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暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
第1章 暗殺者の喪失
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02.脱出準備

 仁が突破しなければならない関門は、大きく分けて二つあった。


 一つ目は、彼の寝泊まりする宿泊棟が施錠される点にある。

 日中はパメラの監視に加え、他の職員など障害が多い。

 闇に紛れることを考えても、決行は夜間しかない。


「となると、宿泊棟の裏口を開けられるかが勝負所だな」


 宿泊棟の裏口は、非常時を想定してか一般的なドアノブの扉だった。

 ただし出入りは両側から鍵を差す必要がある。いわゆる両鍵式のノブだ。

 鍵は正規の職員しか持っていないため、どうにか都合をつける必要がある。


 二つ目は敷地外へ出る段階だ。

 正門から出るのは現実的ではないため、敷地を取り囲む金網、その上の鉄条網を乗り越える必要がある。


「首振り式の大型照明が絶えず境界を照らしているし、監視カメラもあるなあ」


 これらのセキュリティを無力化しなければ、外へは出られない。

 容易に逃げられる環境ではなく、実は悪魔が管理する施設なのでは? と首を傾げたくなる。


「さて、どうしますかねえ」


 仁はパメラとの訓練を終えて、与えられた部屋に戻っていた。

 ベッドに机、テレビもあり、隣にはセパレート式の風呂もある。

 それと秘密情報部が手を回したのか、自宅にあったはずの私物も隅に積まれている。


「これがあるってことは、母さんと会ったのは間違いないか」


 キャリーバックには仁の衣服が詰め込まれていた。用意周到とはこのことだろう。

 下着を見られたと思うと、ちょっと恥ずかしいが。


 部屋には他に文房具類、避難時に使う懐中電灯、パメラから渡された分厚い教程マニュアルが数冊棚に並んでいる。

 天使や悪魔、人間界における規定などが記載されているが、とても読む気にはならない。


「ちと厳しいが、とりあえず先にやることを済ますか」


 パンと手を叩き、椅子を壁際に寄せる。

 エアコンのすぐ真下に置き、カバーを外した。中は別におかしい点はない。

 天井の照明器具、火災報知機、壁掛け時計、通気口も確認する。


「監視カメラが仕掛けられている可能性は薄いか……」


 テレビの電源を入れる。チャンネルをバラエティ番組に変え、音量を引き上げた。

 これで盗聴器が仕掛けられていても、多少の物音ならば問題ないだろう。


 最低限のプライバシーが確保された所で、次の行動に移る。


 仁は拳銃の分解作業で渡されていた工具類から、ペンチとヤスリを拝借していた。

 机の中にあったクリップ二つをペンチで数センチ解き、細工を加え始めた。

 片方のクリップ先端部を波型に曲げ、もう一方はくの字に曲げる。

 さらに先っちょをヤスリで平らにした。


「これで良いか。練習すれば大丈夫だろう」


 細工したクリップを引出しに隠し、今度はハサミを取り出した。

 仁は床のカーペットを引っぺがし、何と刃を入れ始めた。

 テレビの音に紛れるよう注意して刃を動かし、縦一m半、横一mの布が手に入った。

 ついでに電気ケトルのコードを使い、布をマントのように改造する。


 これで下準備は完了だ。あとは決行の日時を計るだけである。


 するとそこでドアを叩く音が聞こえた。


「仁くん、パメラです。少しお話があります」

「え?」


 突然の訪問に虚を突かれる。

 今部屋の中に入られたら、切り刻まれたカーペットが露わになってしまう。

 見つかれば脱出計画が露見するには明らかだ。


「ああ、ちょっと、待ってくれ」


 テキトーにタオルや衣服を床にぶちまけ、マズい部分を覆い隠す。

 さらに着ていた服まで脱ぎ捨て、パンツ一枚状態でドアへ向かった。


「あいよ、何の用ですかね?」

「ちょっとお話が……ハ!?」


 解放感に満ちた仁を見て、パメラはギョッとなった。


「ええ!? 何でパンツ一枚!? ふ、服を着てください!」

「おいおい、自室でパンツ一枚なってはいかんのか? ここはプライべートな空間なのだから、裸でも問題ないはずだ」

「人前に出る時は服を着るでしょう!?」


 目のやり場に困ったのか、頬を染めて顔を背ける。

 なんだ恥ずかしがる顔は結構かわいいではないか。良いぞ、もっとやれ。


 仁はゴホンと咳払いし、至って真面目な態度で語り始めた。


「お前は男子高校生を理解できていない。夜間自室に籠っている時、思春期の男がやることなんて一つしかない。これはマナー違反だぞ?」

「ええ!? そ、そんな……」


 自分が何かやらかしたと知り、パメラは青ざめる。意外と世間知らずだ。


「だいたい夜更けに男の部屋を訪れるなんて、エロいことをされに行くのと同義だ。周りに私は痴女ですと言ってるようなもんだ」

「そ、そうなのですか!? でも、私はそんなつもりでは……」

「分かるぞ。お前がそのデカいおっぱいで、サービスする意図がないことぐらい」


 仁は真っ直ぐ胸を指さし、彼女は赤面してそれを隠した。


「当たり前です!! セクハラですよ!!」

「俺だってお前の迷惑にはなりたくない。だからこそ、せめて自室でぐらい煩悩を自由に発散したいんだよ。ここは俺のユートピアなんだ」


 当然といった口調で、静かに退去を求めた。


「わ、分かりました。では時間と場所を改めます。夜分に失礼しました!」


 言うと、パメラはスゴスゴと潤んだ瞳で逃げていった。


 完全勝利である。

 部屋に上げることなく、不信感を持たれずに追い返せたぞ。

 いや不審者とは思われたかもしれないが、とにかく脱出計画は守り切った。


 勝利の余韻に浸りながら、パンツ一丁でベッドに横になる。


「しかし何の用だったんだ? それを聞いてからパンツアピールすれば良かった」


 少々の後悔が襲ったが、感情的なパメラを見れたから別にいいか。

 満足気な表情でそう結論した。

※監視カメラ、盗聴器

 スパイがよく用い、同時に警戒する電子諜報ツール。

 CCDカメラと呼ばれる小型カメラは、作中に示した

 照明器具、火災報知機、通気口などによく設置されるらしいです。


 盗聴器はバッテリータイプのものや、コンセントに仕込んで

 半永久的に使用できるもの等、多種多様。

 驚くことに電話線のヒューズに仕込めるタイプもあるらしく、

 スパイに狙われれば一たまりもない……というところですね。


 

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