表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神さまと繋がった  作者: たつのオトシゴ
27/35

026


   026


「みぃーつけた……やっと、見つけたわ。私のリンを殺した……」

「お前は、あの時の……」

 幽生は思い出した。四人のエルフと交戦し、三人の命を奪ったことを。その中には彼女(エルフの女)の弟が含まれていた。リンと呼ぶ弟の仇を討つために自分を追ってきたのだと、すぐに悟る。

「じゃあ、この人間はやっぱり人違いだったのね……。拷問みたいなことしてごめんなさい」

 エルフの女は気を咎める素振りを見せ、新谷少年の生首に目を落とした。しかし、その生首を彼女は躊躇いなく後ろへ投げ捨てる。花々が咲く地面に落下し、ゴトッと鈍い音が響く。

 新谷少年の生首が転がるのを目で追っていた幽生。エルフの女はスッと緑色の瞳で彼を見据え、冷然と尋ねる。

「一応、確認するけど……君が弟を、リンを殺した黒竜(ドラゴン)よね?」

「……いや……人違いだ」思わず嘘を吐いた幽生。

「とぼけんじゃねぇ!!」突然、エルフの女は目を剥いて声を荒らげた。

 黒竜の姿で戦っていたから正体がばれていないと踏んでいたが、遅れて思い出す。彼女の弟を仕留める際に黒竜の変身を解き、一瞬だが人間の姿を晒していたのを。

「お前だけは許さない……。リンを……竜神さまを殺したお前だけは……」

 緑眼を睨ませ、歯を食い縛るエルフの女。非常に不味い状況になった、と幽生は顔に焦燥と汗を滲ませる。黒竜に変身して戦う体力はすでに皆無。満身創痍のこの状態で戦えば殺されるのは明白だった。どうすれば戦闘を避けられるのかを疲弊し切った頭で考える。

 僕らの事情を説明しても納得して貰えるとは思えない。それどころか談義を行える精神状態ですらない。弟を殺されたショックで理性が欠けているように見える……。

 絶体絶命の危機に自分が立たされていることをジワジワと理解し、“神槍クイーン”を握る左手に無意識で力を籠もらせた。しかし、怖気づいていた幽生は胸中で自分に言い聞かせる。

 あと少しで仄ちゃんを救えるんだ……。犠牲になった皆の“想い”を受け取ってしまったからには、諦める訳にはいかない。……どうにか切り抜けないと。

 霞む意識の中、胸と腕の痛みを堪え、脳髄が焼き切れそうなくらい頭を働かせた。

「リン……それが弟さんの名前なんですか?」と、恐る恐る口を開いた幽生。

「気安く呼ばないで」憎しみと怒気を帯びた声が刺々しく返ってきた。

「……ところで貴女の名前は?」

 エルフの女の反応は乏しいが、それでも話しかけて少しでも考える時間を稼ぐ。

 何か考えろ! 何か……何か!

「これから殺す奴に教える意味があるんですか?」

 ダメだ、このままでは殺される……! 

 幽生は頬に汗を滴らせ、“神槍クイーン”を握る左手により一層の力が籠もる。頭は『いますぐ逃げろ』と警鐘を鳴らしているが、全身の骨肉は悲鳴を上げていた。

 膝を震えさせながらも残る力で声を振り絞る。

「…………僕は……死ぬわけにはいかない理由があるんです」

「私には君を殺す理由があるわ」

「今、殺されることはできません……だから……」

「今は殺さないわよ」

「え……?」思い掛けない言葉に頓狂な声を上げた幽生。

 見逃してくれるのか? と、一縷の望みを抱いた。しかし、すぐに期待は裏切られる。

「簡単に死ねると思わないで?」

 緑の双眸を淡く笑わせたエルフの女は冷ややかに言い放った。

「まずは指を一本ずつ折るわ。次は四肢を砕いて、その次は口から根を入れて胃を突き破ると内臓をひとつひとつ潰してあげる。たっぷり時間を掛けて死んでいくの……」

 彼女の心は弟を殺された怒りと憎しみに染まっている。理性と正気を失っている心を揺さぶるには、この言葉しかない、と思った幽生は目を伏せると沈んだ声で言う。

「……無理だ。やっぱり僕は死ねない」

「ふざけないで……。リンを殺したくせに、自分は死にたくない? 勝手すぎるわよ。私の弟を殺しておいて、そんな我儘が通じるわけないでしょ?」

「僕が死んだら……妹が、仄ちゃんが助からないから……」

「…………妹?」エルフの女は眉を顰めて反応を見せた。

 幽生は手応えを感じていた。自分と同じように家族を大切にしている彼女に少しでも同情心が芽生えれば、この危機を掻いくぐれる可能性が生まれる。そう考えた彼は言葉を続ける。

「事情を話せば長くなるけど、この“槍”があれば妹の病気を治して貰えるんだ。そのために僕は生きて帰らなくちゃいけない。だから――」

「じゃあ、何? 君は妹を助けるために皆を殺したの? だから、リンを殺したの?」

 落ち着いた声音で訊ねてくるエルフの女。

「……そうだ」目を伏せたまま素直に肯定した。

「それだから、死ぬわけにはいかない。私に殺されることはできない。そういうこと?」

「……ああ」

 その答えを聞いた彼女は俯き、シルクのような金髪を垂らす。一瞬でいいから頼む。付け入る隙を見せろ。心を動揺させて油断しろ! と、幽生は好機を窺う。すると、

「……フフ……フフフフフッ」期待とは裏腹にエルフの女は笑い出した。

 俯いたまま笑い続け、ようやく溜息を吐くと刺々しい声音で言う。

「ふざけんじゃねぇよ。妹を助けるためなら何をしても、誰かの幸せを奪っても許されると思っているの?」

「兄として、|妹を助けようとするのは当然だ。貴女も弟を持つ姉ならわかるはず」

「分かってたまるか……。妹を助けるため? 妹に責任を押し付けて、誰かの幸せを犠牲にするのを正当化しているだけじゃない」

「殺さずに済むなら殺したくなかった。でも、仕方が無かったんだよ……」

「仕方が無く……? 仕方が無くリンは殺されたって言うのか!」と、声を荒らげたエルフの女は怒りの形相を浮かべた。その反応を見た幽生は自分の失言に遅れて気付く。

 彼女は広げた右手を前に突き出すと風が渦巻き、集束する。そして、その繊細な手から撃ち放たれた風の砲弾が幽生を襲う。“神槍クイーン”を持っていない右腕だけを咄嗟に黒竜の巨腕に膨張させ、骨折している腕で風の砲弾を受け止める。風の砲弾が爆ぜると凄絶な突風と衝撃が幽生を吹き飛ばし、背中から派手に転がる。

「――――ッ!!」仰向けに倒れると透かさず右腕を掴み、バタバタと悶えた。

 黒竜の変身が解けた右腕は、さらに腫れ上がって鮮血を噴き出す。骨が粉砕し、腕が切り裂かれるような激痛に襲われた。|

 咽びながらも地面に左手と膝を突き、どうにか起き上がろうとする。

「うぐっ……うぅ…………だったら、どうしろと? 仄ちゃんを見殺せって言うのか!?」

 苦痛のあまり声を荒らげてしまった幽生。

「なにがあろうと、リンを犠牲にすることが許されるはずない!」

 ゆらゆらと立ち上がり、血に染まった動かない右腕をだらりと垂らす。

「僕のしたことが正しいとは思っていないさ。だけど……仄ちゃんを見捨てるなんて死んでも出来ない。このやり方が間違っていると知っていても……僕だって分かってたまるか」

 痛みで痺れる意識の中、エルフの女の緑眼をまっすぐ見つめて言い放った。

「……そんな屁理屈、許さない」

 同情させて隙を窺うつもりだったのだが感情を抑えられず、想いが口から漏れ出す。

「最初から許して貰おうなんて思っていない。誰にも許されなくても、世界中が敵になっても構わない。何も犠牲にしないで仄ちゃんを見殺しにすることが正しいというなら、僕は悪魔でも、(ドラゴン)でもなってやる」

「ふざけないで……ふざけないで。リンを返して……返してよ」

「仕方が無かったんだ……。願いを叶えるってことは、誰かの願いを奪うってことなんだから」

 願いは有限である。願いを叶えられる者は限られているのだから。ひとりしか叶えられない願いを誰かが叶えてしまえば、残った者たちの願いは叶わなくなる。幸せを手に入れた分だけ誰かが幸せを失う。そう幽生は考えていた。

「それに僕には責任がある。皆の犠牲を無駄にしないためにも願いを叶えなくちゃダメなんだ」

「何が仕方が無いのよ。皆が幸せになれる方法を見つけるのを諦めただけにしか聞こえない」

「……そんな方法があれば苦労はしないさ」と、冷たく言い放った幽生。

 彼の言葉を聞いたエルフの女は目を伏せると何かを思い巡らし、落ち着いた声音でいう。

「…………それも、そうか。うん……そうだね」

 さっきまでの刺々しい態度が唐突に消え失せるとエルフの端麗な顔に淡い笑みを浮かべる。

「じゃあ、私が貴方を殺すのも仕方が無い結果よね? だから、お願い……死んでくれる?」

 柔和な口調とは裏腹に殺意に満ち満ちた緑の双眸を向けられ、全身に緊張が走った。

 もうダメか……これ以上は。と、幽生は思う。同情心を芽生えさせて説得させることも叶わず、この状況を打破する方法を思い付くよりも早く限界が訪れてしまった。

「くそっ……」頬に汗を滴らせながら呟いた。

 ――ザッ。と、エルフの女が足を踏み出した時、幽生は覚悟を決める。

 一か八か、扉まで逃げるしかない! と、胸中で叫んだ。

 扉がある母樹の根元までの距離は約一キロメートル。今の幽生が黒竜の姿になっていられるのは三十秒が良い所である。扉まで真っ直ぐに飛んだとしても変身が持たないのは明らかだった。しかし、逃げるしか生き延びる道は残されていないのだと悟る。

 全身の骨肉が悲鳴を上げ、目蓋は鉛のように重く、血を流し過ぎたのと全裸が相俟って体が寒い。その全ての苦痛を堪えて幽生は吼える。

『ヴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』筋骨が膨張し、巻角の黒竜に変貌した。

 胸をありったけ膨らませ、肺に蓄えた炎の魔力を希薄させる。

『……雨宮さん、使わせてもらうよ』と、呟いた幽生は一気に息吹く。紅炎の粒子が鱗粉のように拡散し、森の界隈に流れてエルフの女を呑み込む。すると、炎の鱗粉が一斉に煌めく。

「――ッ!」危険を察知した彼女は咄嗟に右腕を広げると地面を割って幾つもの巨大な樹根が突き出す。それらの樹根を渦巻かせると華奢な体を囲う。

 そして煌めいた紅炎の粒子が一斉に爆発し、無数の轟音と共に神樹の森を爆炎が呑み込んだ。爆発の衝撃を樹根の殻で防ぐエルフの女。

 爆風で花々が吹き飛び、界隈には黒い煙幕が広がると両者の視界を覆った。

 左前足に“神槍クイーン”を握り締め、黒い巨翼を羽ばたかせると一目散に翔け出す。黒い煙幕を飛び出し、山のように聳える母樹を上目で一瞥すると神樹の森を翔け抜けていく――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ