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神さまと繋がった  作者: たつのオトシゴ
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006

  006


 母樹の界隈からモクモクと黒煙を上げ、数多の爆音が風光明媚で幻想的な神樹の森を乱暴に震わせていた。十三人の、十三頭の黒竜の攻撃に抵抗する素振りも見せずに受け続ける始祖竜。それでも、大きな傷を負わせるに未だ至っていない。

 しかし、炎弾を浴びる度に始祖竜は苦しそうに呻く。僅かにダメージが蓄積されている、と信じて幽生たちは攻撃を止めない。それが思い違いだと知らずに。

『…………分からぬ』

『!』攻撃を受けてから初めて口を開いた。

『この魔力は……一体、何なのだ。攻撃を受けるたびに私の中に何かが流れ込んでくる……』

 ……奴は何を言ってる? 悶え、竜の顔を歪める敵の姿に違和感を覚える幽生。

『……これは、まさか……人間たちの記憶?』

 始祖竜の言葉に皆の攻撃が止む。彼らは一度離脱し、距離を置いて着地する。

『どうして、奴は抵抗してこない……』

「戸惑っているんだよ」

『“神さま”?』不意に足元から聞こえてきた声に目を落とす幽生。

 いつの間にか右前足の傍らに立つ宇宙服姿の“神さま”を見つける。

『戸惑う? 一体、何に戸惑う必要があるんですか。殺そうと攻撃されているのに……。抵抗することに戸惑う必要なんて……』

「そういう話ではない。言っただろう? その竜の力は“想い”が源になっていると」

『……?』幽生を含める十三頭の黒竜たちが“神さま”の言葉に耳を傾ける。

「つまりだ。君たちの攻撃(ちから)を受けた者の心には君たちの“想い”が流れ込んでいくんだ」

『……えっと、それは……』

「簡単に言えば、君たちの“記憶”が相手の心に伝わってしまうって話だよ。それを踏まえて想像してみろ。十三人もの記憶が自分の中に一斉に流れ込んでくる感覚を……。さすがの始祖竜も初めての感覚に戸惑っているに違いない」

『記憶が……流れ込む?』

 それがどれほど苦しいのか想像し難いけれど、幽生には分かったことがある。つまり――

『つまり、今が絶好のチャンスなんですよね?』

「そういうことだ」と、答えた“神さま”の声音は笑っていた。

 黒竜と化していながらも透き通った声の樫之が絶好の好機を先導する。

『混乱して動けない敵を恐れる必要はありません。この隙に堅牢な鱗を引き剥がします』

 翼を羽ばたかせて飛び出した彼女に続き、黒竜たちが始祖竜の巨体に羽虫の如く纏わりつく。鋭牙を突き立て、翠玉色の厚い鱗を剥がそうとする。その時、何かの衝撃を体に受けて全員が一斉に吹き飛ばされた。

『――ッ! なんだ!?』思わず幽生は叫んだ。

 花々を抉りながら着地すると、自分たちを襲った衝撃の正体を見た。

 界隈の神樹の幹から伸びる無数の強靭で太い枝が始祖竜を守るように蠢いている。

『この森の全ての樹は意のままに操れるってことか……』

 それなら、枝ごと焼き尽くすだけだ! と、肺に火炎を滾らせ巨大な炎弾を吐き放つ。

 編むように枝を壁にする。轟音と共に爆炎に包まれる翠玉色の巨竜。神樹の枝が炭と化す。

『グムッ――!』

 止むことのない十三頭もの黒竜の口から放たれる爆炎の砲撃。最早、幽生たちの戦いは戦いにすらなっていなかった。

『……やめろ……私の中に入って来るな!』

 揺らめく炎の中で悶え、悲鳴を上げる始祖竜を見て幽生は思う。

 僕たちの想いと記憶が一斉に流れ込んでくる感覚は、どれほどの苦痛なのか……。どんな攻撃も通じなかった堅牢な鱗を容易に貫き、心を揺さぶる程の力。それが……“想い”の力。

『何が……君たちを動かす……。何故(なにゆえ)に、私の命を狙う!』

『大人しく、さっさと焼け死ね!』始祖竜の言葉に耳も傾けず、巨大な炎弾を撃ち放った。

 その時、一閃が空間を切り裂く。頭上から差し込んだ光線が炎弾こうげきを撃ち抜き、中空で爆ぜる。

『『!』』何が起きたのか分からず呆然としていると、

「竜神さま!」頭上から澄んだ声と共に、攻撃を撃ち抜いた正体が舞い降りてきた。

 その姿を見て幽生は大きな瞳を剥いた。

『……尖った耳……透き通るほど白い、肌……金色の髪……まさか、エルフ?』

 スラリと伸びた細身。アルビノの肌を覆う翠を基調に金色の刺繍を施した衣装。シルクのように美しい金髪を垂らす女は緑眼を睨ませる。

『どういうことですか? タイムリミットまで、まだ時間が残っているはずでわ?』

 樫之の言う通りだった。“神さま”の予定よりエルフの到着が早すぎる。

 “神さま”が読み間違えた? と、幽生は疑った。しかし、すぐに考えを否定する。なぜなら彼女以外に他のエルフが一向に姿を見せないからだ。つまり、彼女一人だけが偶然に通り掛かっただけに違いない。

 エルフの思わぬ闖入に緊張が走り、全員が身構える。

「ご無事ですか、竜神さま。……これは一体どういうことですか?」

『……ああ、私は大丈夫だ。だが、君がどうしてここに?』

「実は竜神さまにご報告があり伺ったのですが……今はそれどころではありませんね」

 幽生たち黒竜から注意を逸らさず話していたエルフの女は切れ長の緑眼を睨ませてくる。

『…………命をもうひとつ感じる。子を宿したのか?』

 厳かだった声が一変、優しさに溢れた柔和な声を掛けた始祖竜。すると彼女は破顔する。

「はい。命を授かったのは竜神さまのご加護があったからです」

 慈愛に満ちる笑みを浮かべ、膨らみかけている腹部を愛撫する。

『それは誠に良い報告を持って来てくれて私も幸せだ。誠実な彼との幸せな家庭を守れるよう、私も全力を尽くそう』

「ありがとうございます、竜神さま。……ですが、今は闖入者たちの対処が優先です。産まれてくるこの子の森を、竜神さまを汚す者は許せません」

 エルフの女は突き出した手に光の粒子を集約させて煌めく光弾を生む。それが幽生の攻撃を撃ち抜いた魔法だと悟り、彼らは身構える。しかし、

『いいや、ここは私に任せて欲しい。彼らとは話し合いで分かり合える。そんな気がするのだ』

 “竜神さま”と敬愛する彼女は始祖竜の制止に戸惑いながらも魔法を霧散させた。

「彼ら? 竜神さま……? 相手は堕落した竜です。竜神さまとは違い、欲望のまま暴れる劣悪な竜です。話が通じるはずありません。危険です」

『……彼らは、人間だ』

 その言葉に目を丸くするエルフの女。

「えっ……そんな、有り得ません……。どう見ても魔力に憑りつかれた竜にしか……」

『少しの間で構わない。私を信じて時間をくれないか?』

「竜神さま……」懊悩する彼女は黒竜と化している幽生たちを見遣って口を噤む。

 威圧的な気配を消した始祖竜は諭すように話し掛けてくる。

『徒ならぬ覚悟と意志を持って私の心臓にある“神槍クイーン”を狙っていることは分かった。私の中に流れ込んできたのは君たちの記憶であろう? しかも、この世界とは別世界の記憶だ。何故(なにゆえ)に狙うのかは分からぬが、私を殺したところで君たちの苦しみが消えるとも思えぬ。……どこから来たのか、死に脅えながら何故(なにゆえ)に戦うのかは聞かぬ。だが、教えて欲しい――』

 ――誰に惑わされている?

『『……』』

『君たちは利用されているだけだ。その者は苦しみから救われたいと願う人間の心に付け込み、戦わせているだけだ。目を覚ませ!』

『……“神さま”は、叶えてくれるって言ったもん』

 雨宮は弱々しくもはっきりとした声音で言い放った。

『かみさま? そいつが、人間達を惑わせている者の名か――』

『言ったもん! 諦めなければ願いは必ず叶う、って“神さま”は言ったんだもん!』

 始祖竜の言葉を遮って突然叫喚をあげた。すると、情緒不安定に捲し立てる雨宮。

『私は普通の女の子みたいに生きたいだけなのに! 邪魔、しないでよ!』

 抉りながら地面を蹴ると、黒い翼を羽ばたかせて花弁を舞い上げた。

『ダメだ、雨宮さん!』幽生の制止を切り裂き、一直線に始祖竜へ迫り襲い掛かる。

『人間、目を覚ませ! その者は“神”などではない!』

 鋭牙を露わにして襲い掛かろうとしたその時、

「竜神さま! やはり倒すしかありません!」と、飛び出してきたエルフの女が進路を遮る。

『早まってはいけない!』

 始祖竜の制止を振り切って、突き出した左手から光弾が撃ち放たれた。この光弾(まほう)が黒竜を、雨宮を直撃し、轟音を鳴らす爆炎に呑み込まれた。

 もくもくと上がる白煙。黒竜が沈黙して界隈が静寂に包まれると、エルフの女はだらりと腕を下ろした。警戒に油断が生まれたその時、

『――邪魔。シナイデ!!』

「!」

 炎が漂う白煙の中から全身を焼け爛れさせた黒竜が飛び出した。

「そんな、まだ生きて――ッ!」

 咄嗟に左手を突き出して光を集約させる。しかし、一瞬で距離を喰い殺し、鋭牙を露わに顎を大きく開いた黒竜がエルフの女の脇を翔け抜けた。光弾が撃つ放たれることは無かった。

「…………ぇ……?」

 左半身を喰い千切られた彼女は夥しい鮮血を噴き出し、花の絨毯に背中から倒れ込む。

 その後ろでは大怪我を負った黒竜の雨宮も花々を散らしながら地面を滑り、倒れていた。

「……ぇ……なん、で……」まだ何が起きたのか理解できず顔を歪めるエルフの女。

 ぽっかりと半分無くなっている腹部を右手で必死に探す。

「嘘……よね? 私の……お腹……返し、て…………。私の子、は……どこ?」

 ぐちゅりと臓腑を触れた真っ赤な右手を見て全てを悟ると、目尻から涙が流れ落ちる。

「……嫌…………嫌……い、ゃ…………ゃ……ょ……」

 白い肌がじわじわと青白く血の気を失い、唇の動きが緩慢になっていく。

「……ぁ……な、た…………助け……………………」

 艶やかな花々の中に広がる血溜まりの上でエルフの女は、そのまま動かなくなった。

『痛い……痛い痛い痛い痛い!』全身に負った火傷に悶える雨宮の悲鳴だけが響き渡る。

『……』目を伏せ、エルフの女の亡骸を見つめると言葉を失った始祖竜。

 それを好機と見た一人の男が、一頭の黒竜が飛び出し襲い掛かる。

『皆、今がチャンスだ! こいつの肉も喰い千切ってやる!』

 幽生も翔け出そうと足を屈めた時、突如体が重くなるような戦慄を覚え、足を止めた。

 ――私が間違っていた。

 凍てつく声が聞こえて全身に緊張が走る。すると、左前足を手のように翻した始祖竜。

『え――』と、先に飛び出して始祖竜の眼前まで迫っていた黒竜の男は呆けた声を漏らす。

 大きく鋭い鉤爪が黒竜の鱗を物ともせずに彼の胴体を下から袈裟懸けに切り裂いた。風までも切り裂かれ、呆然と立つ幽生たちを突風が襲う。

 鮮血を噴く一頭の黒竜が地響きを起こして墜落すると、ピクリとも動かなくなった。

 彼の死骸に意識を奪われていると、始祖竜は厳かな声と敵意に満ちた双眸を突き付けてくる。

『森に住む命は我が子も同然だ。娘、息子たちを汚す者は……許さぬ。覚悟をしろ。森から出られると思うなよ!』巨竜の轟咆と共におどろおどろしい魔力が嵐のように吹き荒れる。

 それだけで鱗に覆われている黒竜の肢体がヒリヒリと痛む。

『来ますよ!』樫之幽花の叫びが神樹の森に響き渡る――。


 母樹周辺の開けた空間をぐるりと囲む森の中、樹枝に腰を下ろしブラブラと脚を揺らす宇宙服。竜たちの開戦を眺め、ヘルメットの中で呟く“神さま”。

「ここからが死と隣り合わせの本当の戦いだ。残りは十二人。さて……何人が生き残るかな?」


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