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暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
第二章 暗殺者の初恋
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06.暗殺者の名

 要塞都市ソサエティは黒い壁によって陸の孤島と化している。

 さらにドーム状に空を覆うバリアによって秘匿性が向上し、衛星からの画像諜報イミントを防いでいた。


 これらの摩訶不思議なモニュメントは、実のところ天界――そこに住まう天使たちによって創られたものであった。


「それでは報告を始めてくれるか、パメラ君」


 超常に囲まれた都市の一角で、天使による会議が開かれていた。

 広めの応接室ではザフキエルと初老の男性がソファとデスクに腰かけ、彼らから見て下座の位置にはパメラは立っていた。


「承知いたしました、ラグエル様」


 男の言葉にパメラは頷いて返す。

 ラグエルとは『神の友人』を意味する高位の天使で、天使達の監視をする者とされている。

 またこの場においては、秘密情報部の幹部の名でもあった。


 パメラは上司であるラグエルとザフキエルに対し、報告を始める。


「紅山仁についてですが、他勢力の諜報員という可能性は低いと言えます」


 彼女は二週間弱に及ぶ、仁の調査結果を述べる。


「彼が狙撃されたのは全くの偶然で、それ以前の生活や人物像についても不審な点は見られません。これは後処理を行った際にも確認が取れています」


 自分でも馬鹿馬鹿しいと思いながら、パメラは真面目に文面を読み上げる。

 突如として行われた狙撃という凶行。

 そこに飛び込んだ少年に、秘密情報部はいささか過敏になりすぎている。

 彼は普通の男子高校生だとパメラは確信していた。


 だがラグエルはあごをさすり、低い声を唸らせる。


「彼は養成所から脱走を図ったと聞いたが、それはどうなんだ? 何か後ろめたい事情でもあったのではないかね?」

「その点は私から説明させてもらおうか」


 ラグエルの疑問には、仁の動向を逐一監視していたザフキエルが答えた。


「彼は母子家庭の育ちで、一人置いてきた母親のことが気掛かりだった。故に母の元に戻ろうと必死になったということだよ。動機としては自然だ」

「問題なのは実際に脱走できたことにある。ザフキエル、そもそも君はどうして彼の脱走劇を見ていながら、わざと泳がせたんだ?」


 その疑問はパメラも同じだった。

 ザフキエルは寄生視で仁を覗き見していたため、事態を未然に防ぐことが出来た。

 にも関わらず彼がいざ脱走を図るまで、局員はおろか監督役のパメラにも連絡しなかったのだ。


 当のザフキエルを見やると、彼女は溜息混じりに答えた。


「その方が疑いを晴らせると思ったからさ。逃げた先に悪魔や死神の機関員が居れば問題だ。しかし自宅を目指したのなら、ただの人間だったという証明になる」

「リスクが大きいとは思わなかったのか?」

「無論考えたが、監視していると確かめざるを得ないと思ったのさ」

「どういう意味だ?」

「彼の手際はかなり巧妙だった。見抜けなかったが、意外な行動力を彼は持ち合わせているようだ。私が本当にスパイでないかと疑ったほどにな」


 ラグエルは手元の紅山仁に関する調査結果に目を落とす。

 そしてこの報告書をしたためた、パメラへと視線を移した。


「彼を指導した教官が優れていた、ということにしておこう」

「……それでは次に、狙撃手について述べさせていただきます」


 ラグエルの鋭い眼差しを躱し、次の議題へと話を進める。

 内容はソサエティの街中で、真昼間から凶行を成し得た暗殺者についてである。


「ご周知の通り狙撃されたのは紅山仁ですが、本来の目標は私であったと考えられます。距離は300メートル程で、通りを北にさかのぼったビルの屋上から敢行されました」

「狙撃手の見た目、使用した銃などの手掛かりはあるのか?」

「いえ、特定できたのは場所だけです。狙撃地点には向かいましたが、すでに痕跡を消して逃走した後でした」


 パメラは狙撃されてすぐ、仁を延命させるために変性弾を使用した。

 霊的エネルギーを強め、生命力を強化するためである。

 適切な判断かに思えたが、聞いていたラグエルは驚きの言葉を述べた。


「どうしてすぐに暗殺者を追わなかった? 一人の人間の命より、均衡状態を破ろうとする犯罪者を捕える方が重要だと、何故思わなった?」

「え!?」


 まさかの発言に目を剥くが、彼は構わず持論を展開した。


「ただの高校生の死など、後からいくらでも修正できる。これは判断ミスだ」

「し、しかし……放置する方がリスクになったと愚考します」

「通常であればそうだが、この暗殺者は別だ。我々が陣を敷いたこの街で武器を調達し、トリガーを引くまで存在に気付くことも出来なかった」


 ラグエルの額に皺が寄り、相貌がより険しくなる。

 そこには不届き物を侵入させた不始末への怒りだけでなく、危惧までが含まれているようだった。

 焦りを募らせている彼に対し、ザフキエルは飄々と暗殺者について言及する。


「それよりもパメラの隙を付いた点を考慮すべきだ。彼女が部内でも随一の実力者だということはラグエル、君も分かるだろう?」

「だからこそ、この狙撃手は危険だと言っている。我々が相手にしてる敵は、この世界でも五指に入るほどのプロだ。すでに悪魔側にも協力を要請したほどのな」


 戦闘力に秀でるパメラを狙い、勘付かせなかった技量は目を瞠るものであった。

 達人になれば、射線に乗る殺意を感知することが出来るからである。

 彼女の不意を突いた時点で、狙撃手の腕前は一流だと判断できた。


「弾種は狙撃用に用いられる7.62mm×NATO弾と聞いたが、それ以外には?」


 現場から回収された弾丸の分析結果について、パメラは報告する。


「魔力によって弾速が引き上げられ、未知の術式も付加されていたようです。そちらは目下調査中とのことです」

「仁くんが辛うじて生きていた事を考えると、必殺を旨としたものではないだろう。何か隠蔽効果を齎す術式なのかもしれんな」

「その可能性が高いです。また天界に送ってライフリングマークを照合した結果、過去の狙撃事件で使用されたものと一致しました」

「それは良い報せだな。正体は掴めたのか?」


 有効な手掛かりに反応するラグエルだったが、ザフキエルは肩を竦めた。


「とんでもない大物が引っ掛かったよ」

「何? 一体誰だ?」

「シリウス。この狙撃手の通名はシリウスだ」


 ザフキエルの口から出た名を聞き、ラグエルは言葉を失う。

 しかしそれも無理からぬことだとパメラは思った。


 シリウス。冬空に輝く恒星から取られた異名。

 それは謀略が支配するこの世界において、最強と恐れられた暗殺者の名だった。

※諜報手段

 スパイや諜報機関が情報を得るための方策ですが、以下のように分類されます。

 人的諜報ヒューミント:聞き込みや張り込み、もしくは人伝に情報を得る方法。

 通信諜報シギント:盗聴などの通信傍受によって情報を得る方法。

 画像諜報イミント:衛星や航空機の撮影画像から情報を得る方法。

 公開情報オシント:発行物、新聞、テレビ、インターネットから情報を得る方法。


 スパイと言えば人的諜報がまず頭に浮かびます。

 しかしアメリカNSAの巨大通信傍受網エシェロン、人工衛星やドローンの発達を考えると、

 昨今の世界で起こっている諜報戦はすでに電子諜報や画像諜報が主力になっていると

 考えてよいです。



※ライフリングマーク

 弾の直進性を増すために銃身に掘られた螺旋状の溝をライフリング(旋状)と呼び、

 ついで発射された弾丸に残る線をライフリングマークと呼称するのです。


 ライフリングは製造ロットごとに異なるため、人間でいう「指紋」のような扱いになり、

 記録と照合することで犯人を割り出すことが可能です。


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