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神さまと繋がった  作者: たつのオトシゴ
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 脳裏に見えていた雨宮ゐるかの記憶が突然途切れ、幽生は意識を取り戻した。

『ヴッ――ガァッ!!』獣染みた呻きが神樹の森に響き渡った。

 その声が雨宮のものだと遅れて気付いた幽生。そして彼が見たものは、翠玉色の斑点を全身に浮かべた黒竜が、眼球が零れそうなほど目を剥き、苦痛に悶える姿。食い縛る鋭牙の隙間から涎を垂らし、もがき続ける。

 彼女の口や鼻、目、鱗の隙間から溢れ出る魔力の勢いが激しくなっていた。

 黒竜(幽生)の全身を締め上げていた巨大な樹根が緩む。すると、その樹根がボロボロと朽ちて崩れていく。拘束から解放された幽生は彼女の異変に目を凝らす。

『熱イよ……何……コれ…………ゴホッ!!』

 夥しい吐血と共に鼻孔や目からも黒ずんだ血が溢れ出した。

『……どうして』幽生は状況が理解できずに戸惑っていると、

『――――――――!!』突然、雨宮は声にもならない悲鳴をあげた。

 すると、彼女の体内から無数の光る槍が一斉に突き出した。黒竜の肉体を貫いた光る槍の一本一本から凄まじい魔力が噴き出す。それを見た幽生は悟る。

『まさか、呑み込んだ“神槍クイーン”が暴れている……?』無数の光る槍はどことなく、黄金に輝く“神槍クイーン”に似ていた。呑み込み、取り込んだと思いきや、雨宮は“槍”に拒絶されてしまったのだ。光る槍が彼女の肉体を貫いたのは、拒絶を表現しているのだと考える。

 誰でも始祖竜と同じ力を手に入れられるという訳では無かった。

『痛イよ……助、けテ……誰カ…………痛イ……痛イ……』

 残る力で必死にもがく雨宮。追い打ちとばかりに彼女の体内から幾つもの光る槍がさらに突き出す。風船の空気が一気に抜けるように魔力が噴き出していく。

『助け……ァ……マ、マ……パ、パ…………遊佐……く、ん……』

『雨宮――』幽生の声が彼女に届く前に、止めの一撃が背を貫く。大きな光る槍が黒竜の背から突き出すと魔力が抜け切り、黒竜の変身が解けて少女の姿に戻った。艶やかな花の絨毯に一糸纏わず仰向けに倒れ込む。鮮血に塗れた胸を貫く黄金の“槍”は魔力の淡い光を帯びている。

 骨折した右前足を引きずりながら近寄る幽生。雨宮の幽かな息の根が聞こえてくる。まだ辛うじて生きていた。瞳は虚ろで、あられもない体は穴だらけで血に塗れ、口や鼻からは黒ずんだ夥しい血を吐き出している。

 首すら動かせない彼女は虚ろな瞳を動かし、黒竜の姿で俯瞰してくる幽生を見上げた。

「……アハハ、ハ…………“槍”にも嫌われちゃった……」

 自嘲と共に真っ赤な口元だけをどうにか笑わせた雨宮。

「物にすら嫌われるんだもん……そりゃ、友達もできないよ……。……怖くない……とか、言っておいて…………すぐに……誰かを頼っちゃって……かっこ……悪いよ、ね」

『格好悪いかどうかは分からないけど……惨めだとは思うよ』と、辛辣に言い放った幽生。

 しかし、彼女は「アハハ……だよ、ね」と、口元を笑わせる。

『だけど、頼られるのは悪い気分じゃない』

「…………そっか。初めから誰かに頼っていれば……こんなことに、ならなかったのかな」

『頼れる友達いなかったんだろ?』

「あ……そう、だった」と言って虚ろな瞳を幽かに笑わせる。

 全身の穴から止めどなく血を流す雨宮。その声は徐々に衰弱していた。

 神樹の枝葉の隙間から覗く空を見上げた彼女は、

「生きてて……良いこと、なかったなぁ」と、弱々しい嘆息を漏らした。

『願いを叶えることは出来ないけれど、僕でよければ話を聴くくらいならできるよ』

 思わず幽生はそう言った。“想い”を知ってしまい、彼女を不憫に思ったのではない。同情とも違う。ただ彼はできる限りの責任を果たそうとしているだけだった。

「そう……だなぁ。……皆、可愛くて羨ましい……って言うけど、可愛いだけで生きられるほど、甘くないんだよ……って、言ってやりたい……かな?」

『……それだけ?』

「他に……なに、か…………ある、かな……」

『じゃあ、雨宮の“願い”って何?』

「ぁぁ……うん……それは、ね…………」

『うん、それは?』

「……友達が、欲しかった…………なん、て…………ね………………」

『それなら今、僕が友達にな…………って、もう聞こえてないか……』

 虚ろな瞳を覗かせる雨宮ゐるかの息の根はピタリと聞こえなくなっていた。血だまりに咲き乱れる艶やかな花々に囲まれて眠る彼女の口元は幽かに笑っている。その表情はどことなく安堵しているようだった。死んだことで、ようやく苦しみから解放されたに違いない。

『……君には僕が強く見えたのか?』

 青白い肌をピクリとも動かさない彼女に目を落とし、幽生は苦しそうな声を漏らす。

『僕は強くなんかない……。だって……いまにも心が叫び出しそうだ』

 喉の奥から苦々しい感情が込み上げてくるのを必死に堰き止めていた。胸に空いた風穴の痛みも忘れるほどに心が苦しい。その者の“記憶(想い)”を知ってしまうことが、こんなにも辛くて苦しいのか、と幽生は思い知らされた。一人分のちっぽけな心に雨宮ゐるかと佐々木真守の“想い”を流し込まれ、膨らみ過ぎた風船のように心が今にも張り裂けそうだった。

 まだ幽生の中で彼女たちの感情が悲鳴を上げている。

 これで終わったんだ……。と、語り掛けるように胸中で呟いた。

 全身に夥しい数の火傷。右前足を骨折。あちこちの筋肉が切れている。心だけではなく、悲鳴をあげている体でこれ以上戦うのは最早不可能である。

 しかし、もう争う敵はいない。あまりの疲労と、緊張が(ほど)けたことで人間の姿に収縮する。一糸纏わぬ人間に戻ると力が入らずに膝が崩れ落ちた。膝で潰してしまった花が少し冷たい。

 朦朧とする意識の中、足を奮い立たせる。腫れ上がった右腕を庇いながら立ち上がり、雨宮ゐるかの亡骸に目を落とす。

「……ごめん」と呟き、彼女の胸に突き立つ黄金の“神槍クイーン”を左手で掴む。

 躊躇いながらも素足で亡骸を踏み押さえると一思いに引き抜く。血肉が嫌な音を立てると“神槍クイーン”は軽々と抜けた。

「これで、後は母樹の根元まで行けば……うぐっ……」

 胸に空いた二つの風穴が疼き、膝が折れた。

「これで仄ちゃんを助けられるんだ……。あと少しだけでいいから、頑張ってくれ……僕の脚」

 崩れかけた脚になけなしの力を込め、重い体を持ち堪える。胸と腕の激痛を食い縛ると体を翻し、天空まで聳え立つ母樹が見える方角にふらつく足を踏み出す。

 ――ザッ

 不意に右のほうから足音が聞こえてきた。その気配に幽生は虚ろな双眸を向ける。

「みぃーつけたぁー」と、抑揚の狂った不気味な声を掛けられた。彼の視線の先には、ひとりのエルフの女が立っている。それは幽生が止めを刺さなかったエルフの女だった。

 美しいエルフの見る影もない。シルクのような金髪やアルビノの肌が血に染まり、ボロボロに破けた翠の衣裳の下には幾つもの深い傷を覗かせている。彼女は双眸を見開き、幽生をじっと見つめてくる。

 ふと、エルフの左手に視線を落とす。その白く繊細な指にぶら下げているのは紛れもなく人間の生首。髪を掴まれて揺れる生首がゆっくりと回転する。生首に残る瞳と目が合った幽生は、

「!」目を剥き、息を詰まらせた。

 遊佐幽生と、雨宮ゐるか、そして新谷少年の三人がエルフの足止めをする部隊だった。だが、新谷少年が帰ってくることは無かった。しかし、思わぬ形で再会を果たす。

「……新谷……くん?」

 生首と化して変わり果てた新谷少年が、そこにはいた――。


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