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暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
終章
29/29

エピローグ

 真冬の十二月。

 要塞都市ソサエティに、本物の雪がちらつきだした頃合い。


 テロだの何だのと人騒がせな事件が起こったが、市民達の関心は他所にあった。

 彼らはみな久方ぶりに見られた雪原風景――そして冬の夜空に息をのむ。


 都市を覆う壁と結界が現れる前、ここは霊験あらたかな土地として有名だった。

 天使が根を下ろしたことで人間はすっかり忘れていたが、ようやく思い出したのだ。

 鳥籠の中で不自由なく暮らしていた彼らは、家族や友人、あるいは恋人と寒空の下へと出かけた。

 めいっぱいに服を着こみ、夜空の輝きに真っ白な息を零す。


 それは誰にとっても、特別な時間であるに違いない。


「……寒くなってきましたね」


 パメラは窓辺からぼんやりと、星空の輝きに目を向ける。

 黒のジャケットにジーンズという出で立ちで、彼女は暖を取っていた。

 傍らには義理の母たるザフキエル、ゴスロリ服姿のピコの姿がある。


「そりゃあクリスマスなんだから寒いだろう。結界がなくなったせいで雪が積もり、電車のダイヤに遅れが出て、多くのリーマンが苦しみを味わう季節となった」

「いやもう少しプラスに考えましょうよ。他にもあるでしょう?」


 この空が見たくてたまらなかったパメラは、否定的なザフキエルに苦言する。

 しかし彼女は引く素振りもなく、隣にいるピコも大いに賛同を示した。


「路面が凍結して交通事故が増えるわ。静電気もバチバチで最悪よ」

「ピコの言う通りだ。雪は降るし、寒いし、何も良いことがない」

「ええ!? どうしてそんなに冬を嫌うんです?」

「子供は風の子と言って雪遊びが好きでしょう? 逆に大人になるとウザくてしょうがない。つまりパメラ……アンタはガキなのよ」

「え、そんな……子供っぽいでしょうか?」


 幼いと言われてしゅんと肩を落とすと、義理の母が励ましの言葉を述べた。


「成長するのだ、我が娘よ。私なんてさっき外で、子供に雪玉をぶつけられても冷静だった。無論、三倍近い大玉で大人の恐ろしさを教えてやった」

「言いにくいですが、向こうには仲間だと思われていますよ。きっと」


 伝説的な諜報員の器量の小ささに、娘であるパメラはため息をついた。

 どうやら彼女達とこのテーマで話すべきではないらしい。

 例えば冬とか、夜空とか、そういう例の暗殺者を想起させるワードはダメなのだ。


「ああ寒い。さっさと湯につかって、コタツにでも入ろう」


 そんな事を呟き始めたので、定時報告を兼ねた集まりは解散となる。

 パメラも流れに従い、自室へ戻る運びとなった。

 

****


 シリウスの狙撃から始まった一連の出来事は、すでに完全な決着を見せていた。

 秘密情報部は多くの地上要員を失い、幹部ラグエルまでも喪失した。

 事態を重く見た上層部はパメラの処分を破棄し、これまで通り部員として扱うことを認めたのである。


 ザフキエルやピコが喜んでくれた一方、当人の心情は複雑だった。


「さて、行くとしましょうか」


 パメラは自室で何やら着替えを済ませ、冷え切った寒空の下へと出か始めた。

 いつもの風体とは違い、マフラーやスカートが見える何とも女の子らしい格好である。


 正面玄関へ向かおうとすると、廊下でピコと顔を合わせた。


「何よその恰好? 随分とおめかししてるじゃない」


 普段の真っ黒なコートとは違う、ふわっとした服装にピコは目を瞠る。

 ファーのついたベージュのアウターに、ブーツまで履いている。

 戦闘力重視の衣服ではないと一目でわかった。


 不味い所を見られたと焦るが、パメラは頬を染めながら答えた。


「仁くんに、以前買っていただいた服なんです」

「はーん……なるほどね」


 聞いた途端、ピコはすこぶる意地悪そうな顔になった。


「王子様のプレゼントを着てお出かけですか。良いわねえ、お熱いわよ」

「……さっきあれだけ寒がってたのに」


 やっぱり教えるべきではなかったかもしれない、と苦笑いを浮かべる。

 ピコはわざとらしく顔を手で煽ぎ、ニヤニヤ顔を隠そうともしない。


「どこ行ってもアンタの勝手だけど、ちゃんと帰ってきなさいよ」

「まだ子ども扱いですか?」


 揶揄う発言に未だ慣れないのか、パメラはむっと口を尖らせる。

 流石に諜報員としてプライドあるため、軽んじられるのは本望ではない。

 するとピコは肩を竦め、仏頂面で言い返した。


「違うわ。アンタの家はここなんだから、余計な寄り道はするなって言ってるの」

「――ッ」


 何だか保護者みたいなセリフであるが、パメラは言葉を詰まらせてしまった。

 言った本人も極まりが悪いのか、すぐに背を向けてしまう。


「せいぜい今度は余計な噂にならないよう、気をつけることね」


 余裕ぶって部屋へ戻るピコだが、耳は真っ赤になっていた。

 そんなちょっとした言葉を掛けて貰えるのが、こんなに嬉しいとは知らなかった。

 振り返らない後ろ姿に向かって、うわずった声で返す。


「……いってきます」


 聞こえてるかどうか不安になるぐらい、小さな声しか出なかった。

 しかも今顔を見られるわけにはいかないため、さっさとその場から逃げ去ることにする。


「…………いってらっしゃい」


 だが心配を他所に、呟くような見送りの言葉が背に届いた。


****


 冬の夜空にはたくさんの星々が輝き、いずれにも逸話が籠められている。

 パメラは狩人オリオンと女神アルテミスの伝説が好きだった。

 死別したオリオンを大神ゼウスは星として祀り、アルテミスが彼に会うために空を駆ける。


 夜空で月がオリオン座を通ることに端を発する、ロマンチックな話だった。


「アルテミスが……羨ましいな」


 いつぞやの国立公園に辿り着いたパメラは、白い吐息とともに呟く。

 あれから仁はパメラの前から姿を消した。

 別に逃げ出したのではなく、今までの日常へと帰っていったというのが正しいだろう。


 天使や悪魔と関わった時間を忘却し、一人待つ母の下へと戻ったのだ。


 それは悲しむどころか、パメラにとっても彼にとっても最高の結末のはずだった。

 仁は初めから元の生活を望んでいたし、彼女だって出来るなら叶えたかった。

 でもいざ彼が消えてみると、パメラの胸中にはぽっかりと穴が空いてしまったのだ。


「こんなにも……きれいな夜空なのに……」


 彼が見せてくれた光景なのに、どうして寂寥が湧いてくるのだろう。

 本当は、今すぐにでも会いたかった。

 月の女神アルテミスのように、彼の下へ向かいたかった。


 でも天使である彼女には、そんな掟破りは許されない。

 形式上、咎人として処分された仁に会いに行くのは、ルール違反となるからだ。

 だからパメラには、彼がプレゼントしてくれた夜空を見ることしか出来ない。


「……あなたは今、何を見ていますか?」


 顔の見えない恋人へと思いを馳せ、今どんな顔をしているのか考えた。

 笑っているのだろうか、泣いているのだろうか。

 飄々とした彼の面影はやはり想像がつかない。


 宝石のように美しいこの夜空を見て、彼は一体何を想うのだろうか?



「あの、ちょっと良いですか?」



 ふと聞いた覚えのある声が耳に届く。

 彼女はゆっくりと、夢見心地で振り返った。


「すいません……あなたがパメラさんですか?」


 視線の先には、目つきの悪い少年が立っていた。

 たぶん日頃からスケベな事しか考えていないであろう彼は、パメラを見た途端なぜか大いに驚いた。


「いや、すいません!! 別に用があるわけじゃないんですけど、どうしても気になって!!」

「……何が、ですか?」


 ついに幻覚でも見え始めたのか、とパメラは正気を疑う。

 しかし少年はまるで本物であるかのように、焦りに焦って視線を泳がせる。


「あの!! いや、変な手紙にここに来いって書かれてて、それで――」


 何やら興奮気味の彼は、ポケットから一通の封筒を取り出した。

 それは血のように紅い、曰くのありそうな手紙だった。


「……見せていただけませんか?」

「ええ!? し、しかし……」


 文面を見せたくない様子の彼だが、パメラはどうしても知りたかった。

 この掟破りをさせたのが一体何者なのかということを、確認する必要があった。


「お願いです……どうか……」

「え? あ……そんなに見たいなら……どうぞ」


 泣きそうになりながら懇願すると、少年はおずおずと文を差し出した。

 パメラは頭を下げ、文面に目を通す。


 そこに書かれた内容は、何とも言い難いものだった。


 ――お前好みの少女が居るから、星空が見えたら迎えに行け――


 ごく短い文を読む終えると、少年は必死に言い訳を始めた。


「いや、俺も怪しいとは思ったんですよ? でも行かないと抹殺するって書いてあるし、待ってるのは銀髪巨乳美少女って書いてあるから――」


 自分が何を言っているのか分からないのだろうか? 

 言葉の端々に彼らしい、スケベな文句が現れている。先生としては体罰ものだ。


「…………ええ、とんでもなく怪しいですね」


 でも今日だけは許してあげよう。本当に特別だが、笑って流してあげよう。

 だってこんな馬鹿げた脅迫状を真に受け、自分に会いに来てくれたのだから。

 そもそも彼はオリオンではない。神話のようにいくわけがない。

 ルール嫌いの彼が、大人しく空で待つはずがないと、どうして分からなかったのか。


 目頭が熱くなり、頬に温かいものが流れ落ちる。


「あなたは本当に大馬鹿者です。こんな怪しい手紙を信じるなんて」

「え!? まあ、そうなんですけど……」


 そのまま逃げるように彼は、頭上の星々へと視線を向けた。


「俺の父さんが昔、この夜空を見ながら母さんにプロポーズしたらしいんですよ。それで何となく、この手紙を無視できなくて……」

「――ッ」


 パメラの隙間だらけの心は、その言葉だけで埋め尽くされた。

 胸の内に会ったことのない両親の影がよぎり、同時に温もりが湯水のように湧き上がる。


 この世に生を受けて、今ほど感謝と喜びに満ちた時はなかった。

 彼女は同時に、目の前の少年にとんでもない目に遭わされたと痛感する。


(本当に最低です……こんなに私を困らせて……!!)


 認めたくはないが、この高鳴りはどうしても無視できなかった。

 まさかこんなふてぶてしい暗殺者に、心臓を撃ち抜かれてしまうなんて!!



 必死に茹で上がった涙を隠そうとすると、持っていた封筒が風に攫われた。


 夜空に舞う今度の便りは、決して差出人不明ではない。


 紅い手紙の末尾は、こう結ばれていた。


 ――暗殺者より愛をこめて。

ご拝読ありがとうございました!

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