24.銃口の先
被弾してしまったラグエルに代わり、ピコが代理として対処することとなった。
「何人撃たれたの!? 生存しているチームは!?」
負傷したラグエルとパメラを引っ張り、モール内に逃げ込んだ彼女は焦っていた。
階段の踊り場に寝かせた上司は息も絶え絶えで、いつ受肉体が崩壊してもおかしくない。
辛うじてパメラを縛る鎖は顕現しているが、果たしていつまで持つか。
『建造物に配置した狙撃チームは……全員が生体反応をロストしました。他にも遮蔽物の少ない位置にいた部員が数人、連絡が取れない状況にあります』
指揮系統を預かる本部からは、悪い報せばかりが入って来た。
おそらく仁の狙いはこれだったのだ。
モールの屋上にパメラを呼び、部員達を一か所に集中させる。
そして広域戦闘の切り札となる狙撃手を、彼は真っ先に排除した。
「予備のスナイパー……狙撃術に優れた部員は?」
『都市内に駐在しているのは、先に投入した五名のみです。他は基本訓練を受けた局員か、新人しかおりません』
それではシリウスを相手取るのは不可能と言える。
ただでさえ、弾丸を捻じ曲げるという常軌を逸した力を持っているのだ。
これでは勝負にすらならない。
逼迫した状況に歯痒み、重苦しい表情のパメラを見やる。
もしシリウスを打倒できるとすれば、その心当たりは一つしかない。
「市街地に出てる局員に、武器を隠して行動するよう通達しなさい。それと彼の居場所を……予測でいいから弾きだして」
差し障りない程度の指示を出し、一度通信を切る。
ピコは壁に寄り掛かったラグエルへと向かう。
「ラグエル様、傷の具合は?」
「……芳しくはない。だがパメラの拘束は、当分の間は維持できるだろう。今は私の事よりも彼の動きの方が重要だ。状況はどうなっている?」
「目下捜索中です。周辺一帯を探せば、すぐに処理できるかと」
「いや……それではダメだろう。彼はもっと離れた位置から撃っているはずだ」
ラグエルの予想に、ピコは首を傾げた。
「しかし彼は我々の姿を認識していました。付近の建造物に潜んでいるのでは?」
「我々は失念していた。彼の傍にはザフキエルが居るだろう?」
彼の指摘にピコはハッとなる。ザフキエルの寄生視を思い出したのだ。
もし彼女の力を借りたのなら、局員か誰かの視界を盗むことができる。
「ザフキエル様が、彼に協力したと言うのですか?」
「当初は人質交換が行われるものと思っていた。我々だけでなく、ザフキエルもそう考えただろう。彼女が紅山仁に周囲の状況を伝えていても、不思議ではない」
仁は彼女を謀って部員の位置関係を確かめ、狙撃を行ったとラグエルは語る。
「信じがたい事だが、彼は本物のシリウスらしい。弾は貫通しているというのに、一向に治癒が完了しない。……なんたる様だ」
してやられたと零すラグエルは、血を吐きながら心中を吐露した。
そこで再び通信が入り、本部から報告が上がる。
『観測された弾道から、敵の位置の概算が出ました。おそらく国立公園の方面……園内に設置されている塔から発射されています』
「……ここから二キロ以上離れてるじゃない!?」
馬鹿げた距離からの狙撃に驚愕する。
そもそも使用された7.62mm×NATO弾は、800メートル程度が最大の有効射程距離とされている。
いかに強化したとしても、それ以上の距離をもって命中させるなど、通常ならば在り得ない。
どうやら彼は、件の暗殺者なのだと認めざるを得ないようだった。
だが場所が割り出せたのなら、対処のしようがある。
「局員は変わらず武器を隠し、気取られないよう国立公園に向かいなさい。彼を発見してもすぐには攻撃せず、先にザフキエル様を確認するよう伝えて」
指示を受けた中継員は了解し、そこで通信は途切れた。
これで彼を打倒できれば良いが、もし叶わなければ最後の手段に出るしかない。
傍らに座り込んでいるパメラを見ると、沈痛な面持ちで無言を貫いている。
(……まさか本当に使うことになるわね)
ピコはポケットに触れ、その時を待った。
****
ソサエティに設置された国立公園、その中央。
仁は以前パメラと昇った塔の展望スペースに居た。
事前に高速エレベータを故障させ、施設を休止状態にさせていたため、建物に人の気配はない。
ザフキエルを確保した後、勤務していた係員を薬で眠らせ、満を持して陣を敷いたのだ。
狙撃用にぶち抜いたガラスから冷気が入り、構えていた彼はフーッと息を吐く。
「どうやら、連中もここが分かったみたいだな」
ラグエル、そして狙撃チームを順次排除した彼は、自らの戦火に満足する。
だが油断は禁物だ。
彼らも馬鹿ではないため、武器を振り回すことはない。
受肉した天使や悪魔は一見すると人間と変わりなく、一般人と区別することは不可能である。
一息ついてライフルの頬当てから顔を離すと、背後から声が上がる。
「まさかこれ以上、ウチの諜報員が倒せるとは思ってはいまい」
友好的だったザフキエルだが、仲間を天界送りにされて態度を一変していた。
明確な敵意を飛ばす彼女に対し肩を竦める。
力を利用されたのだから気持ちは分かるが、読み通りパメラの目にピントを合わせているなんて、度が過ぎる過保護ぶりだ。
「死んでるわけじゃないだろ? これぐらいでへそを曲げるなよ」
鋭い彼女の視線であったが、彼も負けじと睨み返した。
「人の人生を滅茶苦茶した癖にどの口がほざく? 俺の身になってみれば、お前らに憎しみを抱いても不思議ではないだろう?」
「では君は……我々への復讐が目的だったのか?」
「少なくともアンタらが何人死んでも、俺は何も思わないな」
彼は言い捨て、椅子に縛り付けた彼女を無理やり窓際へ移した。
「伝説の肩書きも意外と馬鹿にできない。存分に盾として役立ってくれ」
「貴様……」
殺意を向ける彼女を無視し、時計を眺めながら小さなスイッチを取り出す。
「そろそろ連中も、公園内に入り出す頃だ」
ザフキエルに見せつけながらボタンを押すと、外から爆発音が響いた。
彼女が何事かと外を見ると、園内のあちこちから火の手が上がっていた。
「人払いが必要だろう? 俺としても一般人を巻き込むのは、気が引ける」
「何も知らない人々を避難させる……というわけではないだろう?」
苦々しい顔のザフキエルは、どうやら仁の考えに理解が及んだらしかった。
さすがはパメラの母親を名乗るだけはある。
仁は狙撃銃のレティクルを覗き込み、逃げ惑う人々を観察する。
すると園外へと逃げる人の中、流れに逆らってこちらへ向かう人影が見えた。
「――馬鹿が。照準さえつけられれば、お前らの正体は丸わかりだ」
十字線がコートの男に合った途端、身から放たれる霊的エネルギーが映し出された。
受肉した天使だと分かった所で、躊躇うことなくトリガーを絞る。
スコープの先で男は頭を撃ち抜かれ、人の海へと墜ちていった。
「君は……本当にシリウスなのか?」
ザフキエルは未だ納得がいかないのか、疑問を口にする。
「完全呪甲弾。暗殺者シリウスの力を目の当たりにして、まだ馬鹿げた質問をするのかよ」
暗殺者シリウスの持つ力。
銃弾を捻じ曲げ、遥か彼方の敵へと命中させる射撃能力。
銃という概念において、あらゆる者を凌駕する拳銃戦闘術の極地がそれだ。
スコープに捉えれば必中する紅い弾丸は、まさしくシリウスの代名詞である。
仁は怪しい動きをする人物を次々にレンズへ映し、乾いた金属音と共に葬り去った。
しばらくすると標的は居なくなり、国立公園からは人の気配が消えた。
「これで奴らも理解しただろう。普通に戦うだけでは勝てないと」
相次ぐ凶撃によって、国立公園内は無人地帯へと変貌を遂げた。
人間の介入は、情報部の体質を鑑みれば排除して良い。
人間の信仰を力の源にする天使は、自分達の存在が露見するのを最も恐れているからだ。
しかし何も考えず園内に足を踏み入れれば、彼に撃たれるのは自明である。
美しい木々や花が植えられてはいるが、基本的に遮蔽物のないだだっ広い場所なのだ。
塀や大樹に囲まれた安全な経路は先の爆発で使えず、彼らは手詰まりな状況である。
再度救出作戦を決行するとなれば、視界が悪くなる日没後だろう。
「……日が落ちるまで、あと一時間弱か」
選択肢を一つ一つ削り、脳裏に描いた展開へと近づけていく。
あとは信じて待つ他ない。
仁は指をトリガーにかけたまま、吐き気がする緊張を自らに課し続けた。
****
人払いを行ったショッピングモールで、ピコとラグエルは本部からの報告を受けていた。
端末を通して流れてくるのは、次々に部員が天界送りされたというもの。
情報統制によって国立公園が無人となった時には、事態はより深刻なものになった。
「ラグエル様。投入した戦力ですが、全体の二割が消失しました」
「……異界で名高い諜報組織が、なんということだ」
失血によって顔色の悪いラグエルは、寂寥に満ちた感想を述べる。
医療班がやってきて応急措置にあたったが、シリウスの力のせいか治癒術が一切機能しなかった。
もはや半刻すらも現界は叶わない状態だ。
「……」
パメラはそんな目の前の光景だけでなく、仁が敵に回った事実に凍り付くばかり。
何をすれば良いのか、何の為に自分が居るのか、それを見失っていた。
「日が落ちれば、園内に突入することは可能です。彼も光増幅式暗視装置は準備しているでしょうが、これまでほどの攻撃力はないはず」
ピコは代理統率者らしく、次に取るべき戦術を提案する。
彼女だけでなく周囲に集まった部員達も同様だった。
この場にいる者は皆すでに、強力無比な暗殺者を相手にしているという意識で覚悟を決めている。
対して事切れかけているラグエルは、厳しい相貌で言葉を返した。
「それだけでは足りん。……あと二つ、やるべきことがある」
「やるべきこと? それは一体?」
「一つはパメラの処理だ。私が力を抑えている内に、彼女を排除する」
ピコはわずかに視線を泳がせたが、肝心のパメラは反応を示さない。
こうなると予想していたため、大した衝撃はなかった。
「……もう一つは何でしょう?」
恐る恐るピコが聞き返すと、ラグエルは躊躇わずに言った。
「紅山仁の母親を連れてこい。彼女を使ってザフキエルとの人質交換を行う」
「――ッ!?」
今度ばかりはパメラも無視することは出来なかった。
彼女だけでなく、その場にいた局員達も一様に驚きを示した。
「本気ですか!? 彼はともかく、母親は全くの無関係な人間なんですよ!?」
「理解している。だが状況を変えるためには、これは最も効率が良い」
至極簡単な話だ、と彼は言い切った。
「待って下さい!! 私はともかく、彼の肉親まで巻き込むのは止めてください!!」
これまで沈黙を守っていたパメラは、悲鳴を上げてラグエルに懇願する。
しかし彼は頑として態度を変えず、部員達に向けて命令を下す。
「行動に移れ。全ては平和の為、均衡を保つために必要なのだ」
彼の一声がかかるが、さしもの部員達も戸惑いを見せる。
彼らにしても先ほどの会話から、パメラが地上を巡った理由を知った。
それを何も思わない程、冷徹ではない。
しかも何も知らない一般人を巻き込むことには、さらに躊躇いが現れていた。
部員達の意見を代弁するように、ピコが前へと進み出る。
「ラグエル様、そのような行いは正しくありません。命令には従えません」
「ほう。筋金入りの主義者であるお前が、まさか反論するとはな」
「秘密情報部の為に戦う――私にはその自負がある。あなたの命令を守ることが、私の責務ではない。そのような愚行には力で抵抗します」
ピコは手元にパラソルを呼び出し、先端をラグエルへと向ける。
柄の引き金を引けば、銃撃が飛び出す仕組みになっている。
つまりこれは意思表示であった。
「直属の上司に銃口を向けるとはな、驚嘆に値する」
「あなたを天界送りにし、パメラを解放します。彼女ならシリウスを倒せる」
「――え!?」
緊迫した雰囲気でいきなり名を呼ばれ、パメラは当惑する。
これには睨み返していたラグエルも目を瞠った。
「パメラが紅山仁と戦うと、お前は思っているのか? 我々のした仕打ちを考えれば、彼女がそんな行動をとるとは思えんが?」
「そいつは秘密情報部の為なら何でもする。私達と同じように、どんな敵とだって戦うわ」
まるで自分のことのように言いきる姿に、パメラはますます困惑する。
どんな危険な任務にも従事し、どれほど恐ろしい敵とも戦ってきた。
そんなパメラでも、仁と戦うことは想像も出来ない。考えるだけで背筋が凍る。
しかしピコの瞳には、揺るぎない自信が宿っていた。
「他の者も……ピコの考えに賛同するのか?」
ラグエルの咎めるような問いかけに、部員達は黙りこんだ。
「……煮え切らん奴らだ。手本を見せてやる」
何を思ったのか、ラグエルは瀕死の体に鞭を打って立ち上がった。
両手を横に大きく広げ、ピコの向ける銃口を受け入れるポーズをとる。
その姿に一同は驚愕を示するが、当人はまるで動じない。
「私は後悔していない。パメラのことだけでなく、これまでやって来た全てを。私の存在はすべからく、秘密情報部のためにあるのだ。必要ならば命をかける」
「……では私のすることを、あなたは許してくれますか?」
ピコは表情を変えず、真っ向からラグエルを臨んだ。
数分後に迫った死の気配を感じさせず、ラグエルは軽く溜息を零す。
「情報部の為になるのならな」
「ではあとは、私にお任せください」
一礼と共に、火薬の爆ぜる音が響く。
巨躯が折れ、年季の入った体と一緒に、その魂が淡い光に消えた。
同時にパメラを縛り付けていた鎖が霧散し、彼女は自由の身となった。
「……ピコ、どうして?」
身軽になったはずなのに、胸の内はまるで晴れなかった。
パラソルの先から硝煙を上げ、構えを解かずにピコは立っている。
彼女は振り向かず、パメラへと問う。
「私のやることは決まった。……アンタはどうするの?」
挑むような口振りだった。
「私は……」
ラグエルの最後。ピコの覚悟を目の当たりにしても、すぐには答えが出せなかった。
パメラはしばし悩んだ末、一つお願いを申し出ることにした。




