22.作戦開始
要塞都市ソサエティに壁と結界が出現したのは、今から約二十年ほど前のこと。
それ以前は美しい夜空が見えると有名で、仁は幼いころ母から聞かされていた。
「今は見えないけれど、ここから見えた夜空は本当にきれいなもんだったのよ」
「へえー、そうなんだ。お母さんも見たの」
「そうよ。お父さんと一緒に見に行ってね、いつかここに住んでみたいって話したの」
仁の父は、彼が生まれてすぐに事故で亡くなった。
そのため記憶どころか声も覚えておらず、母から聞く話だけが父親の姿であった。
「きれいな夜空を見ながら、プロポーズされたの。ロマンチックでしょう?」
「そうなんだ。雰囲気にやられたんだ、父さんは」
「なんてことを言うのかしら?」
「それでお母さんは何て言われ……ううん、何て言わせたの?」
「この子ったら、私が脅迫したとでも思ってるの?」
頬をつねられた後、母の香織は恥ずかしそうに父親の言葉を述べた。
「母さんの目を見て『この夜空より、キミの方がずっと綺麗だ』って言ったの」
「ふーん、それで結婚しようって流れになったのかー」
自分の誕生にかかわるルーツを知り、ふむふむと幼い彼は頷く。
そして無駄に賢しかった彼は、余計な言葉を添えた。
「父さんは、眼科に行くべきだったね」
その日、仁は夕食抜きを言い渡された。
****
仁が要塞都市ソサエティへと潜入してから、三日が経過していた。
彼はエリザの協力によって準備を進め、同時に情報部の動向も窺っていた。
「パメラを天界へ強制送還することが決まったみたい。転送施設に移送されるわ」
「その設備はどこにあるんだ?」
作戦に移る前、二人は拠点のホテルで情報部の動きを推測した。
「今あの子を幽閉している場所から、都市を北東に向かったところよ」
「つまりアイツを載せた護送車がメイン道路を通るってことか」
テーブルに広げた地図を見ながら、救出作戦の詳細を練る。
「狙撃をかますなら、やっぱりこのビルが適してるな」
「あとはこの建物も良いかしら? 良好なのは二箇所ね」
地図上で赤く記された部分を指さし、強襲をかけるのに絶好の位置を探る。
「あと例の装置はここにあるのか?」
仁は狙撃位置のほか、地図に示されている四つの黒丸について問う。
「ええ。これは以前から秘密警察でも探っていたから、まず間違いないわ」
「じゃあここへも忍び込まなきゃな。脱出の時に必要になる」
「では後は手筈通りに。装備は私が持ち込んだ物も使いなさい」
「サンキュー。働きに免じて、第二婦人にしてやっても良いぞ?」
「玉を磨り潰すわよ?」
「冗談に聞こえないから怖い」
そんなやり取りを終え、彼らは作戦行動を開始した。
****
作戦決行の三十分前。
仁は事前の策の通り、メイン道路沿いのビルの屋上へとやって来た。
彼は以前訪れたフリーマーケット、そこで新たに購入した警備員の制服を着用していた。
下見済みであるが警戒しつつ、大きな広告看板の下へと陣取る。
抱えていたドラッグバッグから、ゴツイ銃身を持つH&K社製PSG1スナイパーライフルが顔を覗かせる。
発射体勢は最も安定する伏射を選択し、ライフルをセッティングした。
八キログラムという重量に頬当て、照準器までが完備され、すでに零点規正も行われている。
次いで仁はライフルの後方に、魔法陣らしき物が描かれた布を広げた。
「青髪巨乳のエリザさんには、頭が上がりませんねえ」
時間を合わせた腕時計を見ると、まもなく予定の時刻となる。
「あとはただ待つのみだな」
いつでも射撃できるよう伏射状態に入り、スコープにメイン通りを映し出す。
十分後。信号が赤から青に変わったところで、レンズに厳つい車両が映った。
前後を黒塗りのセダンが挟んでおり、その無骨な見てくれは強襲用に備えた装甲車に近い。
秘密情報部が手を回した、パメラ護送用の車両だとすぐに分かった。
全身に緊張が走り、人差し指をトリガーに掛ける。
視線の先、一団は時速約三十キロを維持したまま、ゆっくりと道路を北上する。
仁は十字架状のレティクルに、前方を走るセダンを映した。
「さあ、いつでも来い!」
気合の入ったセリフと共に、平穏な街中に銃撃が巻き起こった。
被弾したのは彼が狙いを付けたセダンでなく、装甲車の方だった。
しかもフルオート射撃が敢行されたのか、分厚いボディと銃弾が激しい金属音を奏でる。
この銃撃は別の位置についたエリザによるもので、作戦通りのものだった。
数秒間の凶撃が止み、護送車と両側のセダンが急停止する。
護送車からは誰も出てこなかったが、セダンからは武装した複数の部員が躍り出た。
「――居た!」
部員達の中には、幹部であるザフキエルの姿もあった。
仁は素早く照準を彼女に向け、肺から息をゆっくりと吐きだす。
三割程度の空気を出したところで呼吸を止め、人差し指へと全神経を集中させる。
(まだだ……まだ。こちらに早く、横顔を見せろ!)
車両のかげに隠れるザフキエルは、逼迫した顔で狙撃方向を見据える。
そして次の瞬間、不安げな面持ちで護送車へと視線を向けた。
(今だ!)
仁はガク撃ちを避けるため、絞るようにトリガーを引く。
ハンマーで鉄を打ったような音が響き、弾丸が虚空を駆け抜ける。
放たれた7.62mm×NATO弾は、見事ザフキエルの死角である左側面を撃ち抜いた。
「上手くいった!」
伏射から復帰すると、背後に備えた魔法陣が光り始める。
光の中から姿を現したのは、先ほど狙撃されたザフキエルだった。
「ようこそ、エセ天使殿」
「――君は!?」
事態を飲み込めない彼女に対し、仁は容赦のない蹴りを食らわせた。
彼女の小柄な体は面白いように飛び、屋上のドアへと叩きつけられた。
彼は上着から取り出した特殊錠を、苦悶する彼女の手首へと嵌める。
「アンタには人質になってもらう。パメラの引き出すための餌にな」
「な、何を……」
ライフル一式を片した彼は、無力化した彼女をひったてて非常階段を駆け降りる。
ビルの側面に停めておいた自動車。その助手席へと彼女を突っ込む。
「……転移弾を使ったのか。一体どこの連中と手を組んだ?」
「秘密だ。それと今の弾丸だがな、あれはパメラから貰ったものだぞ」
以前貰っていた転移弾だが、仁はエリザに頼んでライフル用に加工を施していた。
特殊錠によって力を封じられたザフキエルは、痛みを堪えるようにして口を開く。
「何が狙いだ?」
「一言では難しい。強いて言うなら、このペンダントを渡しに来ただけだよ」
車を走らせながら、パメラから借りた銀のペンダントを見せる。
「何だ? 贈り物でもしに来たというのか?」
「ふーん、そういう反応か」
揶揄するようなザフキエルだが、この品については知らないらしい。
パメラの持つ銀のペンダントは、どうやら彼女からのプレゼントではないらしい。
仁が確信する一方で、智将ザフキエルもやり取りの意味に気付く。
「貴様……今、何を確かめた?」
「携帯をよこせ。話はそこからだ」
仁はザフキエルから携帯端末を取り上げ、テキトーに履歴の一番上を呼び出した。
『ピコです!! ザフキエル様、今どちらに!?」
「……!?」
予想外の人物が飛び出し、仁はわずかに動揺を見せる。
部内での関係を考えれば、ラグエルの部下が出てくるとは思わなかったからだ。
しばらく考えた後、マイクを手で塞いでザフキエルに指示を出す。
「アンタの状況を正確に伝えろ。それ以外は好きにしゃべって良い」
「……分かった」
ザフキエルは頷き、仁は携帯を向けた。
「ピコ、ザフキエルだ。私はいま紅山仁に捕えられている」
『!? 彼は今どこです!?」
「すぐ隣に居る。電話出来たのは彼からの指示で、私は人質というわけだ。彼は情報分析官である君を、今後の交渉役に指名したいそうだ」
そう言ってザフキエルは、意味深な視線をこちらに返した。
今の発言を考えるに、ザフキエルはピコを窓口にしたがっている。
情報部内のパワーゲームであるが、どうやら予想以上に複雑化しているようだ。
仁は携帯を戻し、今度は自ら電話に出た。
「愛しの仁くんだ。相変わらず貧乳か?」
『何が狙い? ザフキエル様をどうするつもり?』
「人質交換といこう。そちらにはパメラを用意してもらいたい」
『パメラを? ……それで方法は?』
「焦るなよ。次は指定した公衆電話に連絡をつける。次もお前が出ろ」
連絡先を告げ、手早く電話を切る。
付け回されてはたまらないため、窓から端末を投げ捨てた。
「アンタ、ピコと仲良しになったのか? もしかしてパメラを一緒に嵌めたのか?」
「まさか。手塩にかけた娘を守るため、私も必死ということだ」
「……」
ハンドルを捌きながら思考を進め、次の質問を投げる。
「アンタを餌にすればパメラを引き出せる。俺のこの読みに間違いはないか?」
「……謙遜しなければ、情報部は私を取り戻そうと動くはずだ。なにせ生きる伝説なんて呼ばれているからな。私は意外と人気者なのだよ」
「それは何よりだ」
これで準備は整った。いまの所は順調である。
手応えを掴んでいると、助手席のザフキエルが思いがけないことを口走る。
「協力……しようじゃないか。君もパメラを助けたいのだろう?」
まさかの提案に少しばかり驚く。
パメラはザフキエルに親愛の情を持っていたようだが、どうもそれは一方通行のものではなかったらしい。
「アンタ本当にパメラが大事みたいだな。演技なら大したもんだ」
「演技ではない! パメラのために私を使うべきだ。君なら分かるだろう?」
「それはそれは……なら手を貸してもらおうか」
ザフキエルの必死の申し出であるが、仁からすれば棚から牡丹餅と言える。
協力を取り付けるための手間が省けるというもの。
「人質交換をやるから、アンタには目になってもらいたい。頼みはそれだけだ」
「……君は一体何をするつもりなんだ?」
「簡単さ。一度やったことを、もう一度やるだけだ」
彼はそう言って、規則正しい要塞都市の空を見る。
冬の恒星へと挑む、紅山仁の大博打が静かに始まった。




