表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
終章
28/29

27.恒星の正体

 要塞都市ソサエティで巻き起こった狙撃、国立公園の爆発と銃撃騒動。

 これらは秘密情報部の情報統制が働き、人々の認識では反社会集団のテロ程度に留まっている。

 つまり天使や悪魔という超常の世界は人目に触れなかった。


 とはいえ、情報部の状況は過去最悪と言ってよいだろう。

 受肉した部員が二十名以上天界送りにされ、それには幹部ラグエルも含まれる。

 ついでにソサエティの対諜報装置である結界も、何者かによって破壊されてしまった。


 これらの立て直しに当たったザフキエルは、忙しく報告に追われていた。


『つまり今回の騒動は、情報部内のイザコザが端を発しているのですね? ザフキエル』

「その通りですよ、大天使ミカエル。彼が我々に挑戦状を叩きつけ、組織をガタガタにしたのは、私の愛娘を何とかしようともがいた結果なのです」


 暗がりの部屋の中、モニターの向こうには数人の影が見える。

 中心に座してザフキエルと話すのは、天上宮殿に座を持つ大天使ミカエルであった。


『あなたがこれほど手酷くやられるとは。それで彼は?』

「我々の管理する医療機関で治療中です。といっても目を覚ます兆候はありません」

『それは……例の狙撃による影響ですか?」


 ミカエルの問いに、ザフキエルは肯定を返す。

 騒動の張本人である仁は、すぐ情報部によって治療を受ける運びとなった。

 重罪人でもある彼は監視とガードに囲まれているが、凶弾のせいで未だ意識不明である。


 解析班の話では、弾丸に正体不明の呪いが込められているとのこと。

 さらに照合したライフリングマークから、驚愕の事実が判明した。


「彼を狙撃したのはシリウスです。以前照合したものと今回のマークが一致しました」


 ザフキエルの答弁に、モニターの向こうはどよめく。


『紅山仁がシリウスという話でしたが、これはどういうことです?』


 当初との食い違いを指摘され、ミカエルは当然の疑問を放つ。

 紅い銃撃というシリウスの代名詞が確認されている以上、彼が本人でなければ辻褄が合わない。


 ザフキエルは一拍を置いた後、ことの真相を話し始めた。


「紅山仁は学校帰りに偶然パメラを見かけ、彼女を庇って狙撃されました。その瞬間に彼はただの高校生から、稀代の暗殺者に変貌したのです」


 仁を最初に撃った銃弾には、古い呪術が込められていたと彼女は語る。

 それは血を使用して縁を持ち、力を共有するという原始魔術。


 仁が完全呪甲弾という力を手にしたのは、すべてあの一発が原因だったのだ。


「狙撃によって流血した時、我々の知る暗殺者と紅山仁は力を共有しました。完全呪甲弾の力を得たのは、その時ということになります」

『では彼は自分でも気づかぬうちに、恐るべき力を継いでしまったのですね』

「ええ。もともと標的はパメラでしたから。彼が力を得たのは全くの偶然であり、これは当のシリウスにとっても予想外の出来事だったでしょう」


 これで仁のバックボーンとの整合性が取れたことになる。

 すると次に浮かぶのは、何故シリウスが他者に力を分けたのか、という疑問だ。


『シリウスはなぜパメラに力を譲渡しようと考えたのでしょう?』

「私の想像になりますが、かの暗殺者は戦争終結を早めたという見方があります。数多くの要人を亡き者にしましたが、それは却って平和を築いたというものです」


 天使と悪魔は長きに渡って争いを続けてきた。

 しかしシリウスという正体不明、神出鬼没の殺人者が現れ、両陣営の主要人物はことごとく死を与えられた。

 遂には数多くの将が消え失せ、両者は戦う力すら奪われてしまったのである。


『暗殺者が平和の礎とは、あまり納得は出来ません。しかし彼――もしくは彼女がそんな考えを持っていたと、智将ザフキエルは考えるのですね?』

「はい。そしてシリウスは、均衡を維持しようとする考えを持ち、相応の実力を有する者――つまり後継者を探していた。そう私は愚考します」

『……ふむ』


 ミカエルはモニターの向こうで、何やら深く考え込んでしまった。

 ザフキエルにしても暗殺者を褒めるのは御免だったが、今は仕方がなかった。

 こうでも言わなければ、パメラにあらぬ疑いを掛けられる危険がある。


『紅山仁は最後、本物のシリウスに狙撃されました。それはどう考えます?』

「憚らず言うのなら、彼は見限られたのだと考えます。人間の世界で力を振るい、危うく秩序を壊そうとした。シリウスはそれを看過できなかったのだと思います」


 本音では感謝の念しかないザフキエルだが、さも真剣そうに述べる。

 するとミカエルは嘘八百を見抜いたのかのように、口元に笑みを浮かべた。


『あなたの言う事を信じたいが、残念ながらそれは違います』

「……? 違うとは、どういうことでしょう?」


 嘘だとはっきり言うミカエルだが、その態度は糾弾するものではない。

 さしものザフキエルも騙し通せるとは思っていなかったが、どうも様子がおかしい。


 困惑する彼女を他所に、ミカエルは軽い口振りで話を続ける。


『あなたの心配には及ばないということです。此度の騒動を起こした少年に、罰を課す気はないと言っているのですよ。全くのお咎めなしとはいきませんが、彼には相応しい処遇を用意しています』


 ミカエルの言葉にザフキエルは目を瞠る。如何に御方が寛大とは言っても、

 事が事だけにいささか無理がある。何か自分の知らない展開があったのだろうか?


 そこで智将はある可能性に思い至った。


「大天使ミカエル……天界は今、騒がしいのですか?」

『――ええ。件の暗殺者の所為で、天界はかつてない慌てぶりですよ』


 やはりそうだったか、とザフキエルは頷く。

 暗殺者は予想していた通り、紅山仁を見限っていなかったのだ。


『少し前、天上宮殿の最奥に一通の文が置かれていたのです。それは紅色の手紙でした』

「シリウスからのラブレター、ということですね」


 ミカエルは肯定し、書かれていたメッセージを語る。

 ザフキエルは暗殺者の生の言葉を聞き、笑い転げそうになった。


 ――我が愛を継ぐ者を殺めれば、楽園は審判の日を待たずして地に墜ちるだろう――


 考えるまでもなく、それは自分達に向けた脅迫文だと分かった。


『情けない話ですが、皆これを見て震え上がってしまったのです』


 もちろん私もそうです、とミカエルは天使長にふさわしい寛大な器を見せる。

 つまり天上に座す高位の天使は皆、保身に走ったということだ。

 災厄の体現者とも言うべき、恒星の名を受けた暗殺者に恐れをなして。


 しかしザフキエルはそれを侮辱などしない。


「無理もありませんよ。私も怖くて、全身が震えあがっている始末ですから」

『ありがとう。英雄にそう言っていただけて、私も気が楽になりました』


 両者は可笑しくて仕方がないのか、笑いを堪えるのに必死である。

 あれだけルールに縛られていた天使達は、やむなくそれを破る運びとなった。


「それで彼の処遇というのは、具体的には?」

『簡単ですよ。解れた糸を元通りに直すだけです』


 察しがついたザフキエルは、少しだけ悲しみを顔に浮かべた。

 しかしそれは寛大であると同時に、本当に彼に相応しい対価だった。


『さっそく準備に取り掛かって頂けますか?』

「ええ。彼から取り上げた物を返すだけですから、造作もないことです」


 パメラのことを思うと心苦しい。でも彼女は忠実にこの命令を守るだろう。

 仁が母親の下に帰れると知れば、あの子は笑って任務を全うする。

 ザフキエルは全幅の信頼の下にそう思った。

 

 ****


 おおいぬ座の恒星シリウスには「焼き焦がすもの」という意味が込められている。

 古代エジプトの民は日の出前にシリウスが輝くと、ナイル川が氾濫して洪水が起こることを知っていた。

 

 しかしこれは、決して災厄だけを意味するのではない。

 洪水は土を肥やし、農作物を実らせ、人々の生活を豊かにした。

 故に彼らは空に現れる恒星を「光り輝くもの」として崇めたのである。


 今こうしてソサエティに姿を見せた恒星も、忠実にその神話に倣っていた。


「……」


 暗殺者は天使達が根を下ろした都市を、音も残さず駆け抜ける。

 闇夜を飛ぶその影は、しばらくして大きな建物にぶち当たった。

 結界が張ってあるらしいその壁を飛び越え、何の障害も感じさせず中庭へ降りる。


 ある場所を目指して走り――途中の部員達には関知されず――そこへ容易く到着した。

 目の前にあるのは、病室の扉だった。


 扉を開けて中へ入ると、少年が一人で待っていた。

 正確にはベッドで横になり、白雪姫のように誰かの到来を寝て待っていた。


 暗殺者は右手を彼の頬にあて、何か呪文らしきものを呟く。


「……ん」


 すると眠りこけていた少年は反応を示し、ゆっくりと瞼を開いた。


「ここは……どこだ?」

「――病室よ。君は一週間ほど、眠り姫状態だったわけ」


 女性の声に少年は声を上げそうになるが、すかさず手で口を塞いだ。


「騒がないで。声を張れば殺すわ」


 彼女は剣呑な態度で威圧し、堪らず彼はコクりと頷く。


「紅山仁。私がここに来た理由は、キミなら察しがつくでしょう?」


 ゆっくりと手を放して言うと、仁は頭を掻いた。


「俺と……結婚して欲しいってこと? 悪いけど俺には銀髪巨乳が――」

「違うわ!! 助けに来たってことよ。このエリザ様がね」


 美しい青髪を振り乱し、悪魔エリザは辟易とした顔を浮かべる。

 一方自分の状態に気付いたらしい仁は、辺りを見回しながら疑問を口にした。


「俺はどうなったんだ? パメラは……あいつから貰ったパンティはどこいった?」

「開口一番がそれなのね。助けるの止めようかしら?」

「冗談だよ冗談。最強の暗殺者のくせに、ジョークも通じないなんて」


 彼の言葉を聞き、エリザは固まる。

 だがそれも一瞬のことで、彼女は観念して肩を竦めた。


「やっぱり気づかれてたか。一生の不覚だわ」


 憚ることなく、自分が件の暗殺者であることを認める。

 暗殺者シリウスの正体は――悪魔エリザその人だった。


「最後に狙撃したのがマズかったわね。あの状況じゃ、私が真っ先に疑われるだろうし」


 暗殺者は自分の行動を反省するが、当の彼は横に首を振る。


「いやいや、もっと前からアンタが巨乳暗殺者だと思ってたよ、俺は」

「殺していい?」

「止めてよ! せっかく生き延びたのに!」


 銃口を頬に押し付けられ、涙目で彼は懇願する。


「じゃあいつから分かってたの? 私の正体」


 エリザも少し気になるのか、銃を引っ込めて戯言に付き合うことにした。

 自分をシリウスだと見抜いた、その手管をやらを聞くために。


「ホテルに囚われていた時、アンタが助けてくれただろう。あの時の電話で気付いた」


 まさかの場面が飛び出し、エリザは眉をひそめた。


「私が部屋を狙撃した時ね。でもどうして?」

「電話で『囚われのお姫様』って俺に言っただろ? あれで大体分かった」

「何もおかしくは――」

「アンタは俺のことを『王子様』と呼んでいた。パメラは『お姫様』だ。つまりあの時アンタは俺ではなく、あそこにはパメラが居ると思ったんだ」


 彼の指摘を受け、エリザは少しばかり目を瞠る。


「……私としたことが、情報が間違っていたのよ。不手際がバレて恥ずかしいわ」


 テキトーな言葉で取り繕うが、予測していたのか彼は即座に否定した。


「監禁先は把握しているのに、誰がそこに居るかは完全に外した。普通に考えれば、これはおかしいだろ? アンタの情報源は人的諜報ヒューミントじゃない」

「なら例えば、どんな方法?」

「居場所だけが分かるとなれば、まず発信機を疑う。中二病の常識だ」

「…………」


 そこまで分かっているとは思わず、不味いと分かっても言葉が出ない。


「俺とパメラを間違えたということは、発信機はアイツから俺に移動していたんだ。何に仕掛けられていたかは……考えれば一発だ」


 あの銀のペンダントに発信機は仕掛けられていた、と馬鹿でも分かる。

 そして状況を考えれば、両親の遺品の出所はエリザに他ならないと彼は言う。


「念のため俺はペンダントの入手経路を探った。パメラが肌身離さず身に着けていたとなれば、ザフキエルからの贈り物かもしれない。アンタとザフキエルが裏で手を組み、パメラを嵌めた可能性も考えられたからな」


 しかしながら、それは誘拐した際に間違いだと確認できた。

 義理の母ザフキエルは関与しておらず、エリザ一人の仕業だとほぼ確定した。


「アンタが武器を都市内で保有しているのも手掛かりになった。シリウスの狙撃以降、警戒態勢下のソサエティにどうやって武器を持ち込んだのか。当然の疑問だ」


 通常なら無理だが、当の暗殺者本人ならば話は別である。

 パメラ狙撃の際に持ち込んだ武器をそのまま隠していたのなら、用意立て出来た経緯も納得がいく。


「博物館で盗品騒ぎがあったみたいだが、あれはアンタが武器の入れ物を回収したんだろう。実は俺もそれに近い事をやってたんでね、ピンときた」

「……随分と嗅ぎ回ってくれてたみたいね」


 彼の驚くべき観察力には、肝を冷やす他ない。


「さてそうなると疑問が残る。遺品であるペンダントと日記をどうやって用意したのか。そもそも何故、パメラに送り付けたのかという疑問だ。コイツはアンタがシリウスだという事実だけでは、説明がつかない」

「…………やるじゃない、坊や」


 終ぞ口にすることはないと思っていたのに、とエリザは思う。

 ただ偶然に撃ち殺した少年。ただそれだけだと認識していた。


 しかし間違いなく彼自身が、あらゆる策謀を狂わせた元凶だったのだ。


「私がパメラの産みの親。……キミはそう言いたいのね?」

「そうだ。アンタは暗殺者シリウスであり、消息不明の母親でもあったんだ」


 彼は自慢するでもなく、淡々と自らの想像を語る。

 その内容はエリザの辿った行動を、寸分の狂いもなく見抜いていた。


「アンタは娘のパメラを、ずっと遠くから見守っていたんだろう。アイツが苦しい立場に置かれていると知り、何らかの対処を求められた」


 そんな彼女が思いついたのが、シリウスの力を譲渡するアイデアである。

 ただでさえ強いパメラが、完全呪甲弾の力を持てば敵なし。

 もし天使達が明確な敵意を見せても、彼女自身で簡単に返り討ちに出来る、という魂胆だ。


「送り付けたペンダントで、パメラの動向を正確に把握する。そして力の譲渡に必要な血の儀式――狙撃を行おうとした」

「ええ、君に台無しにされたけどね」

「こっちだって人生滅茶苦茶だよ!! ……で、失敗したアンタは止むなく別の方法を考える羽目になった。しかも小道具として送りつけた日記により、状況は悪化した」


 パメラが情報部に隠れて行動し、天使達から一層の不評を買うようになったのだ。

 故にエリザは、隠れ蓑たる秘密警察への勧誘――これに目的を切り替える。


「しかしそこでアンタは考えを改める。紅山仁というナイスガイを発見し、彼になら娘を預けられると思った。だから俺に協力を申し出たんだろう?」

「……は?」


 探偵のような洞察から一転し、仁はアホ面をこちらに向けてきた。


「いやそこは違うわ。……正直キミは見捨てるつもりだった」

「ええ!? そうなの!? 俺はてっきり、娘の彼氏として認めれくれたもんだと……」


 得意げな顔から愕然とし、がっくりと肩を落とす。

 情けない姿を見て、感心した気持ちが引っ込みそうになった。


「まあ、途中からキミの事を駒扱いぐらいは出来ると考えたわ。間違って撃ち殺しちゃった手前、パメラと一緒に連れて行っても良いかなって」

「何じゃい、それ!! こんな女と手を組むんじゃなかった!!」

「それはこちらのセリフよ。君こそ早々に私を裏切ったじゃない」


 当初のパメラ救出計画では、ラグエルとザフキエルを抹殺し、混乱に乗じてパメラを回収。

 そして爆弾を起爆し、都市の結界や警戒網を崩して脱出する――という手筈だった。


 しかし蓋を開ければ、相棒たる仁は情報部に正面から戦争を仕掛けた。

 これには協力したエリザも思惑が見えず、手を出すべきか否か判断できなかったのだ。


「キミの行動には心底驚かされたわ。殺したいぐらいにね」

「まあ良いじゃないか。おかげでパメラの疑いは晴れた」

「そうかもね。でもまだ一つ疑問があるわ」


 彼の策士っぷりは認めるが、エリザの方はまだ分からない事柄がある。

 それはパメラと演じた殺し合い。彼の仕掛けた大法螺吹きの真相である。


「何であなた最後にパメラを撃ったの? いえ、私に『撃った』と見せかけたの?」


 秘密情報部からの疑いを晴らし、周囲の態度を改めさせる。

 これが目的だったのなら、パメラと殺し合いをする必要はなかった。

 ラグエルが死に絶え、パメラが自由になった時点で問題は解消されたはずだからだ。


 そんな彼女の疑問に対し、彼は真っ直ぐ目を見て答える。


「俺は確認する必要があった。シリウスであるアンタに」

「私に? 一体何を?」

「それは『悪魔エリザ=パメラの母親=暗殺者シリウス』……この仮定が本当なのか。それとも妄想に過ぎなかったのか。ということだ」


 彼はエリザの正体について自信があった。

 しかしそれは状況証拠による推測が多く、全く外れている可能性も十分にあった。


「シリウスがパメラの味方だという、絶対の確証が俺は欲しかった。でなければ死んでも死にきれないしな」


 だから仁は命を代償にして、後の憂いを完全に払拭しようと考えた。


「もしパメラを目の前で撃てば、母親のアンタは怒り狂って俺を殺す。完全呪甲弾の庇護を受けている俺を狙撃できれば、『エリザ=シリウス=母親』という図式が完成する」


 確かにあの状況で仁を撃てば、エリザの正体は完全に証明できる。

 では彼の読みが、万が一にも外れていた場合はどうなるのか?


「……撃たれなかったら、どうするつもりだったの?」

「そうなるとシリウスは母親ではなく、純粋に後継者を探していたことになる。その時点で最強の暗殺者は、パメラに纏わりつく害虫へと変身するってわけだ」


 だから次はアンタが標的になるはずだった、と彼は答えた。


「…………」


 とんでもない予定を聞かされ、空いた口が塞がらない。


「…………ぷ、ぷはははははは!!」


 遂には驚きを通り越して、大笑いしてしまう。


「何よそれ!? 好きな女の子のために命まで投げ出して……あなた大馬鹿ね!!」


 徹頭徹尾パメラの幸せを案じる行動に、度肝を抜かれる他ない。

 しかし笑いながら気づく。よくよく考えれば、この少年は最初からそうだった。

 なにせ見ず知らずのパメラを守ろうと、自分の前に立ち塞がったのである。

 腹筋が捩れるぐらい笑い転げると、仁は不満そうに頬を膨らませる。


「……二度も狙撃した張本人が普通笑うか?」

「笑わずしていられるかしら!! ……ああ、お腹が痛い!!」


 ヒーヒー言いながら深呼吸し、満足したエリザはようやく平静を取り戻す。


「聞きたいことは、もうないわ。後はキミの今後だけど……」


 エリザは感謝も兼ねて、仁に真実を伝えることにした。

 娘のためにも、どうしても彼をここから連れ出さなければならないからだ。


「キミはこのままだと力を封印され、ついで記憶処理を施されるわ」

「これまでのことを忘れるのか!? ……で、その後は?」

「以前の日常に――母親の下に帰れるわ」

「!? 本当か!?」


 紅山仁としての人生に戻れると知り、これには彼も驚きを隠せない。


「元の生活に、家に帰れるのか!? そりゃあ――」


 喜びを露わにしようとした所で、フッと彼は肩を落とした。


「パメラの事は……当然、忘れるんだよな?」

「そうね。この一か月弱のことは、キミの中からきれいに消えるわ」


 エリザが予想していた通り、仁の顔には苦汁が満ち満ちていた。

 あれほどまでに想っていたパメラを忘失するとなれば、当然の反応だろう。


「もう一つ選択肢はあるわ。あの子を迎える方法がね」


 だからこそエリザはニヤッと笑みを浮かべ、天使のように手を差し伸べる。


「私の弟子に――正真正銘シリウスの後継者となるのよ」

「……どういうこと?」


 彼女の言葉が理解できないのか、仁は困惑した顔になった。


「ここから逃げて私の下で修業を積むのよ。二年か三年……それぐらいすれば、この世界でキミは最強の存在になる。そうすれば――」


 天使だろうが、悪魔であろうが、誰が相手でも負けはしない。

 パメラを迎えに行くこともできるし、母親との繋がりも自力で取り戻せる。


「あなたは私を超えるシリウスになる。私が誤ってキミを撃ち抜いたのも、本気で殺そうとしたのに生きているのも、力がキミを求めたからに他ならない」


 暗殺者としてのとびきりの才能が、紅山仁にはあるとエリザは確信した。


「この世界で一番強くなれば、何も奪われず、全てを取り戻せる。だから――」


 そう言って、彼の手を取ろうと近寄る。

 しかし当の仁は暗殺者への切符を受け取らず、こう返した。


「必要ない。俺は、このままで良い」

「…………どうして?」


 年甲斐もなく、愛の告白が失敗したような気持ちになってしまう。

 だけど不思議と驚きではなく、胸中には『やっぱりそうか』という感情が広がった。


「俺には、母さんを置いていくことは出来ない」


 シーツをギュッと掴み、彼は絞り出すように声を発した。


「パメラの事は好きだ。本当に心の底から大好きだ。でも叶うのなら、俺は母さんの下に帰らなきゃならない」

「……いずれは母親も取り戻せる。もちろん私も手を貸すわ」


 苦し紛れの言葉を加えるが、やはり首を縦には振らない。


「血の繋がった肉親を蔑ろにするヤツは屑だ。アンタもそう思うだろ?」

「……」


 悲しそうに言った小生意気な台詞に、何も言い返せなかった。

 例え共に過ごした記憶がなくても、エリザには娘に対する愛があった。

 世界の均衡を保つために戦ってきた彼女も、娘のためならば何でもした。

 傷つけようが、嫌われようが、あの子が少しでも幸せになるのなら、どんな非情すら可能だった。


 だから娘の恋を成就させようという我儘が、母想いの彼に通用するはずもなかった。


「なら言い残すことはないわね。せいぜいマザコンっぷりを発揮すると良いわ」


 懐柔は不可能だと確認し、文句を残してエリザは背を向ける。

 これでもう、自分がしてやれることは、本当に何もなくなってしまった。


「待ってくれ。一言だけ、言わせてくれ」

「? 何かしら」


 振り返らずに立ち止まると、思いがけない言葉が飛んできた。


「ありがとう」


 何とも場違いな感謝に、エリザはいよいよおかしくなりそうだった。


「あなたのおかげで俺はパメラに恋をした。アイツの為に戦うことが出来た。何より、あんな素敵な女の子に出会うことが出来た。――だから、ありがとう」


 馬鹿げたセリフに、彼女の美しい青髪が震える。

 賢しいクソガキの分際でそんな言葉を口にするとは、本当に頭にくる。


「……どういたしまして」


 幸いにも面の皮の厚さが役に立ち、みっともない姿を晒さず逃げることが出来た。

 静かな廊下に出て、窓から見える夜空を濡れた瞳に映す。

 ぐちゃぐちゃにされた感情とは違い、星々は憎いほど燦々と輝いていた。


「――ただでは済まさないから」


 女の子を泣かした以上、責任を取ってもらうべきだと暗殺者は思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ