ!
普通、王が話している最中に許しも無しに声を出すことは有り得ない。
不敬であり下手すれば懲罰ものだ。
それでも、皆王の言ったことに驚きを隠せず、思わず声を出してしまった。
それほどのことなのだ。
召喚の儀とは。
現にいつもだったら怒りを露にして容赦なく懲罰を言い渡していたアレクサンダー王も、何も言わずに、寧ろ皆の反応を満足げに眺めていた。
召喚の儀
それはこの世界とは違う次元に存在すると言われている異世界より、ある人物を召喚することだ。
召喚そのものは大して珍しいものではない。
この世界には聖霊と呼ばれる生き物とは理が違う存在がいる。俺たちはそんな聖霊に対して、自分の持つ魔力を糧に陣を造り出し召喚する。聖霊は俺たちの魔力の量に応じて様々な術を産み出してくれるのだ。それは生活に役立つものから、戦争で武器にもなり得るものまで。
聖霊は俺たちの生活には無くてはならないものであり、召喚はそんな聖霊を呼び出すための手段なのだ。
この国が崇拝している白い女神も聖霊だが、それを召喚出来るものは存在しない。
ただ一人を除いては。
「昨今悪霊の出没頻度が高まってきていることは皆も感じていることだろう。このままいけば、我が国の軍事力では追い付けないほどまでに悪霊が増える可能性もある。
しかし、案ずることはない。神官からの申告によれば、今宵が1000年に一度と言われている神霊の日だという。」
神霊の日。
つまり聖霊の力が最も高まる日であり、それに応じた魔力をもってすれば今まで実現不可能だったことが可能になると言われている。
そう
異世界からある人物を召喚することさえ容易となるのだ。
「神は我らを見放してはいない。これを逃す手はない。
この神霊の日を利用し、今宵召喚の儀を行う。魔力の高いものたちは、神殿に赴き召喚の儀のための魔力を捧げよ。
それ以外の物たちは魔力に群がってくる悪霊どもから神殿を守り抜くように。
"白い女神の使い"を我が国に迎え入れようぞ!」
はっ!
アレクサンダー王が立ち上がり、右手を前にかざすのと同時に、騎士団たちの覇気のこもった返事が響き渡った。
今宵、白い女神の使いが現れる。
希望に満ちた知らせを受け、騎士団たちの意欲は上がっていた。
俺も兜の中で、胸が高鳴っているのを密かに感じていた。
歴史的瞬間に立ち合える喜び。
それだけで胸踊らせていた俺は、その後、思いもよらない出会いをし、運命に翻弄されることになるとは知るよしもなかった。