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転生者に死を!住民に平穏を  作者: 井上七史
プロローグ2
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プロローグ2 - 第三話 為政者に反旗を

三話目です。


 

終戦より十年


 


 少年は将来は勇者になりたいと父親に話した。父親は椅子に座り、息子を膝にのせ、彼の語る夢物語を目をどじ、黙って聞き続けた。


 キレイな夢だと彼は思った。子供のそこはかとない純粋さが編み出す物だ。


 しかし、彼は人一倍知っていた。息子が描く空想の勇者と現実の勇者がとてつもなくかけはなれていて、邪悪にて醜悪だということを。


 息子が考える勇者は心が清く正しく勇敢で、白馬に跨がっている聖騎士であるとしたら、現実の奴らは幾万人の奴隷を鎖で繋いで牽かせ走る戦車(チャリオッツ)に乗り込み、彼らの通った後はペンペン草すら生えていないほど貪欲で勇者教会の庇護を受けて傍若無人に世界を荒らし回る災害でしかない。それが現実だ。


「ねえ! お父さま! きいてた? ねえ! ねえ!」


 声変わりしていない柔らかい少年の声が父親を現実に引きずり戻す。


「ああ、聞いてた聞いてた」


 彼は少しはしゃぎすぎだと内心思いながらもそう言って息子の頭を撫でる。


「えへへ」


 父親に撫でられ彼はご満悦のようだ。


「ねえ、お父さま! ぼく、ゆうしゃになれるかな?」


 息子は上目遣いで目をキラキラと輝かせて父親にせまる。


 少しの沈黙の後、彼は口を開いた。


「なれるさ」


 嘘だ。


「ほんとう?」


「ああ」


 彼は息子の夢を壊さないため小さな嘘をついた。


「うん、じゃあかっこよくて強いゆうしゃになれるように剣術のけいこがんばってくる」


 息子は父親の膝からピョイと降りて部屋の扉の前で行き、立ち止まって言った。


「あさってのゆうしゃのパレードお父さまと行きたい」


 父親は困った顔をして息子に言った。


「トガルド。お父さんは大事な仕事があるから明後日はシンシアお姉ちゃんと行けないかな?」


 息子改めトガルドは口を尖らせて、静かに頷いた。


「ごめんよ。本当は一緒に行きたいんだけど」


 部屋を出ていくトガルドを見届けながら、今日の俺はよく嘘をつくな、と彼は思った。


「ああ、あれから十年か……早いものだ」


 彼、アーマクス・フォン・ウルムガルトは左腕に負った古傷を擦り、机の上に山となっている書類の束の一つを手にする。



 十年前。当時、異端として名高かった勇者教団が異世界から三人の勇者を召喚し、十五年も続いた戦争を三日で終戦に導いたことで教団に対する民衆の見方が変化した。


 王国はこれに対し、元老院の議席数の割譲という形でひとまず手を打った。


 まず最初に王国内で実権を持った勇者教団が行ったのは国教として勇者教の地位の改善と保証であった。


 これにより国内での勇者教団は信徒を着実に増やしていった。


 勇者教団は政治面では戦いに疲弊した国民に寄り添う政策を打ち出し、瞬く間に民衆の心をつかむと、元老院内での議席数の過半数をとるのに一年もかからなかった。


 そして、次に行ったのは王権民主政治の解体である。


 十五年も戦争を膠着状態にし、民を苦しめたのは王政が原因だとして糾弾し、その結果王政の廃止、元老院の議席の九割を手中に収めることとなった。


 こうしてアルシア王国は約六百年にわたる歴史に幕を下ろし、それに変わって勇者教団を中心とするフ・エルテス皇王国が誕生した。


 改革は十年たった今でも続いており、旧王政側の貴族はいまだに領地を明け渡してはおらず、国の末端までは教団の支配が行き届いていないというのが現状だ。


 しかし、ここ二・三年前から教団の影響力にある街では勇者が住民を守るという触れ込みの勇者税を住民一人一人に課すようになり財力的にも教団は大きな後ろだてを築きつつある。


 そして最近では、皇王国内の店という店は勇者による住民の保護の見返りとして、教団関係者に対してはタダでモノを提供しなくてはいけないという条例も施行され、勇者教が少数派の地域では不満が積もりつつあった。


---以上、第十二次報告書



 ハァ、とアーマクスは大きなため息をついた。あまりにも横暴な、これでは民を苦しめるだけではないか。こんなのでよく国が回っているな。そんなことを考えているとドアを三回ノックする音がした。


「どうぞ」


 ドアが開くと老齢の執事が書類の封筒を片手に携えているのがわかった。


「失礼します。アーマクスお坊っちゃま」


 執事はそれなりに歳をとってはいるが、背筋はピシッと伸びており、髪は見事に真っ白ではあるが毛の濃さはアーマクスとさほど変わらない、全く年を感じさせない佇まいだ。


「何度も言うが、この歳になってお坊っちゃまはないだろうアル爺」


「ハハハ、今年に入ってこの手の話は二十九回目。累計で言いますと五百と九十八回であります、お坊っちゃま」


「ここで俺がつっこむとお前が『では、なんとお呼びしましょうかお坊っちゃま』というからもうお坊っちゃまでいいぞアル爺」


 いつも繰り返される会話を一人で演じため息をついた。


「さすがですお坊っちゃま」


 アーマクスはさすがでも何でもないぞ、と心のなかで突っ込みを入れる。


「で、例の事はどうなっている?」


「はっ、こちらに」


 アル爺もといアルフレッド執事長は携えていた封筒を直接アーマクスに差し出した。


 アーマクスは封を切ると中の書類を読み始めた。


「どうですか?」


 執事長が尋ねる。


「たった今、ようやく最後のピースのシルベスター伯爵家を取り込んだところだ」


 シルベスター伯爵家とは王政時はウルムガルト家に敵対していたが、王政の崩壊後元老院の議席を失い、政治的権力を失った貴族である。


「ようやく皇王国とやらに反旗を翻せますねお坊っちゃま」


「ああ、しかしだな……」


 頭を抱えたアーマクスは言い淀む。


「どうしましたか?」


「勇者の力は強大だ。金も権力も力までもだ! 畜生が!」


 アーマクスは机にある書類の一山を右手で思いっきり払い除ける。部屋を紙の吹雪が吹き荒れる。


「といって、あなたがここで立ち上がらなければ民衆は、弱者はいつまでも奴らの食い物にされ続けますよ」


「ああ、わかってる。誰かがやらなくてはならない」


 それが死に直結することだと分かっていようとも、だ。



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