03.天使と悪魔
仁が養成所からの脱出を決心してから、さらに二日が経過した。
依然として毎日のように教練ともいうべきか、パメラ嬢による厳しく妥協のないトレーニングが敢行された。
真冬の十二月に朝っぱらからグラウンドに出て、
「ではこれから私が『良い』と言うまで走り続けてください」
というのは相当にキツイ訓練であった。
必死の抵抗を試みるも、鬼教官パメラには逆らえなかった。
苦肉の策で『まず手本を見せて頂きたい』と泣いて懇願し、彼女も溜息交じりに了承した。
共に走っている間、彼女の揺れるおっぱいを支えにして任務を完遂した。
本格的な射撃訓練も行われ、これには仁も興味津々だった。
「デザートイーグルが撃ちたいです。お願いします、先生」
射撃訓練場に赴き、開口一番はこれだった。
「ダメです。これは反動が大きすぎる。利便性を重視してグロッグ7にしなさい」
グロッグはポリマー素材の使用された、軽くて薬品耐性に優れる名銃である。
おもちゃのようと発売当初は揶揄されたが、性能自体は誰もが認める所。
アドバイスは真っ当だったが、中二病の仁はおかしな点で文句を付けた。
「嫌だ。名前がカエルみたいで嫌だ。俺もデザートイーグルが良い」
「子供ですか!? 拳銃は技量や目的、何より性能を重視すべきです」
「うるさい。なら五十口径だって、全然現実的じゃないだろ!」
人間の範疇なら、五十口径のマグナム弾はロマン兵器に入る。
そもそも撃った時の反動が大きすぎて、実力者でも狙いを付けるのが難しいのだ。
「私が相手にするのは凶悪な悪魔や死神です。出来るだけ一撃で仕留める必要があったので、最終的にこれに行き着いた所存です」
さすがは戦車女だけはある。
およそ少女が語るような内容ではない。
パメラは女子力より戦闘力を重視する系の女の子だった。
「悪魔だけでなく死神? お前そんな奴らと戦うのか?」
ここに来て以来天使は何人か見かけたが、悪魔や死神には会ったことがない。
彼らは一体どんな連中なのだろうか?
「悪魔側にも我々の秘密情報部にあたる秘密警察という組織があります。そこの戦闘員は相当手強いです」
「ふーん、そいつらも人間の姿をしているのか?」
「ええ。私達天使と同様、現界する際に受肉して人間の肉体を得ています。パッと見ただけでは普通の人間と変わりませんね」
話によると人間の住む世界とは別に、冥界やら天界やらが存在しているらしい。
それぞれの勢力は、以前まで血で血を洗う争いを繰り返していたとも。
今現在は停戦状態に入り、形の上では平和であるとパメラは語る。
「そんな状況なのに、俺は狙撃されたんかい」
「正確には私ですけどね」
「というか停戦協定があるのに、狙撃なんてよくやるもんだ」
まるで他人事のようなセリフに、パメラは呆れ顔になった。
「あのですね、これは大きな問題なのです。停戦協定を無視して、しかも人目につく往来で狙撃するなんて、各勢力の首脳陣も大変驚いた事でしょう」
「ふーん。俺はそれより家に帰りたいんだけどね」
天使や悪魔のイザコザに巻き込まれるなんて御免被るところだ。
やっても良いから関係ないところでお願いしたい。事なかれ主義の仁は思う。
やはり頭にあるのは残してきた母のことだ。
何としても連絡をつけなければならない。
別にマザコンではないが、一人息子の責務は果たすべきだろう。
改めて脱出の意思を固めていると、パメラはムッと目を細めた。
「重ねて言いますが、ここから出て誰かに会いに行くのは止めてくださいね。いずれちゃんと説明の機会を設けますから」
「説明ねえ。なんでこんなに待たされなきゃならんのかな?」
流し目を向けるが、彼女は気まずそうに黙るだけだった。
彼女はあくまでも局員の一人であり、もっと上の存在がストップを掛けているのだろう。
パメラとて悪気があって隠しているわけではない。それは分かる。
そこから口数少なく、訓練は終了した。
「ではまた、明日」
パメラは後腐れることなく、仁の前から去っていった。
後姿を見送り、足早に宿泊棟に戻る。
彼女には悪いが、今日の夜に脱出作戦を決行する。
食堂で手早く夕食を済まし、一人きりの自室で仁はその時を待った。
※デザートイーグル
外観がごつく、大型拳銃の代名詞ともいえるイスラエルの銃です。
44マグナム、357マグナム、50AEという弾薬を使用します。
最も特徴的なのは『マグナム弾を実用的なレベルで運用できる』点にあります。
作中では反動がデカいと書きましたが、実は銃本体が重たいことで安定感が増し、
マグナムといえど撃つことは可能らしいです。
しかし実射動画を見た感想だと、50口径はやはりキツイと思います。
でもカッコいいから、登場させてしまう。
そんなロマンのある拳銃です!
※スパイ組織
作中では天使が秘密情報部、悪魔が秘密警察ですが、
モデルはそれぞれイギリスのMI6、ソ連の秘密警察(のちのKGB)になります。
まんまパクリじゃんと思うかもしれませんが……その通りですね。
わかりやすさが一番ということで、サラッと流してください(笑)