プロローグ1 - 第二話 異端者に裁きを2
二話です。まだ主人公すら出てませんがしばらくお待ちください。
アーマクスは鞘から片手で剣を引き抜くとゴォンツォから五メートルほど離れた地面に落ちた腕にそれを突き立て、煙草の火を消すように二・三度グリッグリッと力を込めて血を噴き出させた。
傷口からは血のどす黒い赤と、体の中にあったとは思えない金属のような光沢をもったくすんだ青い液体がこぼれ出て混ざり合い、大理石の白い床を醜悪な紫色に染めた。
この汚い青の液体は液体状の魔力で、通常身体を巡る場合はほぼ無色透明な液体なのだが、どういうことかゴォンツォの右腕には超高密度の液体魔力が含まれていた。
このような場合、たいてい大勢の死体から魔力を抽出したり、体の一部を魔石に変えていたり、禁忌を破って肉体を吸血鬼などのアンデットに変質させ人間を辞めているケースが多く、本職の魔術師などからは出来損ないを意味する『デミ』という烙印を押され忌み嫌われる存在となっている。
しかし、ゴォンツォの右手はその手のものではないことを彼は知っていた。
アーマクスは腕の前にしゃがみ込むと、切り口に指を突っ込み語り始める。
「あなたの異常なまでの強さはこの右腕が理由だろう、ゴォンツォ。かつて勇者として召喚された四大勇者が一人、大魔導士テケシィ・トナカァの聖遺物、真・漆黒魔術聖典改の背表紙の切れ端を埋め込んだのだろう」
「なぜおまえがそんなことまで知っている? 私が持っているという事は軍事魔法庁でもそう何人と知らないことのはず……」
そうつぶやくとゴォンツォはなくなった右腕を押さえながら顔をゆがめてアーマクスを睨んだ。
それは腕を切られた痛みに苦しんでいるというよりかは、自分の手の内がどこまでバレているのか探りを入れ、この後どの場面でどのようにして反撃に出るか好機をうかがう策士としてのゴォンツォの顔であったが、彼と関った年月の浅いアーマクスには彼のその顔の意味を知る由もなかった。
「やっぱり、当たりだったか……。これだな」
切り口から指を引き抜き立ち上がった彼の指の間に挟まれていたのは淡い光を放つ黒い革製の古びた欠片だった。
「おい、ウルムガルト。私の下に来ないか? 私の作る新しい世界に貴様が必要だ」
「それは今あなたがそんな状況で言えることか? ご自慢の右腕もこんな調子で」
そう言うと彼は足元に転がった腕を踏み付けた。中から残っていた液体魔力が勢い良く絞り出され床と壁を青く汚す。
「はあ、交渉決裂だな……残念だ」
ゴォンツォは左手の人差し指にはめられた指輪をかざした。そして勝ち誇ったような顔をした。
「何をした?」
反射的にアーマクスはゴォンツォの首筋に剣を当てる。これ以上怪しい行動をしたら即座に切り捨てるというのが伝わってくる剣幕である。
「二つだ、宮廷警備兵を呼んだ。じきに来る。もう一つは私の部下に命令を出した」
彼は悪魔のような下卑た笑みを浮かべた。
「何をだ?!」
「勇者の召喚を敢行する。私は戦争を終結させた名士として歴史に名を刻み伝説となる。そして、その礎となるのは貴様の故郷ラーチスだ」
チェックメイトだ、とゴォンツォは腹の中で勝利宣言をした。
「どうせハッタリだ。虚勢を張って、俺の隙を窺っているな」
遠くから複数人の足跡が近づいて来ている。どうやら本当だったらしい。
「私が噓をつくメリットがどこにあるというのだ。まあ、そんなことはどうでもいい。過去にさかのぼって勇者召喚の文献を読み返して分かったのは彼ら先人に足りなかったのは生贄の量だったのだよ!」
狂人的な笑みを浮かべた彼は右腕の断面をかじり出血させてのたうち回りながら続ける。鮮血が純白のローブを真っ赤に染める。
「ラーチスの住民三万を魔力に変換するとしたら理論上、勇者三人分の召喚が可能だ。一騎当千ならぬ一騎当万、いや、それ以上かもしれないな‼」
そう言うとゴォンツォはわざとらしくうずくまった。
やがて十数名の衛兵が廊下に到着した。廊下を封鎖するように手前にも奥にも兵が集まり、アーマクスの退路は断たれた。これ見よがしにゴォンツォは芝居を打つ。
「こいつが犯人だ! わしの腕を切り落としおった! そして、聖遺物を破壊したのは奴だ! 取り押さえよ!」
彼らの目に映ったのは白いローブを真っ赤に染めた軍事魔法庁長官、切り離された右腕、変な色をした血の海、血の付いた剣と淡い光を放つ何かの断片を持った男爵。この場面だけを見たらどんな人間も男爵が長官を殺害しようとしたと解釈するだろう。
「謀ったな! ゴォンツォ!!」
アーマクスは叫ぶと手にしていた剣に鞘をかぶせ、鞘についた紐で固く結び、抜けないようにすると、衛兵に向かって構えた。
召喚術式を阻止するのにはどのみち間に合わないだろう。なにせラーチスまではどんな早馬でも三日はかかる。間に合わないとしても、行動しないで後悔するよりかはここで抗うだけ抗いたいという意志が彼を突き動かしたのだろう。
とにかく彼は剣を振り続けた。幾度もの打撃で鞘が割れてもなおやめず、やがて全身が返り血で真っ赤になり、視界も真っ赤になっても彼を止められる者はいなかったが、剣が血で滑り手隙になった瞬間、左肩に槍が刺さるも、右手にはいつの間にか警備兵から拝借した身の丈ほどあるタワーシールドを持ち、軽い剣をふるうかのように立ち回り、その姿は衛兵たちの間で鬼神のようだったと語り継がれる事となる。
血みどろで城外に出たアーマクスは馬でラーチスへ向かうために朦朧とする意識の中、城内町にある駅戸へ急いだ。
「おお、旦那久しぶりで……うおっ、鉄クセェ……旦那ァ! ケガしてるじゃねえか! ちっとまってろ!」
駅戸の主人にかまわず馬車の荷台に乗り込んだアーマクスはそこで意識を失った。そこで追っ手につかまるかと思われたが、その駅戸の主人の計らいで、彼を手当てしてウルムガルト領まで早馬で送り届けた。
彼が目を覚ましたのはその三日後のことで、故郷ラーチスの壊滅を知ることになるのはその翌日のことであった。
そして、そのまた二日後勇者たちの手によって十五年にわたった戦争は王国の勝利で終戦となった。
勇者召喚の代償として一つの都市が消滅したことは誰一人知らぬまま勇者の伝説は不変のものとなった。
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