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暗殺者より愛をこめて  作者: カツ丼王
第四章 暗殺者の欺罔
21/29

20.要塞都市潜入

 智将ザフキエルの予想は正確で、仁がソサエティのIDカードを偽造すると見抜いていた。

 実際これは慧眼で、彼も他の手段は思いつかなかったのである。

 とはいえ、何もかもが上回られた訳ではない。


「偽造屋や便利屋を使うのはなしだ。手を回されている可能性がある」


 セーフハウスで、エリザと仁はIDの偽造について意見を戦わせた。

 エリザも都市近郊の偽造屋を使う危険性は承知したが、それ以外の方法は浮かばないと言う。


「今から秘密警察のツテを使っても、一週間以内にキミのIDを用意するのは無理よ?」


 彼女の忠告を受け、仁は残された最後の手段について言及した。


「俺達だけで都市発行のIDを偽造するんだ。それしかない」


 それが仁の導き出した答えだった。

 他者の力を借りれない以上、当たり前というか、他に手はないという事だった。


「そりゃ出来れば良いけど、秘密情報部が製作に携わったIDカードなのよ? 偽造防止技術がわんさか投入されてるから、簡単に出来るわけがないわ」


 エリザは難易度の高さから渋い顔を見せた。

 ソサエティ発行のIDカードはICが組み込まれ、他にもマイクロレターや紫外線反応インク等の技術も採用されている。


「魔術関係の仕掛けだって使われてるはず。そうなると個人レベルで対応できるようなものじゃない。私たち二人じゃあ、絶対に再現できない」

「分かってる。だから正規の方法でIDを取得するんだ」

「はあ? どういうこと?」

「ソサエティのID発行窓口に行き、必要書類を提出して手に入れるってことさ。発行そのものは一日で出来るから、時間的には間に合うはず」


 ID発行窓口は都市外にいくつか用意されている。

 正規ルートで作ったIDならば、当然ゲートで拘束されるような事はない。


 しかし発行には、一般旅券と同様に身分証明書類が必要になる。


「そうは言うけど、君は個人情報を喪失してるじゃない。……ああ、なるほど」


 エリザは仁の言いたいことを理解したらしく、コクコクと頷いた。


「他所にいる誰かの個人情報を借りて、IDを発行しようと考えてるのね」


 年齢が近い同性の身分を借用する。それが仁の考えた案だった。

 エリザに頼んでおいたのは、一般の大学に通っている学生で、さらに海外留学中の人間を探してほしいというものだった。

 それが偽装工作初日の話である。


****


 偽装工作三日目。

 仁は早くもエリザから提供された情報を頼りに、ある大学生の住民票、戸籍謄本、そして運転免許証のコピーを手に入れていた。


「スーツに伊達眼鏡、結婚指輪まで用意してたのはこのためだったのね」


 セーフハウスに持ち帰った書類を見て、エリザは感心したように言う。


 仁はある男子学生を標的にし、彼の実家を訪ねた。

 大学の学生課職員を騙り『お子さんのパスポートに関連して、留学手続きに不備がみつかった。運転免許証のコピー、戸籍謄本、住民票を用意していただきたい』と両親に頼んだのだ。


 当然学生の両親は驚きを示した。

 しかし大学の学生便覧やシラバスを熟読し、身なりを整えて名刺まで用意していたため、疑いを受けることはなかった。

 これは外務省の役人を騙って、事前に電話を入れたのも効果を発揮した。


「住民票と戸籍謄本は、親なら委任状なしで手に入れられる。それに海外留学中なら、運転免許証は親元に預けていると思った」

「ふーん、脱走騒ぎを起こしたのも頷ける。キミはまさに一流の詐欺師ね」

「悪魔に言われるなんて心外だな。まあ巨乳補正でOKとしておく」

「でも運転免許証は使えないわ。住民票と戸籍謄本は文字情報だけだけど、こっちは別人の顔写真が貼ってあるんだから、窓口に出せば即アウトよ」

「だな。だから運手免許証だけは、手作りしなきゃいけない」


 書類を用意した後、続いては普通自動車免許の偽造にかかった。


 まずコピーした免許証をスキャンし、パソコンに画像データとして取り込む。

 そしてネット上で拾った高解像度の免許証画像を、見比べながらソフトで修正していく。

 意外にも普通自動車免許のフォントは、俗に「角ゴシック」や「丸ゴシック」と呼ばれる独自規格なのである。

 故に類似するフォントを見極め、慎重に選択する必要がった。


 次に顔写真を添付する段階であるが、そのまま仁の顔を使えばバレるのは必至。

 そこで買っておいたコルクをライターで燃やし、髭のように見立てて顎へ付ける。

 カラーコンタクト、伊達眼鏡を着用し、さらに脱脂綿を頬に入れて輪郭に丸みを持たせた。


「どう? 高校生の紅山仁に見える?」

「そうねえ、性犯罪をやらかしそうな見た目になったわ。上出来よ」

「とんでもない評価だけど、まあ良いか」


 イマイチ納得できなかったが、そのまま証明写真を撮りに行った。

 手に入れた写真をスキャンして取り込み、偽造した免許証データにレイヤーとして配置する。


 昇華型熱転写プリンタを使用したため、問題なく公安委員会のマークも印刷できた。

 印刷した紙面を名刺に貼り付けて裁断機で角を落とし、最後にラミネートする。


 こうして顔写真を紅山仁(性犯罪者)に変えた免許証が完成した。

 出来上がったものをエリザに見せると「やるわね」と感心した顔になった。


「随分詳しいけど、もしかして実際に偽造した経験があるの?」

「実はアダルトショップで買い物するため、一度作ったことがあるんだ」

「最低な理由ね。感心した私がバカだった」


 ゴミを見るようなエリザはさておき、さっそく近郊の発行窓口へと向かう。


 監視の目があると想定し、エリザを離れた位置に付けて申請用紙を記入する。

 窓口係が免許証に触れたときは緊張したが、ものの十五分程度で申請処理は終わった。


「意外とあっけなかったな。あとは荷物を片して、潜入するだけか」

「そうね。同時に壁を超えるのは危険だから、私は先に行くわ」


 セーフハウスに戻った後、エリザは行先を告げてソサエティへと一足早く向かった。

 その夜。一人になった仁も、壁越えに向けて荷作りを開始する。


「……よく考えたら、美女と二人で寝泊まりしてたんだよな」


 忙しかったため気にしなかったが、よくよく考えると浮気ものの行為だった。

 銀髪美少女に愛を誓ったというのに、本当にこれで良いのか?


「とりあえず、今日はあの女が寝てたベッドで床につくか」


 流れるような変態思考を踏み、仁は就寝した。


****


 偽装工作四日目。

 仁は無事、要塞都市ソサエティへと潜入を果たしていた。


 手荷物は着替えを数日分詰め込んだだけで、他は特に携帯しなかった。

 当然だが例の性犯罪者風の変装を施してから、ゲートの所持品検査を受けた。

 甘く見てない限り捜査網が敷かれていると考えていたため、ここは最も緊張する場面だった。


 だが入念に行った工作活動が実を結んだのか、三十分足らずで壁越えは成された。


 ゲートを超えた後は監視カメラや情報部員を警戒し、フードを被って移動する。

 

 途中いくつか寄り道をした後、出発前にエリザが述べていたホテルを目指した。

 フロント係に偽名を伝え、803号室の部屋へと至る。

 ドアを五回ノックしてから、中へと足を踏み入れた。


「おーい。……出かけてるのか?」


 中には人の気配を感じられなかった。

 ようやく安全圏に来れたと思い、ドカッと備え付けられたソファへと腰を下ろす。


「あら、もう来ちゃったの。お疲れさま」

「? なんだ部屋にいるんじゃ――!?」


 声の方を見ると、バスタオルで体を拭くエリザの姿があった。

 驚くことに、彼女はほとんど全裸近い状態で仁の前へと現れた。


「何やってんの!? 生まれたばかりの姿じゃないか!?」

「シャワー浴びてたんだから、しょうがないでしょ」


 赤面する仁とは対照的に、彼女は濡れた髪にドライヤーをかけ始めた。

 パンティだけは履いているが、大きな乳房が露わになっている。

 パメラにも引けを取らない逸品だ。


 くそう、自然と目が吸い寄せられてしまう。ブラックホールおっぱいか!?


「俺を誘惑してどうする気だ!?」

「労いの気持ちを込めて、スケベな君にサービスしてるのよ。嬉しくないの?」

「ふざけんな!! ありがとうございます!! でも俺はパメラのおっぱい一筋だからね。アイツのおっぱいの方が綺麗だと断言させていただく!!」

「あら。キミあの子とそんな仲になってるの?」


 パメラの胸を見分したという発言に、エリザは愉快気に突っ込む。


「すでに俺の両手は銀髪おっぱいとの接触を果たしている。この意味が分かるな?」

「ふーん。どうせ、偶然を装って触っただけじゃないの?」

「ち、違うし! 性犯罪者みたいに言うな!」

「はいはい。分かったわ。からかってゴメンね、坊や」


 必死に反論すると、エリザも飽きたのかさっさと服を着始めた。

 正直名残惜しかったが、プライドがあったのでチラチラ着替えを覗くだけにした。


「それで要塞都市まで無事入り込めたわけだけど、肝心の奪還作戦はどうするの?」


 彼女は乾かしたばかりの青髪を靡かせ、仁へと迫った。


「えーと、まずは武器の確認。それとパメラの居場所を掴む必要がある」


 仁はそう言って、寄り道して回収したケースを開く。中からはなんと拳銃が現れた。

 まさか武器が出てくるとは思わなかったのか、エリザは目を瞠る。


「どうやってここに持ち込んだの?」


 二梃拳銃に弾薬、手榴弾、諜報用の電子機器を見て声を上げる。

 これらを伴ってゲートの所持品検査を超えるなど不可能なため、彼女の反応は無理からぬことだった。


「持ち込んだんじゃなくて、置いていたんだよ。これは元々養成所にあった物だ」


 仁は養成所の射撃場などから、いくつか機器を持ち去っていた。

 分厚い教程マニュアルを箱代わりにして自室へと運び、パメラとの外出を利用して持ち出したのだ。

 あの無駄に大きいキャリーバックに詰めて。


「あの子の目を盗んで、どうやって隠したの?」

「なーに、パメラはあれで純情初心な所がある。アダルトショップに駆け込めば、店内までついてくることはないと思ったのさ」


 例の変態ドクターの経営するショップに入り、裏手にあるもう一つの出入り口から外へ出た。

 長期保管できるコインロッカーに物を預け、何食わぬ顔で店へと戻る。

 開放的なアダルトショップを目指した店長には、頭が上がらない。


「次にパメラの監禁場所だけど、確か縁の物があれば良いんだっけ?」

「え、ええ……そうよ」


 肝心要のパメラの居場所だが、これはエリザから提案がなされてた。

 なんでも捜索対象が身に着けていた品があれば、探査術式なるもので居所を見つけられるらしい。


「当てがあるって言ってたけど、あの子から何か贈り物でも貰ったの?」

「ああ、ちょっと待ってくれ」


 仁はそう言って回収したケースの中身を床にぶちまけた。

 パメラ縁の品物と言えば銀色のペンダントがまず頭に浮かぶが、実はもう一つあった。


「これだ。俺の宝物だ」


 彼がエリザへと差し出したのは、以前お部屋訪問で手に入れた黒パンティだった。


「うわ、ドン引き。本当に性犯罪者だったのね?」

「アンタが必要って言うから、進呈しただけだろうが!!」

「いやでも、まさか下着が出てくるとは思わないわよ」

「うるさい!! 出来るの出来ないの!? どっちなの!?」

「いやそりゃ可能だけれど……あの子に同情するわ。可哀想に」


 得心がいかない様子のエリザだが、神妙な顔でパンティを床に安置した。

 不可解な文言がしばらく続いた後、何やら魔法陣らしきものが奔る。


「分かったわ、パメラの居場所。ここから南西三キロの所に居るわ」

「へえ、すごい。銃をバカスカ撃つだけじゃないんだな」

「あまり舐めると、銃弾を撃ち込むわよ?」


 横目で凄まれたため、すぐさまゴメンナサイをかました。

 とにかくこれで囚われの姫の居場所が判明した。

 あとはどうやって救出するか、という問題だけになった。ここからが本当の正念場なのである。


 彼女を助けた末、この鳥籠のように囲まれた世界から逃げ出す。

「……」


 しかしそのあとは、一体どこに向かえば良いのだろうか?

 そんなことを考えていると、エリザが不可解な目を向けているのに気付く。


「え、何? 怖いんだけど?」

「今まで見ていたけど、キミは随分と用意周到なのね」

「何が言いたいんだ?」


 じっと真剣な眼差しを向けるエリザ。彼女は少し考えて驚きの提案を示した。


「あなた秘密警察に来ない? 私が太鼓判を押すわよ?」

「まさかの勧誘か? 急に何なの?」


 突然のリクルートに怪訝な顔をするが、エリザはどうも冗談ではないらしい。


「優れた人材を求めてるって言ったわよね? キミのここまでの手管を見れば、その資格は十分にあるわ。パメラ共々引き抜きたい所ね」

「おまけ扱いじゃなかったのか?」

「今は本命になりつつあるわ。キミとしても帰る場所を失くし、天使から追われる立場になっている。逃げるには秘密情報部と相対する我々しかないはずよ」

「俺とパメラの逃亡を支援した後、秘密警察に迎え入れるってわけか」


 エリザの進言は尤もな所でもあった。

 パメラを無事救出したとしても、逃亡生活を続ける自信はさしもの仁にもない。

 対抗勢力に助力を請うのは自然ではある。


 そこでふと、仁はパメラの生い立ちを思い出した。


「なあ、アイツの両親は天使と悪魔らしいけど、今はどうしてるんだ?」

「なによ藪から棒に。私も詳しくは知らないけど、二人とも死んでるみたいよ」

「……やっぱりそうなのか」


 ザフキエルが後見人を務めていると聞いた時から、パメラの両親について予想はしていた。

 おそらく不幸な末路を辿ったのだろう。


「天使と悪魔の両勢力から追われ、逃亡の末に死んだ。あの子は落ち延びた先で、父親の死体の傍で見つかったって聞いているわ」

「死体のそばで……母親も死んだのか?」

「母親の方は悪魔だったから、おそらくもっと惨い死を迎えたんでしょうね。天使に見つかれば当然だし、悪魔の方も裏切った同族には容赦ないから」


 つまり死体すら残らなかったということだろう。酷い話だった。


「愛なんてものを優先するから、そういう最後を遂げることになるのよ。だからキミも我が秘密警察へと入った暁には、組織を裏切るなんて考えないことね」

「まだ入るとは言ってないけど?」

「いいえ来ることになる。拒否するようなら、私が二人とも殺すわ」


 エリザはいつぞやの夜のように、冷ややかな殺気を飛ばしてきた。

 今の言葉に嘘偽りはない。秘密警察への誘いを蹴れば、きっと全て現実と化すだろう。


「果たして、アンタの言う通りになるかな」

「なるわ。キミは見込みがあるけど、結局のところ想像の範囲内でしかない」

「でも俺は、パメラを悲しませることだけは絶対にしない」


 以前は震え上がった威圧感だが、今は平気だった。

 まるで心身が全く別の存在へと置き変わったような、おかしな感覚だ。


 目の前にいる悪魔は末恐ろしい強さを誇るが、そんなものは関係ない。

 一度銃口から放たれた弾丸は、敵を穿つまで決して止まらないのだ。


「俺はずっと前から、この人工的な空が嫌いだった」


 窓辺に寄り、結界に浮かび上がる規則正しい空模様を見つめる。

 今は塗りつぶされてしまった――パメラがずっと見たがっていた美しい冬の夜空。

 彼女がそれを求めていた理由、語らない真実が、仁には俄かに見え始めていた。


「キミの目には、一体どこまで先が見えているのかしら?」


 エリザの疑問を受け、仁は胸にかけた銀のペンダント見せた。


「シリウスには『焼き焦がすもの』って意味があるらしい。すべてを破壊する力があるんだ」

「それが何?」

「今から俺がやるのはそれだ」


 仁は感情の籠っていない目で、エリザを見返した。


「暗殺者シリウスには、きっとそれが出来るんだ」

※偽造工作

 公文書などの偽造は、言うまでもなく現実では犯罪です。

 ですが犯罪組織などでは国際パスポートの偽造などが実際に頻発しています。

 

 狡猾な手口として死んだ人間の戸籍などを利用して、取得する方法があります。

 これは長期にわたって使用しても、発覚する恐れがないからです。

 死んだ人間の個人情報が悪用されているか調べるなんて、滅多にないので。


 運手免許証は日本においては、最もありふれた身分証明の品になります。

 一昔前から現代にかけて名刺サイズになり、文字が小さくなったことから、

 模倣が容易になりました。(見た人が本物との細部の違いを気にしなくなるからです)

 ICが内蔵されていますが、これを利用する機会はあまりないと思いますし、

 免許証の偽造防止技術をよく理解していれば、作成はあながち不可能とは言えません。


 前述した昇華型熱転写プリンタであれば、免許証右下の公安委員会のマークもきれいに

 印刷できるらしく、あとは独自規格の文字フォントやカードの厚みに配慮すればよいのです。

 しかも実物を手本にして記載情報を転写すれば、偽物だと見破るのは難しいでしょう。

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