016
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幽生が扮する黒竜は神樹の森を樹々の間を縫うように飛ぶ。すると、四方八方の幹が隆起し樹枝の槍が無数に突き出してきた。身を翻して全てを躱し切ると体を反らし垂直に急上昇する。
『樹々が襲ってくる森の中で戦うのは自殺行為だ。始祖竜が有利になる森で戦う必要は無い。どこの世界にも夜には星が輝く空がある』
百メートルを超える樹が突き刺さる森から飛び出すと、雲の隙間から燦々たる陽光が降り注ぐ。森の上空に昇った幽生は翼を羽ばたかせて滞空すると、果てしなく広がる森を俯瞰する。
これだけ高く飛んでも雲を貫き天空まで聳える母樹だけは圧倒的に、じっと見下ろしてくる。
足下に広がる森の中から風を切り裂く音と共に翠玉色の巨竜が飛び出してきた。
『貴様……皆に、我が子たちに何をした!』と、すぐ足下の中空で留まった始祖竜は威圧的な双眸で仰視してきた。それに臆さず、幽生は淡々と答える。
『……殺したよ』
その言葉に息を詰まらせ、スリット状の瞳孔を持つ大きな目を剥いた始祖竜。食い縛る巨大な鋭牙を露わに、怒気を孕ませた双眸で仰ぎ睨んでくる。黒竜の鱗がピリピリと削られるような鋭い敵意と魔力が足下から吹き上がってきた。
『許さぬ……。大切な森の家族を奪った貴様たちは私が制裁を加えてやる。その真っ黒に染まった身も心も共に葬ってやろう!』
『初めから、許してもらうつもりは無い!』黒々と硬い鱗を纏う胸を膨らませ炎弾を吐き放つ。
すると、始祖竜も翠玉色の鱗を纏う胸を膨らませると渦巻く風の砲弾を吐き放った。双方の攻撃が衝突し、爆炎が弾けると空気を轟かせる衝撃波が二頭の竜を襲う。その衝撃波に幽生は目を細めていると爆煙の奥から青白い光が見えた。
始祖竜は再び胸を膨らませて肺に魔力を蓄積させると翠玉色の顎を目一杯に開く。その口腔から燦爛たる青白い光を覗かせる。
『なにを――』するつもりだ! と言い切る前に、それは放たれた。
竜の肺で圧縮された魔力が高圧の雷撃を生み、青白い光線を撃ち放つ。空気を割り、雷鳴を思わせる破裂音を轟かせる。
『――――ッ!』放たれる瞬間に背筋に戦慄が走り、咄嗟に横へ身を翻すと間一髪で躱した。
斜め下から放たれた雷の光線がバリバリと駆け抜けると、上空の雲に大きな穴を開ける。光線が消えても雷鳴が耳鳴りのように残存している。今の一撃を受けていたら死んだかもしれない。そう考えるだけで全身の血液が凍り付く。
『神樹の無い空で戦えば私に勝てるとでも思ったのか?』厳かな声がズブリと心を突き刺す。
『くっ……』図星を指され、食い縛った鋭牙を露わに睨み下ろすのが精一杯だった。
『大切な者を護る為に力を発揮できるのは貴様らだけではない、ということだ』
森の中では巨大な樹々が邪魔をして光線を使えなかったのだと悟った幽生は空に出たのをジワジワと後悔し始める。




