知らない世界
目覚めると、そこは知らない森の中。
いや、別に私が外にも関わらず酔いつぶれたサラリーマンのように眠りこけていたわけではない。
これでも一般常識を携えた一社会人である。うら若き女性が外で寝てたらどんな状況に陥るのかくらいはわかっている。
分かっていたつもりなのだが……
「え、どーゆうこと?夢?」
周りを見渡しても人の気配は皆無。
それでも私は、誰かにこの状況を説明して欲しい衝動に駆られてしまう。
寝てないつもりだった。普通に考えても寝るなんてあり得ない。
だって。
私は
さっきまで病院から家に帰っている途中だった。
そりゃ確かに看護師の仕事は体力勝負だ。患者の日常生活の介助に始まり、事務仕事、医者のご機嫌取り。体力だけでなく精神力も削られる激務。それに加えてのサービス残業。
帰路途中で眠気に襲われるなんてことは日常茶飯事。
でも流石に歩いている最中に寝てしまうなんてギャグマンガみたいなこと起こるわけがない。
起こるわけがないが……
一瞬眠気に襲われフラついたかと思ったら、顔を上げたときには周りの景色は閑静な住宅街から閑静な森の中に変わっていた。
唯一同じ点があるとすれば、今が恐らく夜であるということ。
街灯なんてものは無く、月明かりのおかげで、辛うじてここが森の中だとわかる程度だ。
これが夢でないとしたら、なんだというのか。
マジで誰か教えて……
「夢?にしては嫌にリアルだし。てか寒い!?今8月だよね?今日も熱帯夜ですってお天気お姉さん言ってたよね?」
湿り気もなく爽やかに周りの木々を揺らすそよ風は、容赦なく半袖のブラウスに紺色のフレアスカートといった夏真っ盛りの格好をした私の体に、冷気を突き刺していく。
寒いと言うより痛い。
「勘弁してよ……お陰で眠気は吹き飛んだけど。いや、これが夢だとしたら眠気に負けたことになるのか。やばい、目覚めろ私!
……さむいー!」
突っ込みをいれるかのように再び風が私の体を突き刺していく。
こんな寒い夢とかどんな悪夢よ。
リアルな夢見るんだったらもっと幸せなものにしてほしかった。
そう、例えば
物語に出てくるようなイケメン(これ重要)ヒーローが今、正に困っている私を助けてくれたりなんかして…
それでもって2人の間に恋が芽生えちゃったりして。
「…ふっ。我ながら笑える。」
漫画が好きで、ファンタジーものとか恋愛ものとかにどっぷり浸かっているせいか、願望も非現実的なものになってしまう。
世にいう妄想だ。
現実逃避には打ってつけで、過酷な職場でもこれをやって乗りきっていると言っても過言ではない。
悲しいかな、何故妄想の集大成とも言える夢の中でこんな現実逃避をしなければならないのか。
一向に目を覚ます気配がない自分に対してなのか、夢の中でさえ幸せにしてくれない理不尽な今のこの状況に対してなのかは分からないが、胸の奥から沸々と湧き出てくるものを感じとり、それをすんなりと口から吐き出した。
「こんな時くらい誰か助けてくれたっていいでしょーが!出てこいイケメンヒーローおぉぉ!」
パキッ
乾いた破裂音が響き、私の喉は音を出すことを止めた。
代わりに、私の頭の中で後悔の念が煩いくらいに鳴り響く。
どうして私は、道端で寝てしまうほど仕事を頑張ってしまったのか。
どうして私は、こんな右も左もわからない状態で、尚且つ何が潜んでいるとも知れない森の中で大声を出してしまったのか。
どうして私は
今の音に反応して顔を上げてしまったのか。
今すぐに見なかったことにしたいが、如何せん、私の体は石のように固まって動く気配がない。
限界まで開ききってしまった瞳には、
今
目の前に突然現れた黒い塊を写し出していた。
……なんだっけ?あれ。
実物は見たことないけど、似たようなものはよく目にはしていた気がする。
現実逃避というのだろう。
こんな危機的状況の中、頭では見覚えのある黒い塊の正体を模索していた。
恐らく、時間にしてみたら一秒にも満たなかったと思う。
それは固まってしまった私との距離をつめ、鋭い光を纏ったものを振り上げる。
あ、そうだ思い出した。
「鎧だ!」
「っ動くな!!」
ザシュッ!
「キシャアアアアっ!」