027
027
巨大な樹々の隙間から母樹の根元が見えた。
母樹が聳える開けた空間に出る手前で体力の限界を迎え、黒竜の変身が解けると花々のクッションが敷き詰められている地面に落下する。黄金に輝く“神槍クイーン”を左手に握ったまま地面に激突し、ゴロゴロと転がった。不細工に着地した幽生は激痛に襲われて咽びながらも“槍”を杖にして立ち上がる。
「ぐっ……ぁ、あと……少し、で……」
よろめく足で森を抜けると霞む視界の先に幽生は見つけた。艶やかな花々が揺れ、戦闘の焼け跡が残る中、母樹の根元のすぐ傍で異様な存在感を放つ大きな扉を。
あと、百メートル……。と、胸中で呟く。
「仄ちゃん……もう少しだけ、待っていて……いま、帰るから……」
軽かったはずの“神槍クイーン”が今はズシリと重く感じる。膝を上手く曲げられず、足裏を擦りながら走り出す。体を左右に揺らして走り、躓きながらも走り続ける。牛の歩みでも徐々に扉が大きくなっていく。
息を切らし、咽びながら走っていると開口している扉がすぐそこまで見えてきた。
――その時、背後から風の音が聞こえてくる。すると突然、足元の地面に風の砲弾が被弾して爆ぜると幽生の背を暴風が襲う。
「ぐっ――!」その衝撃に吹き飛ばされて前に転がる。
吹き飛ばされた際に“神槍クイーン”が左手を離れ、落としてしまった。
「ぜぇ……ぜぇ……うぐっ」痛みに眉を顰め、俯せに倒れた体を起こそうと左手と諸膝を突く。
幽生の背後から花を踏み潰して近づいてくる足音。突然、後頭部を鷲掴まれると花々が咲く地面に額を叩き付けられた。「ゴツッ」と鈍い音が頭蓋に響き渡ると、
「ヴッ!」呻きを上げた幽生の意識が明滅した。脳震盪に襲われて左腕に力が入らず、されるがまま地に顔を押し付けられる。すると、頭上から怒りに震えた声が降り注いでくる。
「返してよ……」
エルフの女の声が聞こえてきた。
「ねえ……返して。リンを返してよ……。生き返らせてよ……ねえ、ねえ、ねえ、ねえ!」
幽生の頭を持ち上げては再び地面に叩きつけ、何度も何度も執拗に額を打撲させた。
額が割れて顔を血塗れにし、明滅する意識の中で声を振り絞る。
「……は……なせ……」
その言葉を聞いたエルフの女は頭を鷲掴んでいた右手を離すと顔を地面に落とした。双眸を陰らせた彼女は、じっと幽生を俯瞰する。すると彼の左腕を乱暴に掴み上げ、その腕を両手で握ると容赦なくボギッと折った。
「うがぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああ!!」
突然左腕を襲った激痛に全身で悶え、体を仰向けに翻す。
「いっ……ぁ……がっ……い、だっ…………ぜぇ……はぁ……」両腕が折れ、痛む腕を掴むことすら出来ない。飛びかけている意識を離しまいと歯が割れんばかりに食い縛る。
目を充血させて悶え苦しむ幽生の体にエルフの女は馬乗りになると、骨折している両腕を無遠慮に膝で押さえ付けた。
「――――ぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!」
腫れ上がった腕に容赦なく体重を落とされ、一層の激痛が全身を駆け抜けた。華奢な体を押し返す力すら残っておらず、痛みを受け入れるしかなかった。
すると、繊細な白い手が幽生の首に伸びていく。そして諸手を首にかけると一気に力を込め、締め付けてくる。このまま絞殺する気なのだと気付いた。
「……生き返らせてよ。リンはこれから幸せになるところだったの。里の女の子に恋して、その娘から貰ったお守りを大切にしていたのを知ってた? ねえ、知ってて殺したんでしょ?」
緑眼に狂気を滾らせ、首をぎりぎりと絞める。呼吸がままならぬ幽生は息を詰まらせて言う。
「……ぅ……はな、せ……おまぇこそ……仄ちゃんの、なにを……知ってぃる」
しかし、彼の声に耳を貸さず、エルフの女は言葉を続ける。
「その娘に想いを告げるために、言葉を一晩中考えていたのよ。リンの幸せはこれからだったのに……どうして……どうして、リンが死ななくちゃいけないのよ!」
幽生の血に塗れた顔に唾を飛ばし、首を絞める握力が増す。意識が遠退き始めた彼は肺に残っていた僅かな息を吐き、掠れた声で少し躊躇いながら言い放つ。
「……おとぅとを、守れなかったのは……おまぇ、だろ」
「…………」エルフの女は目を剥いて表情を凍り付かせ、挙動がピタリと止まった。
彼女にとって辛辣である、その言葉が深々と突き刺さる。すると、緑の瞳を泳がせ、
「………………違う……違う……違う違う違う違う違う」と、呪文を掛けるように呟く。
息を震わせ、首を絞めている両手も震えだす。
「……?」ふと、幽生の頬に一滴の水が、ぽたりと落ちてきた。その水滴は仄かに温かい。
エルフの女が緑眼から涙をぽたぽたと滴らせ、泣き始める姿に思わず言葉を失った。
首を絞めていた両手から力が抜けると「がはっ」と咽せ、肩を使って激しい呼吸をする。馬乗りのまま諸腕をだらりと垂らした彼女は俯き、頬に涙を滴らせると、
「…………ごめん、なさい……ごめんなさい……ごめんなさ――」
突如、彼女の胸から「ザクリッ」という生々しい音と共に黄金の“槍”が生えた。
「……え」と、間の抜けた声を漏らした幽生。寸刻遅れて気付く。黄金の“槍”が生えたのではなく、彼女は背後から“神槍クイーン”に貫かれたのだと。
エルフの女は自分の胸を貫いた“神槍クイーン”に目を落とすと何が起こったのか理解した。すると、口からゴボッと吐血する。見事に心臓を貫いた“神槍クイーン”を一思いに引き抜かれると糸が切れた人形のように横倒れていく。
彼女の肢体が緩やかに倒れ、その陰から姿を見せたのは、
「生きてた、のか…………樫之、幽花」
死んだとばかり思っていた元トップアイドルの樫之幽花。
「……お久しぶりですね。遊佐幽生くん」と、端麗で霊妙な彼女は無表情に言った。左手には黄金に煌めく、刃先に血を滴らせた“神槍クイーン”を握り、胸の前で小さく右手を振る。




