003
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宇宙服姿の“神さま”を先頭に、巨大な母樹を目指して幽生たちは花の絨毯を歩いていく。最後尾にいる幽生からはペナントをはためかせてツアーガイド気分で先導する“神さま”の丸々と白いヘルメットが見える。また、彼の斜め前では樫之が艶っぽい漆色の髪を揺らして歩く。
さっきの話の真意を尋ねるかどうかしばらく懊悩し、やはり声を掛けてみようと決心する。「あの」と、手を伸ばそうとした時、
「異世界ツアーに参加して頂き、本日はありがとうございま~す」
“神さま”のくぐもった軽口にタイミングを奪われ、幽生は伸ばしかけた手を引く。
「先に見える神樹の母樹の根は森全域に広がっています。この森の樹木や花、草など全ての生命と繋がっており、核となる母樹から栄養や魔力が供給されている仕組みです。その影響で大地や草木からは魔力の粒子が溢れています」
「なるほど……」と、凛々しい背広を裏切らない佐々木真守だけが相槌を打つ。
ガイド気分を楽しんでいるのか“神さま”は舌を回し続ける。
「その母樹はどこから魔力を得ているのかと言うと、それこそ私たちが狙う“槍”です。この世界に初めて生まれたエルフの骨から創ったと言われている“神槍クイーン”を手にした者は無限の魔力を得られる。それが、神樹の森と始祖竜の正体」
その意味を想像するに難くなかった。だが、戸惑いを滲ませる佐々木は聞かずにはいられず、
「そ、それはつまり……その“槍”を私たちが奪ったら、この森は……どうなるんですか?」
母樹と魔力によって繋がる始祖竜を殺し、“神槍クイーン”を奪えば神樹の森は姿を保てなくなることを知った幽生たちは、見惚れていた森の情景から避けるように目を伏せる。この明媚な世界を自分たちが壊そうとしている事実から目を逸らすために。
突然、“神さま”は歩みを止め、首を振り返らせると冷ややかに凄む。
「どうにかなったら、どうするんだ? まさか、躊躇ってんの? 何かを犠牲にしてでも叶えたい願いがあるんだろう? それが嫌なら願いを諦めて帰るか?」
ヘルメットに覆われて表情が見えないにも拘わらず、その場にいた全員が睨まれた錯覚に陥るほどの畏怖を覚え、幽生たちも思わず足を止めてしまった。
「おっと、そんなことをしている間に相手も気付いたみたいだ」くるりと首を前に戻した“神さま”は前方に聳える母樹を仰視した。そして、再び歩き始めるとペナントをはためかせる。
しばらく進むと母樹の天辺に広がる、枝葉の傘の影に入った。背を反らさないと母樹の天辺が見えないほど近付いた頃、空気が一変する。花の絨毯や草木から溢れていた光の粒子の量が増え、仄かに甘い芳香を纏う柔らかく温かい風が頬を撫でる。
母樹に近付くほど光の粒子が増えていく。母樹が近い証拠なのだろうと幽生は思った。それと同時に始祖竜もすぐ近くにいるのを想像して表情に緊張が走り、鼓動を早める。
「命を失うのが怖い。戦えるか不安。とか考えている人間にひとつだけ助言をしてやろう」
“神さま”は心を見透かしたように言う。
「始祖竜も元々は普通の竜だった。“神槍クイーン”を取り込み、力を手に入れた紛い物に過ぎない。どれだけ強大な力を持つ敵でも完全無欠ではない。つまり、諦めなければ必ず勝てる」
まるで少年漫画のような鼓舞を笑う者はいなかった。これはゲームでも遊びでもなく、幽生たちは本気だ。願いを叶える為なら艶やかな花を踏み潰すみたいに、どんな犠牲も厭わない。
「さあ、覚悟はいいか?」と、“神さま”の声を合図に幽生たちは顔を上げる。
森の奥に、温かい光が漂う開けた空間が見えてきた。隅々まで花々を敷き詰めた広大な空間の中央には太さ百メートル超の幹がそそり立つ。根元から隆起する根は地を這う大蛇のようだ。
「あの母樹の根元に見えるあれが始祖竜だ」
“神さま”の言葉に耳を傾けながら森を抜け、開けた空間に出ると幽生たちは見た。
「…………本当に、竜だ」幽生は目を丸くし、ぼそりと呟いた。
足を止めて見据える先、母樹の根元で巨大な身体を丸めていたナニカがむくりと起き上がる。翠玉色のゴツゴツとした鱗を纏い、爬虫類を思わせるスリットが入った瞳と尾長の体躯は全長三十メートルは下らない。漂う光の粒子を吹き飛ばしながら背中の翼を広げると、巨体はさらに圧倒的な存在感を放ち、その姿は誰もが想像していたであろう竜そのものである。
愕然とした皆が言葉を詰まらせている中、幽生のすぐ側に立つ樫之は嘆息を漏らす。
「……想像以上ですね。ここまで大きいだなんて、聞いていませんよ」
ふと、幽生の視線は五十メートル以上も先に見える始祖竜の鋭い瞳と交わった。その刹那で彼が人間は蟻のようにちっぽけな存在であるのを悟るには十分過ぎた。




