20.要塞都市潜入
智将ザフキエルの予想は正確で、仁がソサエティのIDカードを偽造すると見抜いていた。
実際これは慧眼で、彼も他の手段は思いつかなかったのである。
とはいえ、何もかもが上回られた訳ではない。
「偽造屋や便利屋を使うのはなしだ。手を回されている可能性がある」
セーフハウスで、エリザと仁はIDの偽造について意見を戦わせた。
エリザも都市近郊の偽造屋を使う危険性は承知したが、それ以外の方法は浮かばないと言う。
「今から秘密警察のツテを使っても、一週間以内にキミのIDを用意するのは無理よ?」
彼女の忠告を受け、仁は残された最後の手段について言及した。
「俺達だけで都市発行のIDを偽造するんだ。それしかない」
それが仁の導き出した答えだった。
他者の力を借りれない以上、当たり前というか、他に手はないという事だった。
「そりゃ出来れば良いけど、秘密情報部が製作に携わったIDカードなのよ? 偽造防止技術がわんさか投入されてるから、簡単に出来るわけがないわ」
エリザは難易度の高さから渋い顔を見せた。
ソサエティ発行のIDカードはICが組み込まれ、他にもマイクロレターや紫外線反応インク等の技術も採用されている。
「魔術関係の仕掛けだって使われてるはず。そうなると個人レベルで対応できるようなものじゃない。私たち二人じゃあ、絶対に再現できない」
「分かってる。だから正規の方法でIDを取得するんだ」
「はあ? どういうこと?」
「ソサエティのID発行窓口に行き、必要書類を提出して手に入れるってことさ。発行そのものは一日で出来るから、時間的には間に合うはず」
ID発行窓口は都市外にいくつか用意されている。
正規ルートで作ったIDならば、当然ゲートで拘束されるような事はない。
しかし発行には、一般旅券と同様に身分証明書類が必要になる。
「そうは言うけど、君は個人情報を喪失してるじゃない。……ああ、なるほど」
エリザは仁の言いたいことを理解したらしく、コクコクと頷いた。
「他所にいる誰かの個人情報を借りて、IDを発行しようと考えてるのね」
年齢が近い同性の身分を借用する。それが仁の考えた案だった。
エリザに頼んでおいたのは、一般の大学に通っている学生で、さらに海外留学中の人間を探してほしいというものだった。
それが偽装工作初日の話である。
****
偽装工作三日目。
仁は早くもエリザから提供された情報を頼りに、ある大学生の住民票、戸籍謄本、そして運転免許証のコピーを手に入れていた。
「スーツに伊達眼鏡、結婚指輪まで用意してたのはこのためだったのね」
セーフハウスに持ち帰った書類を見て、エリザは感心したように言う。
仁はある男子学生を標的にし、彼の実家を訪ねた。
大学の学生課職員を騙り『お子さんのパスポートに関連して、留学手続きに不備がみつかった。運転免許証のコピー、戸籍謄本、住民票を用意していただきたい』と両親に頼んだのだ。
当然学生の両親は驚きを示した。
しかし大学の学生便覧やシラバスを熟読し、身なりを整えて名刺まで用意していたため、疑いを受けることはなかった。
これは外務省の役人を騙って、事前に電話を入れたのも効果を発揮した。
「住民票と戸籍謄本は、親なら委任状なしで手に入れられる。それに海外留学中なら、運転免許証は親元に預けていると思った」
「ふーん、脱走騒ぎを起こしたのも頷ける。キミはまさに一流の詐欺師ね」
「悪魔に言われるなんて心外だな。まあ巨乳補正でOKとしておく」
「でも運転免許証は使えないわ。住民票と戸籍謄本は文字情報だけだけど、こっちは別人の顔写真が貼ってあるんだから、窓口に出せば即アウトよ」
「だな。だから運手免許証だけは、手作りしなきゃいけない」
書類を用意した後、続いては普通自動車免許の偽造にかかった。
まずコピーした免許証をスキャンし、パソコンに画像データとして取り込む。
そしてネット上で拾った高解像度の免許証画像を、見比べながらソフトで修正していく。
意外にも普通自動車免許のフォントは、俗に「角ゴシック」や「丸ゴシック」と呼ばれる独自規格なのである。
故に類似するフォントを見極め、慎重に選択する必要がった。
次に顔写真を添付する段階であるが、そのまま仁の顔を使えばバレるのは必至。
そこで買っておいたコルクをライターで燃やし、髭のように見立てて顎へ付ける。
カラーコンタクト、伊達眼鏡を着用し、さらに脱脂綿を頬に入れて輪郭に丸みを持たせた。
「どう? 高校生の紅山仁に見える?」
「そうねえ、性犯罪をやらかしそうな見た目になったわ。上出来よ」
「とんでもない評価だけど、まあ良いか」
イマイチ納得できなかったが、そのまま証明写真を撮りに行った。
手に入れた写真をスキャンして取り込み、偽造した免許証データにレイヤーとして配置する。
昇華型熱転写プリンタを使用したため、問題なく公安委員会のマークも印刷できた。
印刷した紙面を名刺に貼り付けて裁断機で角を落とし、最後にラミネートする。
こうして顔写真を紅山仁(性犯罪者)に変えた免許証が完成した。
出来上がったものをエリザに見せると「やるわね」と感心した顔になった。
「随分詳しいけど、もしかして実際に偽造した経験があるの?」
「実はアダルトショップで買い物するため、一度作ったことがあるんだ」
「最低な理由ね。感心した私がバカだった」
ゴミを見るようなエリザはさておき、さっそく近郊の発行窓口へと向かう。
監視の目があると想定し、エリザを離れた位置に付けて申請用紙を記入する。
窓口係が免許証に触れたときは緊張したが、ものの十五分程度で申請処理は終わった。
「意外とあっけなかったな。あとは荷物を片して、潜入するだけか」
「そうね。同時に壁を超えるのは危険だから、私は先に行くわ」
セーフハウスに戻った後、エリザは行先を告げてソサエティへと一足早く向かった。
その夜。一人になった仁も、壁越えに向けて荷作りを開始する。
「……よく考えたら、美女と二人で寝泊まりしてたんだよな」
忙しかったため気にしなかったが、よくよく考えると浮気ものの行為だった。
銀髪美少女に愛を誓ったというのに、本当にこれで良いのか?
「とりあえず、今日はあの女が寝てたベッドで床につくか」
流れるような変態思考を踏み、仁は就寝した。
****
偽装工作四日目。
仁は無事、要塞都市ソサエティへと潜入を果たしていた。
手荷物は着替えを数日分詰め込んだだけで、他は特に携帯しなかった。
当然だが例の性犯罪者風の変装を施してから、ゲートの所持品検査を受けた。
甘く見てない限り捜査網が敷かれていると考えていたため、ここは最も緊張する場面だった。
だが入念に行った工作活動が実を結んだのか、三十分足らずで壁越えは成された。
ゲートを超えた後は監視カメラや情報部員を警戒し、フードを被って移動する。
途中いくつか寄り道をした後、出発前にエリザが述べていたホテルを目指した。
フロント係に偽名を伝え、803号室の部屋へと至る。
ドアを五回ノックしてから、中へと足を踏み入れた。
「おーい。……出かけてるのか?」
中には人の気配を感じられなかった。
ようやく安全圏に来れたと思い、ドカッと備え付けられたソファへと腰を下ろす。
「あら、もう来ちゃったの。お疲れさま」
「? なんだ部屋にいるんじゃ――!?」
声の方を見ると、バスタオルで体を拭くエリザの姿があった。
驚くことに、彼女はほとんど全裸近い状態で仁の前へと現れた。
「何やってんの!? 生まれたばかりの姿じゃないか!?」
「シャワー浴びてたんだから、しょうがないでしょ」
赤面する仁とは対照的に、彼女は濡れた髪にドライヤーをかけ始めた。
パンティだけは履いているが、大きな乳房が露わになっている。
パメラにも引けを取らない逸品だ。
くそう、自然と目が吸い寄せられてしまう。ブラックホールおっぱいか!?
「俺を誘惑してどうする気だ!?」
「労いの気持ちを込めて、スケベな君にサービスしてるのよ。嬉しくないの?」
「ふざけんな!! ありがとうございます!! でも俺はパメラのおっぱい一筋だからね。アイツのおっぱいの方が綺麗だと断言させていただく!!」
「あら。キミあの子とそんな仲になってるの?」
パメラの胸を見分したという発言に、エリザは愉快気に突っ込む。
「すでに俺の両手は銀髪おっぱいとの接触を果たしている。この意味が分かるな?」
「ふーん。どうせ、偶然を装って触っただけじゃないの?」
「ち、違うし! 性犯罪者みたいに言うな!」
「はいはい。分かったわ。からかってゴメンね、坊や」
必死に反論すると、エリザも飽きたのかさっさと服を着始めた。
正直名残惜しかったが、プライドがあったのでチラチラ着替えを覗くだけにした。
「それで要塞都市まで無事入り込めたわけだけど、肝心の奪還作戦はどうするの?」
彼女は乾かしたばかりの青髪を靡かせ、仁へと迫った。
「えーと、まずは武器の確認。それとパメラの居場所を掴む必要がある」
仁はそう言って、寄り道して回収したケースを開く。中からはなんと拳銃が現れた。
まさか武器が出てくるとは思わなかったのか、エリザは目を瞠る。
「どうやってここに持ち込んだの?」
二梃拳銃に弾薬、手榴弾、諜報用の電子機器を見て声を上げる。
これらを伴ってゲートの所持品検査を超えるなど不可能なため、彼女の反応は無理からぬことだった。
「持ち込んだんじゃなくて、置いていたんだよ。これは元々養成所にあった物だ」
仁は養成所の射撃場などから、いくつか機器を持ち去っていた。
分厚い教程マニュアルを箱代わりにして自室へと運び、パメラとの外出を利用して持ち出したのだ。
あの無駄に大きいキャリーバックに詰めて。
「あの子の目を盗んで、どうやって隠したの?」
「なーに、パメラはあれで純情初心な所がある。アダルトショップに駆け込めば、店内までついてくることはないと思ったのさ」
例の変態ドクターの経営するショップに入り、裏手にあるもう一つの出入り口から外へ出た。
長期保管できるコインロッカーに物を預け、何食わぬ顔で店へと戻る。
開放的なアダルトショップを目指した店長には、頭が上がらない。
「次にパメラの監禁場所だけど、確か縁の物があれば良いんだっけ?」
「え、ええ……そうよ」
肝心要のパメラの居場所だが、これはエリザから提案がなされてた。
なんでも捜索対象が身に着けていた品があれば、探査術式なるもので居所を見つけられるらしい。
「当てがあるって言ってたけど、あの子から何か贈り物でも貰ったの?」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
仁はそう言って回収したケースの中身を床にぶちまけた。
パメラ縁の品物と言えば銀色のペンダントがまず頭に浮かぶが、実はもう一つあった。
「これだ。俺の宝物だ」
彼がエリザへと差し出したのは、以前お部屋訪問で手に入れた黒パンティだった。
「うわ、ドン引き。本当に性犯罪者だったのね?」
「アンタが必要って言うから、進呈しただけだろうが!!」
「いやでも、まさか下着が出てくるとは思わないわよ」
「うるさい!! 出来るの出来ないの!? どっちなの!?」
「いやそりゃ可能だけれど……あの子に同情するわ。可哀想に」
得心がいかない様子のエリザだが、神妙な顔でパンティを床に安置した。
不可解な文言がしばらく続いた後、何やら魔法陣らしきものが奔る。
「分かったわ、パメラの居場所。ここから南西三キロの所に居るわ」
「へえ、すごい。銃をバカスカ撃つだけじゃないんだな」
「あまり舐めると、銃弾を撃ち込むわよ?」
横目で凄まれたため、すぐさまゴメンナサイをかました。
とにかくこれで囚われの姫の居場所が判明した。
あとはどうやって救出するか、という問題だけになった。ここからが本当の正念場なのである。
彼女を助けた末、この鳥籠のように囲まれた世界から逃げ出す。
「……」
しかしそのあとは、一体どこに向かえば良いのだろうか?
そんなことを考えていると、エリザが不可解な目を向けているのに気付く。
「え、何? 怖いんだけど?」
「今まで見ていたけど、キミは随分と用意周到なのね」
「何が言いたいんだ?」
じっと真剣な眼差しを向けるエリザ。彼女は少し考えて驚きの提案を示した。
「あなた秘密警察に来ない? 私が太鼓判を押すわよ?」
「まさかの勧誘か? 急に何なの?」
突然のリクルートに怪訝な顔をするが、エリザはどうも冗談ではないらしい。
「優れた人材を求めてるって言ったわよね? キミのここまでの手管を見れば、その資格は十分にあるわ。パメラ共々引き抜きたい所ね」
「おまけ扱いじゃなかったのか?」
「今は本命になりつつあるわ。キミとしても帰る場所を失くし、天使から追われる立場になっている。逃げるには秘密情報部と相対する我々しかないはずよ」
「俺とパメラの逃亡を支援した後、秘密警察に迎え入れるってわけか」
エリザの進言は尤もな所でもあった。
パメラを無事救出したとしても、逃亡生活を続ける自信はさしもの仁にもない。
対抗勢力に助力を請うのは自然ではある。
そこでふと、仁はパメラの生い立ちを思い出した。
「なあ、アイツの両親は天使と悪魔らしいけど、今はどうしてるんだ?」
「なによ藪から棒に。私も詳しくは知らないけど、二人とも死んでるみたいよ」
「……やっぱりそうなのか」
ザフキエルが後見人を務めていると聞いた時から、パメラの両親について予想はしていた。
おそらく不幸な末路を辿ったのだろう。
「天使と悪魔の両勢力から追われ、逃亡の末に死んだ。あの子は落ち延びた先で、父親の死体の傍で見つかったって聞いているわ」
「死体のそばで……母親も死んだのか?」
「母親の方は悪魔だったから、おそらくもっと惨い死を迎えたんでしょうね。天使に見つかれば当然だし、悪魔の方も裏切った同族には容赦ないから」
つまり死体すら残らなかったということだろう。酷い話だった。
「愛なんてものを優先するから、そういう最後を遂げることになるのよ。だからキミも我が秘密警察へと入った暁には、組織を裏切るなんて考えないことね」
「まだ入るとは言ってないけど?」
「いいえ来ることになる。拒否するようなら、私が二人とも殺すわ」
エリザはいつぞやの夜のように、冷ややかな殺気を飛ばしてきた。
今の言葉に嘘偽りはない。秘密警察への誘いを蹴れば、きっと全て現実と化すだろう。
「果たして、アンタの言う通りになるかな」
「なるわ。キミは見込みがあるけど、結局のところ想像の範囲内でしかない」
「でも俺は、パメラを悲しませることだけは絶対にしない」
以前は震え上がった威圧感だが、今は平気だった。
まるで心身が全く別の存在へと置き変わったような、おかしな感覚だ。
目の前にいる悪魔は末恐ろしい強さを誇るが、そんなものは関係ない。
一度銃口から放たれた弾丸は、敵を穿つまで決して止まらないのだ。
「俺はずっと前から、この人工的な空が嫌いだった」
窓辺に寄り、結界に浮かび上がる規則正しい空模様を見つめる。
今は塗りつぶされてしまった――パメラがずっと見たがっていた美しい冬の夜空。
彼女がそれを求めていた理由、語らない真実が、仁には俄かに見え始めていた。
「キミの目には、一体どこまで先が見えているのかしら?」
エリザの疑問を受け、仁は胸にかけた銀のペンダント見せた。
「シリウスには『焼き焦がすもの』って意味があるらしい。すべてを破壊する力があるんだ」
「それが何?」
「今から俺がやるのはそれだ」
仁は感情の籠っていない目で、エリザを見返した。
「暗殺者シリウスには、きっとそれが出来るんだ」
※偽造工作
公文書などの偽造は、言うまでもなく現実では犯罪です。
ですが犯罪組織などでは国際パスポートの偽造などが実際に頻発しています。
狡猾な手口として死んだ人間の戸籍などを利用して、取得する方法があります。
これは長期にわたって使用しても、発覚する恐れがないからです。
死んだ人間の個人情報が悪用されているか調べるなんて、滅多にないので。
運手免許証は日本においては、最もありふれた身分証明の品になります。
一昔前から現代にかけて名刺サイズになり、文字が小さくなったことから、
模倣が容易になりました。(見た人が本物との細部の違いを気にしなくなるからです)
ICが内蔵されていますが、これを利用する機会はあまりないと思いますし、
免許証の偽造防止技術をよく理解していれば、作成はあながち不可能とは言えません。
前述した昇華型熱転写プリンタであれば、免許証右下の公安委員会のマークもきれいに
印刷できるらしく、あとは独自規格の文字フォントやカードの厚みに配慮すればよいのです。
しかも実物を手本にして記載情報を転写すれば、偽物だと見破るのは難しいでしょう。




