表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
第1章 暗殺者の喪失
5/29

04.養成所脱出

 その日、午後九時ごろ。

 日が落ちてから数時間後、養成所は静けさに包まれていた。


「作戦開始だな」


 衣類の中から黒を選んで着用し、すでに支度を終えていた。

 リュックには作成したマントや懐中電灯を突っ込み、財布や都市の発行したIDカードも携帯する。

 手掛かりは残すべきじゃないからだ。


 そもそも仁は母に会えれば、ここに戻って来るつもりだった。

 天使・悪魔というのは非常に胡散臭い連中だが、狙撃された以上は庇護を受けるべきと考えたのである。


「仕方ねえ、書置きをしといてやるか」


 パメラへ。心配するな、明日の朝には帰る。

 テキトーに書きなぐった紙を机に置き、部屋を後にした。


 宿泊棟はこの時間、職員も含めてほとんど出入りがない。

 仁は早歩きで慎重に階を下り、正面玄関を迂回して裏口に回った。


 両鍵式のドアの前で、改造したクリップを取り出す。

 鍵穴に突っ込み、ガチャガチャと動かした。

 錠前は一般的なピンタンブラータイプであるため、即席したテンションレンチとレークピックでも、ピッキングは十分可能だ。

 音と手応えでピンがシアー並ぶ位置を探ると、カシャリと音が鳴った。


「よし、昨日より二十秒は早く出来た」


 幸先の良いスタートに笑みを零し、音をたてないようにドアを開く。


 次なる関門は金網と鉄条網、それを見張っている照明と監視カメラである。

 仁は時間を掛けて調べた安全地帯を移動し、角にある電柱へと至った。

 電柱の周りはフェンスで囲ってあり、おまけに南京錠もあった。

 しかし難度は先ほどよりも低いため、容易くピッキングで突破する。

 

 仁は電柱を見やり、蔓のように上から垂れた赤と緑の線を発見した。

 緑で『開』、赤で『閉』と書かれており、彼は『閉』の線を力いっぱい引く。

 その瞬間、敷地内のあらゆる電灯から光が消えた。


「あとは逃げ出すだけだな」


 彼は6600V電力の供給ポイント。

 責任分界柱にあるPASという電気機器を操作し、養成所の電気を止めたのである。

 

 残すは時間との勝負であるため、金網へと一気に走る。

 すると館内の照明が、ポツポツと復帰し始めた。


「ありゃ、非常用発電機が動き出したか」


 だがこれも想定内。

 おそらく館内照明の一部とコンピュータ、電子セキュリティが回復しただけだ。

 大型照明をカバーできる発電量はないはず。

 

 彼の予想通り、金網付近を照らしていた照明は暗いままだった。


 お手製マントを取り出して首から掛ける。

 そのまま金網を上り、地上四メートルの鉄条網が迫ったところで、マントのカーペットを覆いかぶせた。


「イテテ、思ったより棘が鋭いな。本当に刑務所じゃないか?」


 小さく文句を垂れながら、マントを敷物にして鉄条網の棘を超える。

 地面に飛び降りた後、不要になったカーペットを草むらに隠した。


 これで養成所は脱出完了。家を目指すだけとなった。


****


 鮮やかな逃亡劇からすでに一時間が経過していた。


 仁は最初にぶち当たった道路沿いに、運良くバス停を発見する。

 時刻表を見たところ以前の生活圏まで一時間弱で行けるようだった。

 唸る心臓を落ち着かせながらバスに揺られた後、仁は日常へと帰って来た。


 降りた先は何の因果か、彼が撃たれた交差点辺りだった。


「寄り道なんてするもんじゃないな。早いとこ帰って、土産話の一つでもするか」


 ハハっと笑い飛ばし、急ぎ足で我が家を目指す。

 天使や悪魔なんて馬鹿げていると一笑に付されるだろうし、母さんには何て話そうか?


 そこでふと仁は疑問に思う。


「よく考えたら、アイツらは母さんをどうやって納得させたんだ?」


 まさか狙撃されたので我々天使が預かります、とは言わないだろう。

 あれこれ得意の妄想を膨らませていると、気づけばアパートにまで来ていた。

 およそ一週間ぶりの自宅であるため、どことなく照れくさい。


 少々迷った後、おずおずと家のチャイムを鳴らす。


「はい、どなたですか」


 普段通り、扉から母の香織が姿を見せた。


「あー俺だよ。帰るの遅くなってゴメンなさい」


 とりあえず開口一番、謝っておくことにした。


「……?」


 殊勝な態度で臨んだのだが、香織は表情を変えない。

 これは相当に怒っているらしい。自分の所為ではないが、どうしようか?


「いや怒るのも尤もだけと、俺にも事情があってさ」

「……? は、はあ?」


 愛想笑いするが、彼女は煮え切らない態度のままキョトンとした顔になる。

 そして次に、トンデモないことを言ってのけた。


「あの、あなた誰ですか?」


 笑みが自然と止まった。

 全く予想だにしない発言を聞き、仁は頭が真っ白になった。


「な、何を言ってんだ? 俺だろ? 可愛い一人息子の仁だろうが」

「? 私に息子なんていませんが、どなたかと勘違いされてるのでは?」


 焦る仁を他所に、香織は迷惑気に返事をするだけである。

 いくら連絡が出来なかったとしても、この仕打ちはない。


「おい、ふざけるのは止めろよ!」


 頭に血が上った彼は、思わず彼女の肩を掴む。


「な、何ですか!? 人を呼びますよ!?」

「な――!?」


 怯え切った母の顔を見て、思わずのけ反ってしまう。

 彼女はその隙を逃さず、バンと音を立てて扉を閉めてしまった。

 ガチャリと鍵を閉められ、後には彼だけが残された。

 

 何なんだこれは!? 一体どうなっている?


 全く頭が追い付かなかったが、恐怖から仁は逃げ出すほかなかった。

※ピッキング

 今回登場したのは、ピンタンブラータイプと呼ばれる錠です。

 外筒と内筒の2重管になっており、ピンで固定することで鍵が閉まります。

 最も普及しているのですが、セキュリティ的には今ひとつでしょうか。


 ピッキングはピックとテンションという二種類の道具を使い、

 ピンタンブラーなら鍵穴に突っ込んで無理やりピンをあげていき

 ノブを軽く動かしながら手応えを探ります。

 そして、ピンがきれいに上げ終わる(シアーが並ぶ位置)で開錠となります。


 ちなみに、この開錠道具は国内では鍵屋しか持てません(必要ないですが……)



※PAS(負荷開閉器)

 工場や大型施設に存在する、発電所からの電力の受け場所になります。

 大抵の場合、電柱の上にこのPASを設け、電力会社と施設側を分断します。


 知ってさえいれば、どんな人間でも電気を遮断できるので、かなり怖いです。

 本職が電気屋なので……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ