005
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広大な神樹の森。その中心で天空までそそり立つ母樹。その根元では翠玉色の鱗を纏う巨竜が背中から対の翼を広げ、黒光る鋭利な鉤爪を生やす隆々な四肢で花々の絨毯に立つ。
母樹が生える開けた空間、光の粒子が消えて暗澹とする森で始祖竜と十三の人間が対峙する。
「始祖竜を倒せば、仄ちゃんが救われるんだ……。その為なら僕は戦う!」
声を上げた幽生。胸に浮かぶ黒竜の紋章が焼けるように熱い。
「倒す……倒す……倒す…………倒す」
胸だけではなく頭の天辺から足の指先まで、全身に流れる血が煮え滾るように熱くなる。
「倒す……いいや、殺してみせる。仄ちゃんが幸せになれるなら! 殺す! 殺す殺す殺す殺す、殺す! お兄ちゃんに任せろ。絶対に仄ちゃんを死なせたりしない!」
絞め付けられるように苦しい胸。全身が熱く、筋肉がドクンドクンと激しく脈動する。
「妹を守れるなら僕は鬼にだって、悪魔にだって……竜にだってなってやる!」
“想い”を吐き叫んだ幽生は、背の筋骨が激しく膨張すると対の黒い翼が制服を突き破って現れた。その異変を皮切りに全身の筋骨が膨張を始め、皮膚が黒々とした硬質な鱗に変異していく。バキボキと全身の骨格が変形する音を鳴らす。人間の数十倍も体躯が膨張すると眼鏡を吹き飛ばし、衣服も弾け飛ぶ。長い尾を垂らし、鉤爪を光らせる四肢で艶やかな花々を踏み潰す。黒々と厚い鱗と筋肉を重ねた胸を膨らませると、
『グヴルゥァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
黒竜と化した幽生は神樹の森に咆哮を轟かせた。その衝撃の波紋が花弁を舞い上げる。
双角を突き出し、爬虫類を思わせる形に変貌した頭部にも黒い鱗を隙間無く纏う。その両側面に覗かせる双眸。スリット状の瞳孔を持つ、その大きな瞳で翠玉色の始祖竜を捉える。
幽生は黒竜の体を四足獣のように低い体勢で構える。地面を蹴って花々を吹き飛ばすと同時に翼を羽ばたかせ、始祖竜との距離を一気に食い尽くす。すぐ足元にいた皆が風圧に巻き込まれるのを忘れて翔け出した。
黒竜に姿を変えたとはいえ、始祖竜に比べれば一回りも二回りも小柄である。距離を詰めて近づくと始祖竜の巨大さがヒシヒシと分かる。しかし、臆することなく迫る幽生。
『なにっ! 人間が……竜になっただと!?』目を剥いて驚愕を露わにする始祖竜。
人類が憧れてきた翼に感動するのも忘れ、彼我の距離をあっという間に食い尽くした。勢いそのままに、始祖竜の長い首の下部、鱗が薄い胸部を目掛けて突進。
『ヴ、グッ――!』始祖竜が苦痛に呻きを上げた。
幽生は突進の反動で離れると、
『燃え、尽きろ!』の叫びと共に鋭牙の隙間から漏れ出す紅蓮の炎。大きく膨らませた肺に溜めた火炎を一斉に吐き放つ。巨大な球体となって放たれた炎が始祖竜の顎に命中すると、重い爆音と共に凄まじい爆炎が弾ける。まるで巨大な砲弾を撃ち込んだと見間違う威力だ。
……殺った、のか? と、緊張の糸を一瞬緩めた時、
『…………これは……なんだ?』
炎の中から聞こえてきた厳かな声に幽生は息を呑む。
『いまので無傷かよ……』
炎と黒煙の中から平然と現れた無傷の始祖竜。しかし、始祖竜の声は動揺していた。
『無傷だろうと、諦める訳にはいかないんだ!』
翼を羽ばたかせると幽生は距離を取って着地する。一向に敵意を見せない始祖竜を目掛けて数発の炎弾を放つ――。
――その頃、黒竜と化した幽生の一方的な戦闘を遠目にただ唖然と眺める十二人。そんな中から一歩踏み出した樫之幽花は霊妙な美貌に仄かな笑みを浮かべると、
「あの|翠の始祖竜を倒せば、願いが叶うのですね……? クフフッ……そう思えば興奮してしまいますね。……こんなにも興奮したのは初めてのライブ以来です」呟くように言った。
彼女の言葉に触発され、佐々木真守も覚悟を口にする。
「……戦うのは怖いけれど、戦わなければ取り戻せないものが私にはある。……だから戦う。皆で立ち向かえば必ず倒せる」
「……あんな世界、嫌!」
未だ蹲っていた雨宮ゐるかは叫び続ける。
「あんな世界に戻るくらいなら……最後くらい抗って、抗って抗って死んでやる!」
雨宮の叫喚と同調するかのように、双眸に覚悟を宿らせた人間たちは一斉に黒竜へ変貌する。
神樹の森、母樹の下に十三頭の黒竜が出現し、
『『殺す!』』それぞれの“想い”を黒い翼に乗せて彼らは羽ばたく。願いを叶える為に――。




