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暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
第二章 暗殺者の初恋
8/29

07.先生と生徒

 養成所からの脱走劇から、すでに一週間が経過していた。


 母親の下へ帰ろうとした仁であったが、彼の居場所はきれいに消え去っていた。

 周囲の人々から存在は抹消され、戸籍やらの個人情報も喪失したのである。

 

 秘密情報部は狙撃事件の関係者である彼を解放出来ないため、飼い殺しにするという結論に至った。

 つまり身柄は養成所へと逆戻りとなったのである。

 意外にも仁への訓練は行われ続け、今は射撃訓練場にやって来ていた。


「誰だよシリウスって、名前はカッコいいけど何者?」


 仁はAMT製の拳銃ハードボーラーを台に置き、件の暗殺者の名を口にする。

 傍らには彼を監督する銀髪の乙女、パメラが居た。


「正体は分かっていません。犯行の手口や物的証拠から、同一人物によって行われたとされる暗殺。その実行者の名こそがシリウスです」


 彼女の神妙な口振りから、相当な危険な人物であることが窺えた。


「正体不明っていうけど、お前ら諜報機関なんでしょ? 調べなかったの?」

「無論、彼の事は調査しました。しかし雲を掴むような話でして、分かっているのは拳銃戦闘術ピストルアーツを習得した凄腕という情報だけです」

「拳銃戦闘術? 何だその興味深いワードは?」


 疑問を呈す彼を見て、パメラは愛銃のデザートイーグルを構えた。


「拳銃戦闘術とは諜報員が習得する、銃の使用を前提とした戦闘術の総称です」


 彼女は五十口径の拳銃を片手で構え、ドカンと派手な音を響かせる。

 放った全弾が真ん中へと叩きこまれ、さすがは戦車女だと感心する。


「魔力をコントロールし、銃による精密射撃を可能にする。他にも弾を回避したり、身体の筋力や反射速度を向上させて体術に応用する。これが拳銃戦闘術です」


 ようは魔力という胡散臭い力を使い、射撃なんかに生かそうとする技術のことらしい。銃弾の回避に百発百中の射撃なんて、すこぶる胸が躍ってしまう。


「変性弾によって生命力が強化され、今のあなたは魔力に溢れています。どうやら素養があったみたいですね。そうでなければ死んでいたのですが……」

「ようは眠っていた力が呼び覚まされたってわけか。なるほどね」


 ふむふむと頷く仁だが、パメラは訝しげにこちらを見た。


「本当に変わった感性をお持ちですね。我々のことにもあまり動じないし、脱走まで簡単にやってのける。……本当はスパイなのでは?」


 これまでの行動に納得がいかないのか、困惑気な顔を浮かべる。

 ザフキエルからの話だと仁は常に監視され、他の機関の諜報員である疑いを掛けられていたらしい。

 本当にとんでもない話だ。


「ふざけんな! ピッキングくらい思春期を拗らせれば、誰でも出来るわ!」

「出来ませんよ! どんだけ捻じれ曲がった半生ですか!?」

「うるさい! というかあのクソ幼女には俺の恥部も見られたってわけか。こんな事なら頻繁に全裸になって、自分の身体を鏡に映すべきだった!」

「もう寄生視は解いています。残念でしたね変態さん」

「そうなの? じゃあ仕方がないから、お前に見せるわ」

「仕方がないって何ですか? 怒っていいですよね、これ?」


 パメラは愛銃のデザートイーグルをチラつかせた。

 生真面目な彼女はセクハラ発言をすると、すぐこんな風にプンプンになる。


「何だよ嫉妬か? さてはお前の攻略ルートに入っちゃった?」

「攻略ルート? 何ですかそれは?」


 何を言っているのか理解できない銀髪ヒロイン。

 仕方があるまい。ここは恋に疎い、真面目系巨乳キャラに直接指導してやる。


「パメラ君は俺という男が気になりだし、訓練どころではないのかなと。『ヤダ! 仁くんのことを考えると、トリガーを引く指が震えちゃうよお!』みたいな」

「はあ? 頭にウジ虫でも沸いているのでは?」


 冷ややかな目つきになった。どうも違ったらしい。

 こういう勘違いを犯したのは小学生の時以来だ。とっても恥ずかしいから、良い子は止めようね。


「じゃあ、この前からモジモジしてんのは一体何なんだよ?」

「え、私がですか?」


 恋云々はともかく、仁はパメラに関して気になることがあった。

 脱走から養成所に戻ってきて以来、彼女の態度がどこかおかしい気がするのだ。


「俺を見るたびに何だか不満げな顔になるじゃないか」

「え、いや、それは……」


 心当たりがあるのか、パメラは目を背けてうろたえはじめた。

 やはり何かあるらしい。自分には言いづらい事なのだろうか?


「あ、便秘か? なら下剤でも尻から打ちこめばいい。俺がやってやろうか?」

「五十口径をぶち込みますよ?」

「怒りすぎだろ。なら生理か?」


 途端、顔の横を50AEのマグナム弾が通過した。

 これ以上やると、穴がもう一つ増えて女の子になってしまう。なので止めておく。


「お取込み中悪いけど、少し良いかしら?」


 両手を上げて白旗を示していると、第三者が割り込んできた。

 射撃場に現れたのは、全身をフリフリのゴスロリ服に身を包んだ少女だった。


「ピコ、どうしたのですか? 何か用件でも?」

「そこの彼に用があってね。ラグエル様からの命で」


 この場にそぐわないツインテール少女は、どうも局員らしい。

 というか何でゴスロリ服なんだ? 諜報員なら普通の格好をして場に溶け込むべきだろう。

 ピコと名乗る少女は持っていたパラソルを畳み、仰々しく仁に挨拶した。


「初めまして、紅山仁。少しお時間良いかしら?」

「それならパメラ先生の許可がないと」

「先生? ああ実はね、私はその教官交代を打診しに来たのよ」

「え?」


 仁だけでなくパメラも聞いていなかったのか、驚きの声を上げる。


「君はパメラの指導の下、規定に沿った訓練を受けているでしょう? その指導教官を私が代わることを提案しに来たのよ」

「どういうことです? ザフキエル……様からは聞いていませんが?」


 パメラは突然の提案に納得いかない様子である。

 だがピコは動じる素振りも見せず、淡々と話し始めた。


「経緯を考慮してあなたが教官を務めていたけど、本来指導するのは保安任務を請け負っているラグエル様。その部下である私の領分でしょう?」

「通常はそうですが、変性弾を使用したことで今回は私に監督義務が生じています」

「でもあなたは最前線に出るエースなのよ? 忙しいだろうから、私が代ろうと提案しているの。断る理由なんてないでしょう?」

「し、しかし……」


 何やら分からないが、美少女二人で仁の指導係を取り合っている様子だ。


 ラグエルという幹部は、ザフキエルと並ぶ秘密情報部の重鎮らしい。

 パメラは後者の部下と聞いているため、これは仁の管理を両派が争っていることになる。


 いいぞもっとやれと言いたいが、教官の交代は彼としても不都合が生じる。


「俺のために争うのは止めて!」


 わざとらしく両者の間に割って入ると、ピコは怪訝な顔になった。


「君は引っ込んでてもらえる? 話し合いの最中だから」

「キツイ顔すんなよ。心が狭いから胸も貧相なのか?」


 彼女の薄い胸元を指した瞬間、何かがブツンと切れる音が聞こえた。


「殺されたいの? 私が改めて狙撃してやっても良いのよ?」

「じょ、冗談です。いやー、見目麗しいお姿で御見それしました」


 敵意に満ちた視線に怖気づき、瞬時にへりくだる作戦に移行する。

 どうもパメラのように茶化して良いタイプではなさそうだ。


「確かによく見れば、成長性に期待が出来るお胸ですね。羨ましい限りだ」


 だが口を開くたびに彼女の目尻が上がっていく。

 一体どういうことだ? こっちだって心にもない賛辞を送っているのに、あんまりだ。


「と、当事者の意見も大事だと俺は思うのですが? そのあたりはどうでしょう?」 

「必要ないわ。管理される側に選択権は存在しないのよ」

「ええ、そんな殺生な! 貧乳教官なんて嫌だあ!」


 青筋を走らせるピコを他所に、仁は膝から崩れ落ちた。

 このままでは監督役が巨乳から貧乳へとクラスチェンジしてしまう。


「せめて巨乳になってから出直してください。無礼を承知でお願います」

「本当に無礼ね!! なに敬語で失言をかましてくれてんの!?」

「失言じゃない!! 本音だ!!」

「そこで強気!? ちょっと頷きそうになったわ、このボケ!!」

「あ、ちょっと!? 彼は重要人物なのですよ!?」


 パラソルで殴りかかろうとするピコを、パメラが背後から必死に引き止める。

 揉み合っている美少女二人を眺めると、戦力の差が明白になった。

「はい先生、分かりました!」と授業で張り切って挙手するぐらい明らかだ。


「大体お前らのルールとやらには、俺の権利がはっきり明記されているだろうが」

「はあ!? 何を馬鹿なことを!!」


 壮絶な殺意を放つピコを無視し、隅に置いたバックから冊子を取り出す。

 それは訓練当初パメラから受け取っていた、教程マニュアルの一部だった。


「コイツにはっきりと書かれてるぜ。『人間が基本教程を受講する場合、指導教官は希望すれば受講者側が選択できる』ってな」


 表紙を叩いて示すと、急に彼女は大人しく咳払いをしてみせた。


「失念していたわ、意外と勉強熱心ね」


 彼女は何事もなかったかのように態度を翻す。

 ゴスロリ服の乱れを正し、パメラを横目に見た。


「でも事情があってね、パメラにこの役を任せるわけにはいかないの」

「……ピコ、あなた」


 パメラは目つきを鋭くするが、ピコは更に厳しい視線を返した。


「あなたの華麗な脱走劇だけど、本来は監督役のパメラが防ぐべきだった。ザフキエル様も意図はともかく、逃がしたのは不始末と言わざるを得ないわ。こういう事実がある以上、あなたを遊ばせるわけにはいかないの」

「それはお前らの事情だろ。俺はパメラを巨乳教官に希望する」

「巨乳教官って何!? というか監視されていたのに、どうしてそういう結論になるの? 私達なら外出許可も出せるし、間違っても覗き見なんてしないわ」


 外出許可という破格の条件を提示し、ピコは微笑を受かべる。

 だが逆に仁は、この女を信用してはならないという確信を持った。


「遂に尻尾を出したな。この嘘つき貧乳め」

「何を言っているの? つか殺すぞ?」

「暗殺者シリウスという名前が明るみになったのに、外出許可を申し出るなんておかしいだろ。俺の身を案じるなら絶対に外を出歩かせないはずだ。そこに居る銀髪巨乳だったら間違いなくそう言うぜ」

「あら、そう。意志は固いのね」


 全く態度を崩さない仁を目の当たりにし、ピコは首を振って両手を上げた。

 というかもう相手にしたくないと言わんばかりである。

 何もなかったかのように微笑し、パラソルを開いて帰り支度を始めた。


「でも結構善意だったのよ。パメラを信用するってことはね、秘密情報部では苦労することになる。アドバイスなのよ、これは」


 彼女は擦れ違いざま、耳元でそう呟いて去っていった。

 ついでに『次貧乳つったらミカエル様の下に送り付けるからな?』とすごまれた。

 嵐が過ぎ去った場に、仁とパメラは残される。


「やれやれ、何だったんだあの女。本当に諜報員かよ?」

「ラグエル様は人間界に居る天使全体を監督しています。部下のピコは保安任務を請け負い、さらに情報分析官としての顔も持っています」

「フン、自分がなぜ貧乳なのか。それをまず分析して欲しいね」

「そればっかりですね!? 言っときますけど、後でお仕置ですからね!?」


 ピコやラグエルという幹部は、関わるのは避けた方が良さそうである。

 天使のくだらないパワーゲームに巻き込まれてたまるか。巻き込まれるならおっぱいだ。

 仁がそんなことを考えていると、パメラが気まずそうにこちらを見た。


「あの、教官を変わってほしければ、別にそれでも良いのですよ?」

「は? 何急にしおらしくなってんの?」

「茶化さないでください。さっきピコは言っていましたが、言い分そのものは正当性がありました。……無理して私を指名する必要はないのですよ?」


 ここに来て初めてパメラは弱気な顔を見せた。

 普段はルールがどうちゃらと煩いというのに、今は借りてきた猫のように静かだ。


「……お前」


 さきほどのピコの言葉が頭を過ぎる。

 もしかして彼女は自分の知らないところで、何かしらの問題を抱えているのだろうか?

 あくまで推測でしかないが。


「逆だぞ逆。俺はお前以外のヤツを信用していない。だから他の野郎に教官が代るのは、俺にとっても望ましくない」

「? どういうことです?」


 信用しているという発言が理解できないのか、パメラはとても驚いた。


「変性弾は本来、緊急時にドーピング剤のように使用する弾薬だと聞いている。人間に使えば魔力に目覚める可能性があり、責任まで生じるとマニュアルにあった」

「ええ、それが何か?」

「つまり感謝してるんだよ。お前がリスクを負ってまで、俺を助けようとしたこと」


 珍しく素直な仁を見て、パメラは目をパチクリさせる。

 天使に管理され、母親や友人の下に戻れなくなった。


 そんな中、信頼できるのは助けようしてくれたパメラだけだ。

 経緯や結果はともかく、命を救った事実に感謝の念を抱いていた。


「しかしそれは当然でしょう? そもそもあなたが私を守ろうとしたのに。まあ私は頑丈なので意味はなかったんですけど」

「最後のセリフいらないよね?」

「私達はあなたの帰る場所を奪った。私はそれを伝えることから逃げ、結果辛い思いをさせた。信頼するどころか、本来は恨んだっておかしくはないはずです」


 再びパメラの表情が暗くなった。ここ数日のおかしな態度はこういうことか。

 だがその辺りについて、仁は全く違った結論に至っていた。


「言っておくが、俺は元の生活に戻ることを諦めてないぞ?」

「……は!?」


 とんでもない発言に対し、パメラは素っ頓狂な声を上げる。


「記憶や情報を消せたのなら、元に戻す方法だってあるんじゃないのか? 時間は掛かるだろうが、俺は絶対に家に帰る。一応宣言しとくから」


 マニュアルを穴が開くほど読んだのは、その方法を探るためだった。

 具体的な方法が見つかったわけではないが、いつか絶対に見つけてみせると決心していた。


「一度決めたら絶対に逃げない。そう心に決めたんだよ」

 Vサインを決めて、二カッと笑って見せる。

 パメラは何を思ったのか、珍しいものを見るような顔になる。


「……面白い人ですね、あなたは」

「感想がずれてる。カッコいいが出るはずだろ?」

「そうですね。でもやはり格好がつかない。それが実にあなたらしいです」

「悪口にしか聞こえんなあ」


 苦笑いを浮かべると、パメラは何か吹っ切れたように笑った。


「明日からまたビシバシ鍛えてあげますから、覚悟してください」


 彼女は晴れやかな笑みを浮かべた。

 それは出会ってから一番の笑顔だった。

 せっかく可愛く生まれたのだから、笑っている方が断然いい。それに弄りがいもある。


 安心した仁も、負けじとスマイルで返す。


「そちらこそ明日からまた、そのデカい乳をビシバシ揺らしてください」


 最後は怒声と共に、デザートイーグルが火を噴くことになった。

 彼女の言う格好がつかないとは、こういうことなのだろうと思った。

拳銃戦闘術ピストルアーツ

 格闘技マーシャルアーツとガンアクションを混ぜたものだと思ってください。

 映画「リベリオン」に登場する、銃を扱う架空の戦闘術「ガン=カタ」をイメージして

 いただけると幸いです。


※ハードボーラー

 アメリカAMT社が開発した装弾数7発のセミオートピストルです。

 すでに登場したコルトガバメントのクローン銃で、同じく45ACP弾を使用します。


 映画「ターミネーター」には照準器レーザーサイトをつけたものが。

 他にも「ヒットマン」というゲームでは抑制器サプレッサーがついた

 モデルが登場します。

 つまり暗殺の代名詞とも言える銃なのかもしれませんね。

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