02.脱出準備
仁が突破しなければならない関門は、大きく分けて二つあった。
一つ目は、彼の寝泊まりする宿泊棟が施錠される点にある。
日中はパメラの監視に加え、他の職員など障害が多い。
闇に紛れることを考えても、決行は夜間しかない。
「となると、宿泊棟の裏口を開けられるかが勝負所だな」
宿泊棟の裏口は、非常時を想定してか一般的なドアノブの扉だった。
ただし出入りは両側から鍵を差す必要がある。いわゆる両鍵式のノブだ。
鍵は正規の職員しか持っていないため、どうにか都合をつける必要がある。
二つ目は敷地外へ出る段階だ。
正門から出るのは現実的ではないため、敷地を取り囲む金網、その上の鉄条網を乗り越える必要がある。
「首振り式の大型照明が絶えず境界を照らしているし、監視カメラもあるなあ」
これらのセキュリティを無力化しなければ、外へは出られない。
容易に逃げられる環境ではなく、実は悪魔が管理する施設なのでは? と首を傾げたくなる。
「さて、どうしますかねえ」
仁はパメラとの訓練を終えて、与えられた部屋に戻っていた。
ベッドに机、テレビもあり、隣にはセパレート式の風呂もある。
それと秘密情報部が手を回したのか、自宅にあったはずの私物も隅に積まれている。
「これがあるってことは、母さんと会ったのは間違いないか」
キャリーバックには仁の衣服が詰め込まれていた。用意周到とはこのことだろう。
下着を見られたと思うと、ちょっと恥ずかしいが。
部屋には他に文房具類、避難時に使う懐中電灯、パメラから渡された分厚い教程マニュアルが数冊棚に並んでいる。
天使や悪魔、人間界における規定などが記載されているが、とても読む気にはならない。
「ちと厳しいが、とりあえず先にやることを済ますか」
パンと手を叩き、椅子を壁際に寄せる。
エアコンのすぐ真下に置き、カバーを外した。中は別におかしい点はない。
天井の照明器具、火災報知機、壁掛け時計、通気口も確認する。
「監視カメラが仕掛けられている可能性は薄いか……」
テレビの電源を入れる。チャンネルをバラエティ番組に変え、音量を引き上げた。
これで盗聴器が仕掛けられていても、多少の物音ならば問題ないだろう。
最低限のプライバシーが確保された所で、次の行動に移る。
仁は拳銃の分解作業で渡されていた工具類から、ペンチとヤスリを拝借していた。
机の中にあったクリップ二つをペンチで数センチ解き、細工を加え始めた。
片方のクリップ先端部を波型に曲げ、もう一方はくの字に曲げる。
さらに先っちょをヤスリで平らにした。
「これで良いか。練習すれば大丈夫だろう」
細工したクリップを引出しに隠し、今度はハサミを取り出した。
仁は床のカーペットを引っぺがし、何と刃を入れ始めた。
テレビの音に紛れるよう注意して刃を動かし、縦一m半、横一mの布が手に入った。
ついでに電気ケトルのコードを使い、布をマントのように改造する。
これで下準備は完了だ。あとは決行の日時を計るだけである。
するとそこでドアを叩く音が聞こえた。
「仁くん、パメラです。少しお話があります」
「え?」
突然の訪問に虚を突かれる。
今部屋の中に入られたら、切り刻まれたカーペットが露わになってしまう。
見つかれば脱出計画が露見するには明らかだ。
「ああ、ちょっと、待ってくれ」
テキトーにタオルや衣服を床にぶちまけ、マズい部分を覆い隠す。
さらに着ていた服まで脱ぎ捨て、パンツ一枚状態でドアへ向かった。
「あいよ、何の用ですかね?」
「ちょっとお話が……ハ!?」
解放感に満ちた仁を見て、パメラはギョッとなった。
「ええ!? 何でパンツ一枚!? ふ、服を着てください!」
「おいおい、自室でパンツ一枚なってはいかんのか? ここはプライべートな空間なのだから、裸でも問題ないはずだ」
「人前に出る時は服を着るでしょう!?」
目のやり場に困ったのか、頬を染めて顔を背ける。
なんだ恥ずかしがる顔は結構かわいいではないか。良いぞ、もっとやれ。
仁はゴホンと咳払いし、至って真面目な態度で語り始めた。
「お前は男子高校生を理解できていない。夜間自室に籠っている時、思春期の男がやることなんて一つしかない。これはマナー違反だぞ?」
「ええ!? そ、そんな……」
自分が何かやらかしたと知り、パメラは青ざめる。意外と世間知らずだ。
「だいたい夜更けに男の部屋を訪れるなんて、エロいことをされに行くのと同義だ。周りに私は痴女ですと言ってるようなもんだ」
「そ、そうなのですか!? でも、私はそんなつもりでは……」
「分かるぞ。お前がそのデカいおっぱいで、サービスする意図がないことぐらい」
仁は真っ直ぐ胸を指さし、彼女は赤面してそれを隠した。
「当たり前です!! セクハラですよ!!」
「俺だってお前の迷惑にはなりたくない。だからこそ、せめて自室でぐらい煩悩を自由に発散したいんだよ。ここは俺のユートピアなんだ」
当然といった口調で、静かに退去を求めた。
「わ、分かりました。では時間と場所を改めます。夜分に失礼しました!」
言うと、パメラはスゴスゴと潤んだ瞳で逃げていった。
完全勝利である。
部屋に上げることなく、不信感を持たれずに追い返せたぞ。
いや不審者とは思われたかもしれないが、とにかく脱出計画は守り切った。
勝利の余韻に浸りながら、パンツ一丁でベッドに横になる。
「しかし何の用だったんだ? それを聞いてからパンツアピールすれば良かった」
少々の後悔が襲ったが、感情的なパメラを見れたから別にいいか。
満足気な表情でそう結論した。
※監視カメラ、盗聴器
スパイがよく用い、同時に警戒する電子諜報ツール。
CCDカメラと呼ばれる小型カメラは、作中に示した
照明器具、火災報知機、通気口などによく設置されるらしいです。
盗聴器はバッテリータイプのものや、コンセントに仕込んで
半永久的に使用できるもの等、多種多様。
驚くことに電話線のヒューズに仕込めるタイプもあるらしく、
スパイに狙われれば一たまりもない……というところですね。