第52話【9月28日その3】クラスの出し物を見て回る
わたしは教室棟まで戻ってきて少し迷った。下から見るか、上から見るか。
打ち上げ花火の映画みたいだが、単に一階から見ていくか、三階から見ていくかということである。
ちなみに一階は三年生、三階は一年生。もちろん二階が二年生だ。
これは体力のある若い人間が苦労しろということだと思う。逆に小学生の頃は学年が上がるにつれて上の階になった。これも当然だろう。
それはともかくわたしは三階まで上がることにした。
いきなり三年生のフロアに足を踏み入れるのは敷居が高かったし、自分のクラスの様子も気になったのだ。
三階は想像以上に閑散としていた。どうやら一般来場者の流れはまだここまで来ていないらしい。三階からにしたのは結果的に正解だった。
端から順に見ていくことにする。
一組は霧乃宮市の現在と六十年前の比較展示だった。
写真と地図が主だが、街の縮尺模型まであるのが凄い。もちろん細部を見れば作りは荒いのだが、それでも霧乃宮市ということがわかる。
当然ながら街並みは変わっているが学校は同じ場所にあった。
思わず興奮してしまう。これは力作だ。
二組は亜子ちゃんのクラスである。つまり大正喫茶だ。
中の様子をうかがえば、たしかにスマホで見せてもらった格好の女子と、書生姿の男子がいた。しかし亜子ちゃんは控えにでもいるのか姿が見えない。
給仕さんと目が合ったので声をかけられないうちに退散した。
亜子ちゃんがいなければ入っても意味がない。また出直そう。
三組は射的や輪投げなどのゲームコーナーだ。
文化祭では定番の、人が頭を出すモグラ叩きもあった。
三組は体育が合同なので知り合いの子もいる。少しお喋りをしてから、そこをあとにした。
次はわたしの四組だった。
二人一組で受付をしている友人に声をかける。
「どう、入ってる?」
「暇してる同学年がぼちぼちっていうところ。まあ、始まったばかりだしね」
それもそうだ。
すると扉が開いてお化けの扮装をした男子が顔を出した。ちなみにコンセプトはケルトのお化けだ。要するにハロウィンである。
もっともクラスTシャツのようにデフォルメで可愛くはしていない。かなりのリアル路線であり、それなりに怖い。
「おい受付、全然客が来ないぞ。有村も暇なら客引きしてくれよ」
「なんで受付が文句言われなきゃいけないのよ。お化けらしく忍んでなさいよ」
思わず笑ってしまった。
「大丈夫。外や一階には来場者が大勢いたから、すぐにここまで来ると思う」
わたしはそう声をかけて手を振ると歩き出した。
文化祭ということでクラスメイトも少しテンションが高いように感じた。やっぱりお祭りで気分が高揚しているのだろう。
五組は『エンドレス・ドリーム』というオリジナルミュージカルをやっているはずなのだが――廊下には受付の人間もいないし、教室の中からも何も聞こえてこない。
やっぱり駄目だったのかな。
自分のクラスのことではないが心が痛んだ。
五組が準備段階で揉めていることは知っていた。
他の学年まではわからないが、一年生のあいだではかなり噂になっていた。特に隣のクラスである四組はかなり詳しい内実を知っていた。
わたしは後から聞いたのだが、放課後に泣き出す女子や、喧嘩をする声が聞こえたので仲裁に入ったりもしたらしい。
喧嘩の原因はよくある話だった。進行の遅れや、クオリティの低さ、それについての責任の所在のなすりつけ合いだ。
霧乃宮高校では生徒の自主を重んじている。
先生も状況の把握はしていたと思うが、いっさい関与してこなかった。
そして五組の出した結論はクラスの出し物をやらないということだった。
これに反発し最後までなんとかしようと頑張っていた人たちもいたが、圧倒的少数だった。現状の教室を見ると彼らの努力は実を結ばなかったらしい。
賑やかな文化祭の中で、そこだけ静かな教室を見ると悲しくなった。もしわたしが五組だったらどうしただろうか?
そのことはちゃんと考えるべきだと胸に刻んで、静かな廊下を歩いた。
六組はここ数年流行っている脱出ゲームだ。知識よりも頭の柔軟さで問題を解いていくゲームである。
テレビやアトラクションでは実際に閉じ込められたシチュエーションになるが、ここでは区切られたブースごとにクリアして、そのタイムを競うらしい。
おもしろそうだが無事に最後までクリアできる自信がない。時間がかかると他を見にいけなくなる。
後ろ髪を引かれながらも参加を見送った。
七組は正統派のメイド喫茶だった。呼び込みで見た二年生のようにリバース服装というのはないらしい。
さらに執事もいなかった。これだと男子はなにをやるのだろう?
そんな疑問を抱きつつ先に進む。
八組はスタンプラリーだ。ただチェックポイントが場所ではなく人である。
仮装している人物が校内に散らばっているので、その人を見つけてスタンプを押してもらうシステムだそうだ。
仮装は各国の衣装だという。わたしは十二個あるチェックポイントの国一覧を眺めた。
ベトナムはアオザイだろう。メキシコもイメージができる。でもドイツなんかはさっぱりだし、ニュージーランドとなると完全にお手上げである。
いざとなったらスマホで検索すればわかるが、それはずるいだろう。
完走しなくてはいけないわけではないし、せっかく見て回っているのだ。わたしは参加することにして、スタートスタンプを左腕に押してもらった。
クラスの出し物を見て感じたのは、霧高生も普通の高校生だということだ。
もっとアカデミックなことをやっているのかと思っていたが、全然そんなことはない。学術的というなら一組と、民族衣装を取り入れた八組ぐらいだろう。
学校側の意見はわからないが、個人的にはそれでいいと思った。
わたしは階段を下りる。
二階にくると確実に人口密度が増えた。やはり徐々に来場者が上階にまで流れているらしい。
さっきまでとは逆に今度は二年八組から見ていくことになるが、まずはその手前の教室に入ることにした。
教室棟はひとつの階に十教室ある。昔は一学年十クラスあったのかもしれない。
現在は空き教室になっているそのひとつが漫画研究会の部室なのだ。
お邪魔してみるとなかなか盛況だった。
部員の描いた漫画展示の他、時間ごとにイベントもやっているらしい。今はお客さんのリクエストに応じてイラストを描いていた。
もっとも部員全員というわけではなく二人だけだ。おそらく漫研の誇る精鋭なのだろう。素人のわたしが見ても上手いと思った。見物している人たちからも感嘆の声が上がる。
このように一見してリアクションがあるのは羨ましい。文章だとある程度の量を読まなければ良し悪しはわからない。
もちろん絵描きの人には絵描きならではの悩みがあるのだろうが。
わたしは部誌を買うことにした。
同じく物語を生み出す表現者である、参考になることも多いだろう。
ページ数は星霜より少ないが値段は倍の四百円だった。文章と絵で単純な比較はできないが、ちょっと負けた気がする。
わたしは漫研を出て、廊下を少し歩いたところで足を止めた。
そこも文化祭ポスターを貼る場所で、わたしは自然と文芸部のポスターを探す。
そしてそれを見つけて眉をひそめた。
なんと文芸部のポスターの上に、他のポスターが貼られてあるのだ。
正確には文芸部だけでなく四つのポスターの中心に貼ってあるのだが、文芸部のポスターは余白が大きいので、そこを利用する感じで最も被害が大きい。
わたしは下のポスターに被害が出ないように丁寧にそれを剥がした。
そのまま丸めて捨てても文句を言われる筋合いはないが、そこは武士の情けである。足下の目立たない場所ではあるが、それを貼り直しておいた。
これは他の場所のポスターも確認しに行かないといけない。
楽しいだけではない、色々あるなあと思いつつ先に進んだ。




