032
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各教室からチョークを叩く音や教師の声が聞こえてくる廊下を新品の学校靴で歩く幽生。
二年A組の教室前で足を止める。その扉に手を掛け、躊躇わずに開く。授業中の教室に現れた幽生に生徒達の視線が集まる。好奇と驚愕が交錯するネバネバとした嫌な視線だ。
「遊佐……で、いいんだよな?」担任教師まで顔を訝しめた。
それもそのはず。眼鏡を外し、好き放題に伸びていた髪をバッサリと切った姿に戸惑っているに違いない。皆が知る遊佐幽生とは別人と化した彼を見て「誰?」という声も聞こえてくる。
「遅刻してすみません」と、簡単に謝ってから自分の席に向かう。
クラスメイトの視線を浴びながら席に座ろうとした時、ピタリと挙動を止める。
「……」ふと、横に目を遣ると少し離れた場所に空席を見つけた。
その空席が雨宮ゐるかの席であると悟る。彼女がいないことを気にする者は誰もいない。
「どうした? 早く席に着きなさい」と、担任教師の声が飛んでくる。
「……はい」空席から視線を外し、幽生は椅子に腰を下ろす。
クラスメイトの反応は当然である。雨宮ゐるかが死んだのを誰も知らないのだから、彼らを非情だとは思わない。それに、彼女を殺したのは遊佐幽生、彼である。
彼女を殺しておきながら平然と教室を訪れた遊佐幽生のほうが非情なのだろう。
そう考えると、自分はもう人間じゃないのかもしれない、と幽生は思ってしまう――。




